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第9話 ダンス
幾度目かの『検査』の後、寝室の長椅子でぐったりとテオドールに凭れるガルシアの髪をいつものように大きな手が撫でていた。
『検査』の後の数日は、いつもテオドールが付きっきりでガルシアの世話をしていた。ペニスへの仕打ちも放尿の介助に留まり、ガルシアが自身の性欲に苦しくなって自ら『罰』を乞うまで、必要以上に触れられることは無かった。
テオドールの雄への奉仕は要求されはしたが、それとてガルシアが床から身を起こせるようになってからだ。
実際、初めての検査の際には発熱し、三日間寝込んだ。熱に浮かされるガルシアの目に映ったのは、テオドールが自分の額を冷し、白湯を与え、薬を飲ませる姿だけだった。
『検査』の後、ガルシアが普通の暮らし......日常に戻れるまで、常にテオドール自らが看病を行っていた。
ガルシアは『検査』の辛さに何度も心を引き裂かれながら、その後の穏やかな時間が永遠に続いて欲しいとさえ思った。
時には抱き上げられ、庭先のテラスの長椅子に横たえられ、しかめっ面で書類を読むテオドールの膝を枕に背中を撫でられながら、微睡むこともあった。
「お茶が入りました」
「うむ」
ワルダの運んできたティーカップをひとつ、ガルシアに手渡し、今ひとつを自らの口に運びながら、テオドールはガルシアの肩に手を添えて、訊いた。
「ルシアン、君はダンスを踊ったことはあるかね」
「いいえ......」
ガルシアはカップでかじんだ指を暖めながら、テオドールを見上げた。アルガナルに、テオドールにこの城が占領された時にはまだ三つだった。
それからしばらく、マナとハシムの養育を受けて普通の少年の暮らしをしていたが、馬術や剣術は習ったものの、ダンスや芸術に関することは、養育係のふたりが疎かったせいか、習っていない。
テオドールは、珍しくその鷲のような瞳に穏やかな光を湛えて、囁いた。
「では、体調が戻ったら、レッスンを始めよう」
ガルシアは、半ばびっくりして、まじまじとテオドールの顔を見つめた。その視線に半ば憮然としながら、だが苦笑いして男は囁いた。
「ルシアン、君はこの私の妃になるんだ。必要な教養は付けさせねばなるまい」
早盤、寝室の隣、客間だった部屋の家具が取り払われ、レッスンのための部屋となった。
そして、最初のステップのレッスンからガネルクとワルダに楽器を演奏させて―ガルシアは二人が楽器を使えること自体、驚いたが―簡単な曲が踊れるようになるまで、テオドールがやはり付きっきりで指導した。
「ご、ごめんなさい......」
「よい。......もう一度、最初からだ」
履き慣れない踵の高い靴に何度も蹴躓き、よろめいてテオドールの足を踏んでしまうこともしばしばだったが、テオドールは一度も怒らなかった。
そして、日々のレッスンに慣れてきて、テオドールが多忙になってくると、テオドールの不在の折りには二人にレッスンを受けるようになった。と言っても、ガルシアの相方を務めたのはワルダだったが......。
「体幹をしっかり意識して、ふらつかない。背筋を伸ばして、視線は前!......」
予想以上にワルダの指導は厳しかった。ガネルクの奏でる楽の音色は実に豊かで滑らかだった。二人の指導によって、ガルシアのダンスはめきめきと上達し、アルガナルの首都に所用で戻っていたテオドールが帰る頃には、目を見張るほどになっていた。
「だいぶ上達したようだな......」
テオドールの逞しい腕にホールドされながら、習った通りのステップを刻みながら、ガルシアはそれ以上に、テオドールの胸に身を寄せてシフォンのスカートを揺らめかせた。
テオドールの匂い、テオドールの体温に浸されて、うっとりとリードに任せる一刻はこの上なく幸せだった。
股間の下履きが擦れて、勃ってしまうのが恥ずかしくはあった。びたりと身を寄せたテオドールは、むしろ一層激しくホールドして、早いステップを踏ませるため、そのまま達してしまう。
「あぁ......はぁ......あぁあ...兄さま、ごめん...な...さ....い」
身体から一気に力が抜けて崩折れそうになる。その背を抱き抱えてテオドールの口許が淫靡に嗤う。
「いけない子だ......」
テオドールは、ガルシアの身体を抱き寄せて呼吸が整うのを待ちはするが、だが、その足許が少しも落ち着いてくると、またレッスンは続くのだ。
一度のレッスンで、二度三度と達してしまい、足許がふらふらになって立てなくなると、その場で汚れたスカートとペチコートを脱がされ、テオドールに抱き上げられてベッドに運ばれる。
「はしたない姫君には『お仕置き』をしなくてはな。」
そう言って、テオドールは下履きの鍵を外して脱がせると、ガルシアの下腹に着いた汚れを舌で拭った。熱くねっとりとした口にガルシアのペニスを含んで舐めまわし、なおも屹立するそれが薄い蜜を吐き出すまで攻め立てた。
「あ...あんっ......兄さま、もぅ......許して......イク......イッちゃう......あああぁっ.......!」
ぐったりとしたガルシアを浴室に運び、暖かい湯の中で額や頬に口づけながら、テオドールは、何度も―悪い子だ......―と囁きかける。ガルシアは、そのくぐもった熱い吐息に身体をぶるりと甘く震わせるのだった。
―ワルダとの時は平気なのに......―
ワルダとのレッスンの時には擦れて痛くなることはあっても、勃ちはしない。
「君が私を愛してるからだ.....」
テオドールに胸元に抱き寄せられながら、ガルシアは、こっくりと頷き、眼を閉じるのだった。
今一つ、別の日々の変化もあった。
「お願いしていいかな......?」
と頼むと、ワルダとガネルクが楽器を奏でて聴かせてくれるようになった。
ワルダがリュートを、ガネルクが縦笛を奏でて聴かせてくれる音色は、どこか寂しげで懐かしく、ほのかに異国の香りがした。
そしてその音は、平素のふたりとは想像がつかぬほど、優しく暖かかった。
「ふたりは、楽師だったの?」
ある時、意を決して訊いたガルシアに、ふたりは少し、ほんの少し苦笑いをして、
「違う」
と言った。
あの事を除きさえすれば、ガルシアにとって極めて穏やかな日々だった。
何気なくすれ違ったコーエンの呟きだけが、小さく胸に引っ掛かってはいたけれど......。
ダンスのレッスンの後、笑い合うテオドールとガルシアを見て、コーエンが小さく頭を振りながら苦々しげに呟いた言葉が、ガルシアの耳に留まって消えなかった。
―幾つになっても、『人形遊び』がお好きとは......―
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