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3 死にたがりな賢者の話
「え、魔法使い…?」
タブレットに表示されている今日の担当者の名前を二度見する。午前中まで表情されてたのは、違う人だったのに、今は間違いなく、魔法使いって書かれてる。魔法使いって何?魔法を使う人…?魔法使いって何人も存在してる人なの?
もしくは、勇者パーティーの中に居る魔法使い様とか、そんな感じ?もしそうなら、そんなすごい人を連れてっちゃって大丈夫なのか…?不安になんて何度か更新を掛けてみたけど、やっぱり表示は変わらない。
「ただいま~、あれ?カナトくん~?」
「おー」
布団の上で寝ころびながらタブレットを弄ってた所で、玄関が開く音と一緒に先輩の声が聞こえる。もぞもぞ起き上がって迎えに出ようとしたけど、既に部屋の扉が開いて先輩の顔が現れてた。
「カナトくん戻ってたんだね。シュークリーム貰ったんだけど食べる?」
「食べる!!」
さっきまでの速度の倍以上の速さで起き上がって、テーブルまで這って行く。置かれた紙袋に飛びついた俺を見て、先輩は元気だなぁなんて笑いながら飲み物の準備をしてくれてる。デカイシュークリームが2個入ってるのを確認してから、1個を取り出すと齧り付いた。甘さ控えめの生クリームと、皮についてるざらめのコラボレーション…最高すぎる…!
目を閉じて幸せを噛みしめてる俺の向かいに先輩が座ると、紅茶の香りが漂ってきた。この人、いつでもストレートティー飲んでるんだよな、何故だか。たまには緑茶とかほうじ茶とか飲みたいけど、完全寄生して生活してるから、黙っとく。
ガサゴソ袋漁ってる先輩は、骸骨のくせにシュークリームを食べ始める。あの口に入ると、いつの間にか消えて見えなくなるのはいつでも不思議だ。入れたのがそのまま通り抜ける所見えるんだと思ってたけど、それは人間が勝手に考えた妄想なんだよ!って拗ねられたのは記憶に新しい。
指についてる砂糖まで舐めとってから、淹れてもらった紅茶を飲んでた所で、さっき疑問に思ってた事をやっと思い出す。丁度先輩戻ってきたことだし、今聞いとこ。
「ねぇ、先輩。当日中に担当が更新されるってことあるんですか?」
「ん~?間々あるかなぁ。死ぬ側にしたら突然だとしても、ボクらには決められた出来事じゃない。それでも、ボクたちでも見えない死って言う不確定なものが存在するんだよ」
「…見えない死…?例えば?」
「そうだねぇ。勇者のパーティーメンバーなんかはそれにあたるね」
「勇者のパーティーメンバー!」
マジか!じゃあ、さっき表示されてたのは、本当に魔法使い様って事か?!
さっきと同じように這い寄って布団の上に放置されてるタブレットの元まで行って、電源を押す。ロック画面を解除すると、確認したままの状態で止まっている。そこにはやっぱり、【18時:魔法使い】の表記。
いつの間にか俺の後ろから画面を覗き込んできた先輩も、あら、と驚きの声を漏らしてた。
「運良いね、カナトくん!これが、さっき話してた人だよ」
「…連れてっちゃって大丈夫なんすか…?」
「大丈夫もなにも、死んじゃうんだから仕方ないよね?」
「まぁ…そうなんだけど…」
「例えそこで死んで、世界が救えなかったとしても、それはカナトくんの責任ではなくて、勇者たちの力不足って事だよ。君は気にしなくていいからね?」
「…そう、ですよね…」
俺を元気付けるつもりだったんだろうけど、何でそんな重い事をサラっと言うんだこの骸骨は…。
なんだかやりにくい相手にあたっちまった気がする。大物っぽそうな相手に上手くやりきれるかすごく心配だ。それがしっかり顔に出てたみたいで、先輩が心配そうに大丈夫?と顔を覗き込んできた。
「無理そうならボク代ろうか?」
「あ、いや、大丈夫です」
「そう?駄目だったらいつでも言ってね?」
「あざっす」
反射的に大丈夫だと答えたけど、不安でいっぱいなのは変わらない。だけど、これを無理ですって言って代ってもらうのは恥ずかしくて、見栄を張ったのは確かだ。
もうここまで来たらやるしかない。魔法使いだかなんだか知らんけど、みんな死んだ奴らで変わりないんだ。いつも通りバイトをこなせば良いだろう。
◆
指定された座標へ飛んでみると、そこは坑道のような所だった。掘りっぱなしの壁は今にも崩れそうだし、灯りも少なくて心もとない。おまけに天井が低くて、俺の足元は生きてる人間の胸のあたりぐらいにまで下がってた。
辺りに人影は無くて、静まり返っている。なんか最近にもこのパターンあったなぁ…基本的には死亡済みで目の前でたっててくれるのに、こうやって不在だと困る。探すこっちの身にもなって欲しいよ。
あたりを捜索しようにも、どっちに行けば良いのか分からずに居ると、遠くの方から爆発音が聞こえた。こんな所滅多に人なんて居ないだろうし、勇者で間違いないだろう。そう判断すると、音のする方へと俺は駆け出した。
『気をつけろ、またくるぞ!』
勇ましい掛け声と共に響く爆音が、やけに重たそうな石の扉の向から聞こえる。よくある中ボス戦みたいなものか?
石の扉を通り抜け部屋の中を覗き込むと、巨大な虫みたいなモンスターが口からなんかを吐き出しているシーンに遭遇する。
「ひっ?!」
こちらへ向けて吐き出して黄色い液体は、猛スピードで俺の足を通り抜ける。後ろの壁に付着したら、壁は煙を上げて溶け始めた。こわぁ…あんなんあたったらひとたまりもないじゃん……。
実際には当たったんだけど、もう死んでて良かったとホッとしながら、足元の状況を確認する。みんな、結構ボロボロだけどまだ生きてるな。
既に予定時刻は過ぎてるのに存命なのは不確定な相手だからなのか。対象者である魔法使いのお姉さんは、呪文詠唱で意識を集中させている。隙だらけの魔法使いからターゲットを外そうと勇者と格闘家が戦ってるけど、体力消費が激しそうだ。狩人による弓の援護射撃も加わって、やっと魔法使いへのヘイトを少し下げてるんだろうけど、お姉さんの横ギリギリの所を攻撃が飛んでいて危険なのは変わりない。勇者が片膝をついた所で、柔らかい光が発生した。攻撃メンツから目を外し発生源を探すと、見覚えのあるブルーシルバーの長髪男が杖をあげていた。このパーティの回復役らしい。
ワンテンポ遅れて魔法使いの魔法が炸裂。態勢を立て直した勇者陣の猛攻が始まり、勝敗が見えてくる。誰も死にそうに無いし、帰っても良いかな…ポケットの中に入ってる鍵をまさぐってた時に、悲鳴が上がった。
耳にくる甲高い声に、死んだか?!と下を見ると、尻もちをついてる魔法使いと、床下から伸びてる長い前足が腹に刺さり、そのまま宙に持ち上げられ、串刺し状態になってる回復役の男の姿。トドメとばかりに虫の足が何度も上下に動いて、男の体は重力のまま下へとずり落ちていく。そのせいで、腹の穴はどんどん広がっていった。
このまま床につくんじゃないかって時に虫の足が床に引っ込んでいく。勇者が本体へ攻撃を入れたせいで、怯んだみたいだ。それと共に男も地面へと落ちると、みるみるうちに床へ血が広がって、溜まり始める。
『ルカ!なんてこと…ッ、ルカ!!』
『陣形を崩すな!』
半狂乱で男に駆け寄ろうとした魔法使いの女の足元に、矢が突き刺さった。立ち止まった魔法使いは、狩人を睨みつけてからもう一度詠唱に移るようで、目を閉じ集中し始めた。
そんな間でも血は止まらずに、どんどんと回復役の男の顔色は悪くなり、背中から魂が抜け出し始める。
「……死んだな」
完全に抜けきって、俺と同じ位置まで浮上してきた男が不憫でならない。本来なら、ここで死ぬのは魔法使いだったはず……そこで、今起きてる異常にやっと気づいた。
え?なんで、俺は今目の前で死んだ対象外の魂が見えるんだ…?
死神と言っても、この世に浮いてる魂全部が見えるわけじゃない。それは死んだ側も同じで、自分の担当の魂と死神しか目視出来ないはずだ。例外として魔落ちした魂は共通で見えたり、位の高い死神は漂うもの全てが見えたり、とかはあったはずだけど、魔落ちの予兆も見られないのに、対象外の男が見えている今の状況は、明らかにおかしい。
慌ててタブレットを起動し、更新をかけてみる。すると、さっきまで書いてあった内容から変更がかかっている。
【18時15分︰賢者】の表記。
「え……変わった…?」
魔法使いが死ぬ予定だったけど、いつの間にかさっきの回復役の男…賢者にすり変わったって事か…?
信じられなくて何度か更新をかけてみるけど、やっぱり変わらない。対象は、賢者で間違い無いらしい。こんな事頻繁に起こるのか、このまま続行して良いのか、確認したいことはたくさんあるけど、聞ける人がいない。どうしたら良いんだ…!
「……なに?お前新人?」
突然声をかけられ驚いて顔をあげると、今さっき死んだばかり回復役の男もとい賢者がこちらを見ていた。俺の姿を見て怯えもせず、声をかけてくるなんて、ただもんじゃない…それとも賢者ともなると、モンスターで見慣れてるのか?
「なぁ、聞こえてるの?」
「え?!あ、はい!大丈夫です!」
訝しげな視線に慌てて頷く。
な、なんか、当たり強くない…?この人、確か前に担当になった皆殺しにあった村の女の子にお兄ちゃんって呼ばれてた人だよな…?この髪色が印象的で覚えている。宿屋での会話を見てた限り、もっと優しい感じじゃありませんでしたっけ…?
「……で?」
「え……」
「ここにずっと突っ立ってればいいわけ、俺は」
「あ、す、すいません…!」
腕組んで催促され、慌ててポケットに手を突っ込む。こうなったら、賢者を連れてくしかない。これからの段取りを頭の中で組んでた所で、下から上がった爆音に不意打ちをくらった。
「うわ?!」
あまりの音に驚いて、両手で耳を塞ぎ目を閉じる。耳の奥がキーンって耳鳴りがしている。
やっと耳鳴りが治まってからおそるおそる目を開けると、地面が深く抉りとられた爆破後が目に入った。パラパラ粉塵の舞う中、動き出す4つの影。
「何してるんだあの女…」
呆れたような声に目を向けると、賢者が腕を組んで下を眺めていた。
一瞬何を言ってるのか理解出来なかった。だって、さっきまで一緒に戦ってた仲間じゃないのか?なんでそんな冷めてるんだよ…。死んだ直後もそうだ、まだ戦闘中だったのに、一切仲間なんて気にしてなかった。思わず非難しそうになったが、俺よりも先に女の声が割り込んできた。
『ルカが!わたくしを庇って…!』
再び下を見れば、魔法の撃ちすぎなのか、その場に座り込んだ魔法使いが叫んでいる。その声に前で戦っていた勇者と格闘家が振り返り、賢者の死体へと駆け寄ってきた。
『これは……ひどい…』
止血に取り掛かる格闘家の向かいで、賢者の状態を確認した勇者が口を覆っている。もう無理だよ…そいつはもう助からない。この事実を知らない方が幸せなのかもしれない。
「おい、これ使う?」
本人にしたら相当キツイ場面だって言うのに、その本人から軽い調子で声を掛けられた。驚いて視線を向けると、さっき耳を塞いだ拍子に落とした鍵を拾い上げている。
信じられない、なんでそんな他人事なんだ。なんでそんな落ち着いていられるんだ。俺が何を考えていたのか気づいたようで、賢者は鼻で笑った。
「あそこでは、俺が死ぬのが得策だった。アイツらも当たり前のようにそう思ってるし、特に気にもしてない」
「そんな…!」
「見てみなよ。もういつも通りだろ?」
下を見ろと顎でしゃくられ、ムッとしながらももう一度見る。さっきまで狼狽えていた魔法使いは立ち上がり、服の埃を払っているし、他のメンバーも回復薬なのか小瓶を飲んでいる。
『よし、とりあえず一番近い町にまで戻ろう』
勇者の指示により、何事もなかったように歩き出す。誰も居なくなった部屋には、モンスターの死骸と、賢者の死体だけが転がっていた。
「こんなもんだよ。これぐらいで驚くなんて、お前大丈夫?仕事できる?」
「だ、大丈夫だ!その鍵返してッ」
信じられない光景に動揺が隠しきれず、しかもそれを見抜かれ…更にその事でテンパって、思わず売り言葉に買い言葉で返してしまう。言い切り手を差し出してから、マズイと後悔した。
敬語を崩して素の対応をするなんて、完全に自分の不出来を認めてるようなもんだ。その一連の流れも目敏く察した賢者は、ニヤニヤとタチの悪い笑いを浮かべつつも、意外にも大人しく鍵を渡してくれた。どうも調子が狂う…こう言う奴はさっさと収容しよう。
咳払いをしてから鍵を差し込み、ドアを出現させる。見慣れた白い廊下へ入るように、振り返り無言で促してみるけど、賢者は相変わらずニヤニヤしていた。
「なんだよ…」
「こういう時って、普通、本人かまずは確認とか取らない?」
「ぐ…っ!」
なんなんだよコイツ!叫びたいのをグッと我慢して、タブレットを叩く。必要以上に画面を強く押してるのは自分でも分かってるけど、ここは見逃して欲しい。
「賢者、ルカさんですね」
「ぶはっ、今更敬語」
「うるさいな!さっさと行くぞ!」
ダメだった。耐えきれんかった。草でも生えそうな笑い方をする賢者にイラッとして、先にドアを潜り廊下へと歩き出す。
「えぇ、ちょっと、俺置いて先行く?」
「ドア閉めて、鍵持ってきて」
慌てる賢者をパシリにしてタブレットを開く。チェック画面を表示して、見慣れたチェックシートを埋めていく。本当は待機室に送り届けてから処理するものだけど、もう知るか。早く帰ってシャワーを浴びるって決めたんだ。すたすた歩く俺の後ろから駆け寄ってきた賢者は不満げな顔で鍵を差し出してきた。
「はい、どうも」
口だけの礼で受け取る俺を見て、呆れたような溜息をつかれる。
「おい~、骸骨拗ねないで」
「拗ねてない」
「お前死神歴長いの?」
「黙秘する」
「新人だろうなぁ、手際悪そうだし」
「本当にうるさいなぁ…何なんだよ、あんた」
チェックに集中できなくて、苛立ちながら画面を暗くすると賢者へ視線を向ける。俺よりも少し高い身長の奴は、中性的な綺麗な顔な上にイケボなのがこれまたムカつく。勇者パーティメンバーっていう追加効果なのかよ、これ。
むっとして見上げる俺の顔をみて、賢者は一瞬ポカンとしていたが、すぐに楽しそうに笑った。
「すごいな、骸骨なのに表情豊かすぎ」
「ぐぅ…!もうからかうなよ!」
2人しかいない廊下に、俺の声が響く。ムカつくし恥ずかしいし悔しいし…!色々混ざった結果、声を荒らげた俺に、賢者は笑いながら謝ってくる。全く誠意が感じられない!
笑いが収まるまでひたすら不貞腐れ、横並びになって黙って歩き続ける。後もう少しって所で、目の端に溜まった涙を指で拭いようやく落ち着いた賢者は、呼吸を整えるように深く息を吐いた。溜息を吐きたいのは俺の方だ。
「悪い、こう言うの久しぶりでさ。妹思い出した」
「……妹?」
「そう、5つ下の妹でさ、何かと俺の後ろ着いて回ってきたんだ。それをからかうと、さっきのお前みたいに顔赤くして怒るの。それでも俺の後ろは離れなくて…ちょっと似てた」
言われてすぐに思い出すのは、残した兄が気掛かりだと言って俺を連れ回した女の子。
やっぱり俺の予想は当たってたんだ。この人が、勇者パーティへ賢者として加わる道しかなかった、あの女の子の兄なんだ。さっきまでの怒りは何処へやら、かける言葉が見つからなくて見つめていると、賢者は自虐的な笑顔を浮かべた。
「俺は、死ぬ運命だった。それなのに、賢者なんて仰々しい肩書を貰って今まで生き延びてる。死ぬはずだったんだから、いつ死んでもいいかなって思うだろ」
「…だから庇ったのか?」
「誰かが死にそうなら、俺が全力で代わろうとする。俺の過去を知ってるからこそ、死に急ぐ俺を見ても、アイツらは何も言えない」
「お前、本当にそれで良かったのか…?」
「どうだろうな…正直、生きる事に、興味が無くなったのかも」
困ったような笑みを浮かべているのに、虚ろな瞳をしている。人間、生きてた方が幸せに決まってると信じて疑わなかったのに…こんな顔をしてでも生き延びさせるのは、相手にとって苦しい事なのかもしれない…。
それ以降は、お互いなにも話さず無言のまま歩き続ける。気まずい俺とは違い、賢者の方は本当に興味が無いようで欠伸をかみ殺してる場面もあった。
牢屋のような、病室のような、左右に部屋がたくさんある所までくれば、あと少し。指定された番号が下がっている待機室へ送り届けると俺の仕事は終わり。
タブレットを開き、もう一度番号を確認してから部屋のドアを開ける。部屋の中は、窓は無く、簡易的な机、ベッド、トイレ、シャワーが完備されてるって聞いている。実際にこの部屋に入った事が無いからよくは知らないけど。
部屋の中へ賢者を入れてから、ドアを閉めようと手を掛けて止まる。何?と不思議そうな顔をしてる賢者へ、言うべきか迷ったがこれが彼にとっての最期なのだと思うと止められなかった。
「…お前の妹…担当したの、俺だったんだ」
「…え?」
「…近くの村で、宿屋で赤い実食べてたよな?その時、後ろで一緒に見てた」
「…そうか」
「お前の妹で良かったって、今まで育ててくれて有難う御座いました。自分の分まで生きてって…言ってた」
「あいつ…」
俯いて、口を押さえた賢者から鼻を啜る音が聴こえる。少しひねくれた性格だけど、互いを思い合う気持ちは同じ変わらないんだろう。気持ちを切り替えるように大きく息を吐いてから上げた顔は、目は潤んでいたが、誇らしげな笑顔を浮かべていた。あの少女を彷彿とさせる表情で、こっちの息が詰まりそうだ。
「有難う、教えてくれて」
「……あぁ」
本当はいけない事なんだろうけど、何か吹っ切れて嬉しそうに笑う顔を見たら、良かったって思ってしまう。彼はもう死んでしまって、妹さんの願いを叶えることは出来ないけど、心残りは無くなったはずだ。
やっと仕事も終えられる。静かにドアを閉めようとして、中から声と共に何かに突っかかりドアの動きが止まる。どうしたのか顔を上げると、賢者がドア横の壁に寄りかかって立っていた。
「お前、名前、何て言うの?」
「…しに」
「死神なんて、つまんない事言わないよね?」
「……カナト」
「ん、じゃあね、カナト」
口の端を上げて笑った賢者はドアに差し込んでいた足をどけると、軽く手を振ってくる。それに釣られるようにして、俺も片手をあげた。
「じゃあな」
2人を隔てるドアは閉じられ、静寂が戻ってくる。
白い廊下を歩きながら、今日の出来事を他人事にしてしまうのは少し寂しいと思った。
(死にたがりな賢者の話。)
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