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4 愛が欲しかった女の話
今回の女は気を付けた方が良い、バイトに出る前に先輩からそう忠告を受けた。
今日担当としているのはその女1件のみで、死ぬ人が少なくなって平和になったんだなぁ…って思ってた所での爆弾発言だ。確かに、今回の案件は少しおかしい。指定されてる時間枠が終日なんて書かれてて、一日がかりの仕事になりそうだった。
9時には指定された座標に飛ぶ必要がある。休憩無しの耐久レースに耐えきれる気がしない。げんなりとしていた俺を気遣った先輩は、夜になっちゃうけど、仕事が終わり次第交代しようか?と提案してくれる。まさか自分よりも働いてる人に交代してもらうわけにもいかない。大丈夫と首を振ったけど、やっぱり心配そうな先輩は、終わったら合流するね!と励ましてくれた。最近思うけど、先輩良い人すぎ…
◆
転移した先は、絢爛豪華な室内だった。あまりの豪華さに若干引きつつも、今回の対象者の肩書きを考えれば当然なのかもしれない。なんせ今回は、この国の第二皇女だ。姫ならば、VIP対応すべきだと思うけど、この女にそれは必要無いらしい。
なぜなら、魔落ち未確定案件だから。
俺が死ぬ原因になった魔落ちっていう現象は、確定してるのと、可能性があるのと、しない物の3つに分かれる。
基本的にはしないのが多いが、未練や憎悪が著しく強くなる可能性があれば、未確定として注意案件で扱われる。だったらバイトにさせるなと言いたい所だが、今日先輩は、確定・未確定案件を多数抱えていて、他に回すこともできず、比較的確定率が低そうな案件を俺に振ったらしい。
魔落ちした瞬間に、それを察知した討伐課っていうエリート集団がすぐに駆けつけ退治してくれるので、俺たちは安全だと言う。俺が死んだ時、その人達が遅くて襲われた事は忘れないけど。
問題なのは、魔落ちする時に誰かを巻き込んでしまう事故。レアケースで滅多に無いらしいけど、その場合は落ちきる前に討伐課へ緊急要請を出して良いらしい。と言うことで、今回だけ特別にと折り畳みの携帯電話と鎌の所持を許された。スマホにしてくれたら、タブレットと二台持ちしなくて済むのにって思ったけど。
『今夜のパーティーの準備は完璧かしら?』
緩くウェーブのかかった金髪を揺らしながら、赤いドレスを着ためちゃくちゃ美人な女が、侍女へ声をかける。壁に控えていた侍女はつつがなくとだけ答えて裾を上げた。すげぇ、こう言うやり取り画面越しでしか見た事ないから、テンション上がる。
『何かあっては困るのですけれど。今日がお姉様の最期の日にして頂かないと』
『皇女様、お声が…』
『うふふ、そうね、バレてしまっては大変ですものね』
楽しそうに笑う女とそれ以降は黙る侍女。異様な室内にノックの音が響き、入室の許可を貰ってから扉が開く。イケメン、高身長の騎士が現れると、女は嬉しそうな声をあげた。
『おはよう、素敵な朝ね』
『おはようございます、姫。今朝は随分とご機嫌ですね』
『当たり前じゃない、今夜とうとう長年の夢が叶うんですもの!ああ、早く死んでくれないかしら』
頬を赤らめて興奮気味に笑う姿はエロくて綺麗だ。表情だけで見てると惑わされそうになるけど、この女が狂ってるって言うのはすぐに分かった。こう言うのが魔落ちするんだと言われれば、納得できる。無表情で立ち尽くす侍女と、柔らかい笑顔を崩さずに微笑むだけの騎士に見守られながら、女は高らかに笑い続けていた。
正直、あんな狂った状態の人間を長時間見張るのは辛い。パーティーの準備があるからと、ほとんど部屋から出なかったのは不幸中の幸いだったけど…時間が経つ事に人間味を無くしていく姿は恐怖を覚える。
それは、近くにいる人間も同じだったようで、女に付いていた侍女は数時間おきに交替して行った。彼女達はみな口々に体調不良を訴え、人によっては部屋を出た瞬間に倒れ込むのもいた。未確定で、確率が低いとは言われたけど…これはもしかしたら、もしかするかもしれない。
昼までは全く動きが見られなかった女だが、夕方よりも少し前の時間に、来客があった。入ってきたのは女に負けない綺麗な金髪の男。綺麗な身なりだなぁって俺でも判断できるから、それなりの地位のある人なんだろう。
『なりません、お帰りくださいませ…!』
『煩いな、何なんだ、お前は!』
『未婚の女性のお部屋です、なりません…!』
扉を開けて中に入ろうとした所で、男を必死に止めようと1人の侍女が腕を引っ張っている。こんなに騒いでいるのに、部屋の中に控えている侍女達は、なるべく関わらないように目を伏せていて、扉の外に立っている護衛の騎士達は困ったような顔をしていた。
誰も助けようとしない状況で、とうとう女は力任せに払い飛ばされて、近くの棚へとぶつかる。上に乗っていた花瓶が落ち、割れる音が響くと、ようやく続いているベッドルームから女が姿を現した。
『まあ!セドリック!』
『ああ、愛しの姫…お会いしとうございました』
猫なで声で駆け寄る女と、迎えるように腕を広げる男。突然のリア充展開に若干引きつつ見守っていると、朝に顔を出したイケメン騎士まで部屋にやってきた。2人の様子に苦笑を浮かべ、床に倒れ込んでいる侍女に気付き顔をしかめる。
『何事かと思いましたが、お邪魔だったようですね』
『ああ、すまないイルザーク、その女のせいでね』
俯いている侍女へ軽蔑を含んだ視線を向ける男に釣られるように、女も視線を向け、すぐに眉を釣り上げた。
『この女、お姉様の…!イルザーク、今すぐその女を殺して頂戴!』
『そんな…!』
『ああ、愛しの姫、それがいい。あの女にバレる前に殺してしまおう』
虫を殺してくれと言うような軽さで騎士に命じる2人の言葉に、倒れていた侍女は泣きそうに顔を歪める。騎士はと言えば、ずっと苦笑を浮かべたまま沈黙を保っていた。
『冥土の土産に教えてあげるわ。セドリックは、今夜わたくしの婚約者になるよ』
『そんな…その方は、第一皇女様の…!』
『お姉様は今夜死ぬわ、残念ながらね』
『なんて事を…!』
狂ったように笑う女に、侍女は口を押さえ震えだした。室内の異様すぎる空気で、あそこまで耐えたのは凄い事だと思う。
話を聞いている限り、女は自身の姉である第一皇女の婚約者を自分の物にする為に、姉を殺害する予定。その決行が、今日の夜行われるパーティーだろう。婚約者や騎士も噛んでそうな計画の中、1人紛れ込んでしまったのが、床に倒れている第一皇女の侍女ってとこか。
ここまで計画してるのに、自分が死ぬなんて、魔落ちするのも納得の条件だろう。気付けば、殺せと女が狂ったように捲し立てていた。女の体からは見覚えのある黒いモヤのような物が出始めていて、部屋全体がくすんで見える。完全に怯えて足に力の入らない侍女は、震えながらひれ伏していた。
『ここで殺しても、後片付けが大変になります。私が責任を持って始末しますので、何卒、容赦頂けないでしょうか?』
最初から表情を1度も変えずにいた騎士がそう言うと、女が突然大人しくなった。考えたのか、それもそうね、と納得するともう侍女には興味が失せたようで、男へしな垂れ掛かる。小声で何か話し笑い合いながら、2人は寄り添いながら隣のベッドルームへと消えていった。
やっと解放された人達は、みんな大きく息を吐いている。ほっと安心した表情を浮かべるけど、1人だけ床にひれ伏している侍女だけはすすり泣いていた。
『……立って下さい』
さっきまでの柔らかい雰囲気が嘘のように、無表情になった騎士が冷たく声をかける。
『嫌、嫌です…、イルザーク様、お願いします…!』
『いいから、立って』
嫌がる侍女を力づくで立ち上がらせると、引きずるようにして部屋を出ていく。許しを乞う声が遠のいていくのを聞きながら、大きく溜息を吐いた。
「大変なのに当たったかも……」
◆
自分の目を疑った。
だって、この前死亡を確認したばかりの人物がもう1回生者として目の前に現れるなんて考えられない。
それでも、あいつと一緒に居たメンツは見覚えがあるし、独特のブルーシルバーの髪や服装は間違えようがない。まさに、前回待機室まで送り届けた賢者だ。
だけど、浮かべている表情は俺と会話をした時とは違い、常に優しく微笑んでいる。正直気持ち悪い。こいつ、もっと性格悪そうな笑い方してなかったか?
もしかしてよく似た別人?そっくりさん?確かめるために間近まで寄って顔を見てみたけど、やっぱり死んだ賢者そっくりだった。
『はい、皆さんが安心して暮らせるよう…頑張ります』
王の前で首を垂れる勇者の言葉に、みんなが歓声を上げる。
華やかなパーティーで皆が笑っている中、対象者の女だけは顔を引き攣らせていた。
『今夜は是非、勇者殿たちも楽しんでくれ』
王の一言で再開されたパーティー。今回たまたまこの街に立ち寄った勇者達をスペシャルゲストとして急遽呼んだようで、初めてこう言う物を見る俺でも分かるぐらい盛り上がっていた。
とにかく賢者が生き返っているようにしか見えない事が一番の衝撃で、俺の視線は賢者ばかりを追ってしまう。ドレスで着飾った女の人に絡まれる勇者達だけど、賢者だけは笑顔で躱し続けバルコニーの方へと向かった。対象者の女は不機嫌な顔で椅子に座ってる…ちょっとぐらい大丈夫だよな…?
どうしても気になって仕方ない俺は、賢者の後を追った。
月明かりの下、石造りのバルコニーへ出てるあいつの絵になること。何かのゲームスチルかよと突っ込みたくなる。相手に俺が見えるはずもないけど、物音をたてないよう慎重に近づいていく。
『……本当にクズだな』
溜息混じりに漏れた独り言に、息が止まる。射抜くような鋭い目で、下に広がる庭を睨みつける姿を見て確信した。やっぱり、本人に間違いない。じゃあ、なんで生き返ってるんだ…?そこが理解出来なくて首を傾げた。
『ルカ、ここに居たのか』
『少々疲れてしまって…どうしました?』
後ろから掛けられた声に振り返ると、仲間の狩人がバルコニーの窓際に寄りかかって立っている。いつもの調子に戻った賢者も、振り返ると微笑んだ。
『俺も、人の多い場所は好かんのでな…』
ニヒルに口の端を上げ、両手をあげた姿に鳥肌がたつ。こいつ、俺、駄目なやつ…そんな相手にも変わらず微笑み続けられる賢者を尊敬する。近付いてきて、会話を始めたので、これ以上こいつらを見てても仕方がないか。
対象者の監視に戻ろうと中へ入って動きが止まった。さっきまで女が座ってた場所は既に人が居ない。おまけに、殺す予定をしていた姉らしき女の姿も無い。その婚約者の男は、落ち着きない様子で辺りを見回しながら出口に近い所に立っている。話しかけられてもあしらい続けているって事は、かなりヤバイ状況なのかもしれない。まずい、ここにきて見失うとか、信じられない失態だ。
殺すならどこでやるだろう、人目のつかない所?駄目だ、全然分からない…!一度落ち着こうと、部屋の外に出ようとした時に、バルコニーの方から大声が上がった。反射的にそちらへ向かえば、淵に足を掛け、飛び降りる賢者の姿があった。
「はぁ?!何やってんだ、お前!」
慌てて声を掛けたが、生者に俺の声は届かない。そのまま地面に着地をすると、庭の方へ向かい駆け出す。自然と駆け出す方へ視線を向ければ、そこには揉みあう二人の女の姿があった。
「いた!」
紛れもなく探してた皇女2人だ!安心したのも束の間、握っているナイフを振りかざそうとしている女と、必死で抵抗する姉の姿に血の気が引く。マジで殺そうとしてるよ、こいつ…!力負けしそうな所で、賢者より先に飛び降りたんだろう、狩人が女を取り押さえる。
『何してんだ?!』
『やめて、放して!放しなさい!!』
既にナイフは地面に落ちて、羽交い絞めされる女は髪を振り乱しながら叫ぶ。続いて駆けつけた賢者は、座り込んでしまった姉の方へ声を掛け、魔法を唱え始めた。
ここまで騒いでいればすぐに警備にバレるのも当然で、見た事のある騎士を先頭にして数人のモブっぽい騎士と、あの婚約者の男が駆けつけてくる。放せと叫び続ける女を狩人に代わりモブ騎士が取り押さえ、見た事のある騎士は姉の方へと駆け寄る。
応急処置は施したとか、ご無事でしたかとか、遅くなり申し訳ございませんとか…完全姉贔屓な雰囲気に、叫んでいた女の様子が変わる。ぴたりと動きを止めると、騎士を睨み付ける。その目があまりにも暗すぎて恐怖を覚えた。
『…裏切ったの?わたくしを、裏切ったのですか、イルザーク…』
『裏切ってはおりませんよ、姫。私の職務は王族の方々に、安心して日々を過ごして頂くよう警備をする事ですので』
『謀った…最初から謀っていたのね…セドリック、まさか貴方も…』
『え?!あ、いや、私は、その…』
話を振られた婚約者の男は突然慌て出し、逃げようと後ずさるが、既に後ろにもモブ騎士が控えて居て取り押さえられる。そうすれば、違うと婚約者は叫びだした。
『私が本当に愛しているのは、第一皇女だ…!第二皇女に誑かされて!私だって被害者だ…!!』
なんだこの昼ドラ展開…騒ぎたてる婚約者の男と、項垂れる女。これで一件落着だけど、俺の仕事は死んだ女を連れてく事なわけで…ここでも死なないとなると、一体どこになるんだろう。終わりの見えない長期戦にげんなりして溜息をついた所で、女の様子がおかしい事に気付いた。
俯いたまま何かをずっと呟いているのは良いんだけど、問題は女の周りに黒いモヤが集まっていることだ。背中から溢れ出る黒い物は、モヤを通り越して煙みたいになっている。
『許さない…許サナい…』
女から出てるとは思えない低くしゃがれた声が聞こえ始め、体は黒い煙に覆われていく。視覚的な異変には気づかないけど、流石に声と様子がおかしい事は生者でも分かるだろう。一番近くで取り押さえていたモブ騎士たちが最初に気付き声を掛けると、女は顔上げた。
既に獣のような姿へと変化していっていて、人間の面影がなくなってきている。それに驚いたのは俺も同じで、モブ騎士と似たような悲鳴を上げた。
なんで?魔落ちって死んでからするんじゃなかったのか…?なんで生きてる状態であんな事になってるんだ…?
『化け物だ…!』
ブチブチと音を上げながら変形していく姿に恐怖し、逃げようとするモブ騎士へ、女だった生き物の爪が襲いかかる。簡単に吹き飛ばされ、見事な庭へ血しぶきが広がった。突然の魔落ちに騎士たちが剣を抜き、応戦体制をとる。獣のような姿に変った女は、大きく咆哮を上げた。
「何デ…!!何で、イツも、お姉様が、必要トされるの…?!」
『既にあれは魔物へと墜ち果てた!怯むな!』
言葉が通じないのか…?
泣き叫ぶ獣が必死に言葉を投げかけているのに、人々はただ怯み恐れ剣を構えるのみ。向けられているのは殺意でしかない。
「ワタくしの、大切ナモノは、全てあノ女に奪わレタ…!」
『第一皇女をお守りするんだ!』
見てるこっちが辛くなる。もう止めてやれよと言ってやりたいのに、俺の声は届かない。とうとうモブ騎士達が攻撃を始めると、獣は必死に抵抗をする。戦い慣れている相手と、力があるけど素人が対等に戦えるはずがない。
「痛い!やメテ! わタクシは、タダ、必要とサレたかったノ…!見テ欲しカッタノ…!」
『後は俺たちが受け持ちます!』
いつ間にか、泣き叫ぶ獣の後ろには、駆けつけた勇者たちが武器を構えて立っていた。勇者の登場に沸く人間たち。既に避難してるのか、騎士と第一皇女の姿はどこにもなくて、数十人の騎士と勇者に囲まれた獣はもう一度咆哮を上げた。
「どうシて…!!!」
『魔物の首、ここで刈り取る!いくぞ!!』
「ワタクしだって、幸せニなりタカッた!!愛が、欲シカったノよ…!!!」
どんなに叫んでも、その声は届かない。
きっと、生者には咆哮にしか聞こえない。
どんなに泣いても、向けられるのは殺意だけで、そこに慈悲は無い。
物量で攻められてしまえば敵うはずもなく、目を射抜かれ、腕が切り落とされ、巨体は倒れ込む。魔法を撃ち込まれ、腹が抉れて腸が飛び散ったのに、それでも獣は生きている。ひたすらに、愛が欲しいとだけ叫び続けていた。
すでに虫の息となっても、狂ったように同じことを口にする獣は次第に動かなくなっていく。口から長くなってしまった舌をだらしなく出していて、これが皇女だったと言われても信じられない有様だ。悠然と歩み寄った勇者により、留めを刺されるその最期まで言い続けた言葉は、斬撃でぴたりと止まった。
魔落ちしている状態では魂の回収は出来ない。タブレットを確認してみると、対応不要へと赤い太文字表示で更新されていた。
もうここに居る必要はない。帰ろう。喜び合う生者達を見ているだけで辛い。
鍵を差し込み、ドアを呼び出して、開く。こんなに重い気持ちでここを潜るの初めてだ。
ゆっくりとドアを閉めるとき、何か聞こえた気がしたけど、それを気にする余裕が俺に残ってなかった。
『大丈夫か、ルカ。戦闘に集中出来ていなかったようだが…』
『…愛が、欲しかったって』
『愛?何を言ってるんだ?』
『…何でもない』
(愛が欲しかった女の話。)
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