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8 がむしゃらになった話*

   バイトから帰ってきたら、まず最初にシャワーを浴びる。それが俺の中でのスイッチの切り替えだった。  死者との関わりを一旦水に流して、自分の好きなことをする。そうしないと、いくら他人事のような感覚になったとしても、いつまでも付きまとわれてそうで居心地が悪かった。  今日も同じようにシャワーを浴びて、頭を拭きながら冷蔵庫を開ける。冷やされている紅茶を手にかけた時、玄関が騒がしくなった。先輩は基本丁寧で、ゆっくりな動作が多い。だから、あんな音を立ててドアを開けることなんて無かった。  驚いて玄関へと続く廊下に顔を出したら、息を切らした先輩が靴を脱ごうと必死にもがいていた。 「ど、どうしたんですか…?」  あまりの様子に声をかけると、先輩が勢い良く頭をあげた。 「カナトくん!」 「はい!」  大声で名前を呼ばれ、反射的に背筋を伸ばして返事を返す。だけど、それ以降先輩は何も言わず、気まずそうに視線を逸らした。  一体なんなんだ…?よく分からなくて先輩をじっと見つめていたら、大きく深呼吸してから目を合わせてくる。お、どうやら観念したっぽい。 「良いニュースと悪いニュースがあるよ」 「わお、海外ドラマみたいですね。じゃあ良いニュースから」 「賢者のルカ君がまた収容されたよ、明日の夜までは待機になってる」 「それ、良いニュースなんすか…悪いニュースは?」 「彼は、これが最後だよ」 「……え?」  どう言う意味か分からない。いや、分かってはいたけど、受け入れたく無かった。猫から前情報を貰っていたから、今取り乱さずにいられるけど…これ以上は聞きたくない。逃げるように目を閉じたけど、先輩は止めてくれなかった。 「彼は、思った以上に魂に魔を秘め始めていた。本来なら危険と判断されて、今の時点で問答無用に廃棄処理だ」 「廃棄…」 「輪廻には不要なモノだからね。だけど、彼は賢者だ。そのお陰で廃棄は免れた上に、生前の行いを鑑み次に死んだら一般と同じ扱いになる」 「一般と同じ…?」 「蘇生はされず、新たな命を歩むって事だね」  って事は、次回賢者が死んだ時に迎えに行くことが出来なければ、もう会えないって事だよな…?  折角距離も近くなれたのに、もう会えなくなるなんて…何故だか無性に会いたくなる。もう一回、賢者に会って話がしたいって思った。 「良かった」 「え?」  突然優しい声で言われて、飛んでた思考が戻ってくる。何が良いのか分からなくて先輩を見ると、ポケットから一つの鍵を取り出し渡してくる。 「行っておいで」 「……もしかして…」 「ルカくんが居る部屋の鍵。最期ぐらい、一緒に居てあげて?」 「良いんですか…?明日だって…」 「バイトなんて野暮なこと言わないよ。素直で良い子のカナトくんには、幸せになってもらいたいもの」 「ありがとうございます…!」  受け取ると、靴を履いて玄関を飛び出した。後ろから部屋番号を叫ぶ先輩の声へ、手を上げて答える。  何でアイツのためにこんな必死になってるのか…自分でもよくわかんないけど、とりにかく今会わなきゃ後悔する。その一心で、俺は待機室まで全速力で走り出していた。  そのせいで、部屋の前まできた頃には息も絶え絶え状態、肩を大きく上下させないといけない程だった。ぜえぜえしながらも、部屋のドアの鍵を取り出して差し込む。ぴったりと噛み合ってくれた鍵を回すと、開く音がした。  緊張しながら押し開ければ、室内は豆電球だけがついていて薄暗い。寝てたのか、ベッドがこんもり盛り上がってる。動き出した膨らみに、慌てて室内へと滑り込むとドアを閉める。鍵が閉まる音を確認してから振り返ったら、丁度毛布を引っ張る所が見えた。どうやら何が起きたのか顔を出すつもりもなくて、ただ構うなって言いたいんだろう。なんとも死に慣れてる賢者らしい。  無言で近づいて行き、許可も取らずベッドの淵へ座る。自分のベッドが軋んで斜めってるって言うのに、賢者は頭から毛布を被ったままピクリとも動かない。そこまできて、もう一つの可能性にやっと気付く。 「…あれ?もしかして、具合でも悪いのか?」  ここまでされても何も言ってこないんだ、体調不良の可能性だってある。なるべく優しく声を掛けて3秒。返事もしなかった賢者が、勢いよく毛布を剥ぎ取ると飛び起きた。 「ひぇ…?!」 「ちょ、え?!なんでここに居るの…?!」  情けない悲鳴を上げた俺の肩を、賢者が力強く握ってきた。それにすらビビる俺に、切羽詰まったような表情を浮かべた賢者が顔を寄せてくる。近くにある美形って言うのは想像以上の凶器だ。返すこともできず言葉に詰まった俺は、ぱくぱくと口を動かすだけで…そんな様子を見て、ハッとしたみたいだ。悪いと溜息をつきつつ顔を放してくれたお陰で、やっと心臓のバクバクが治まってきた。 「なんだよ…元気じゃん…」 「まあ、死んだら病気も無いしね…お陰様で」  顔色も悪くないし、本当にどこも悪くはなさそうだ。賢者のいつも通りの反応に安心したのは良かったけど、勢いのまま部屋を駆け出してここまで忍び込んできたわけだ。  会いたい、最後に話をしたいって思ったのは確かだけど、なんて声を掛けようかなんて全く考えていなかった。いざ本人を目の前にすると、どうしたらいいのか分からなくて…しかも、寝てた所を叩き起こしてるわけだから、更に気まずい。目が合わないように自然と俯き加減になってくのは許して欲しい。 「…ところで、なんでこの部屋にきたの?」 「う…それは、その…」 「俺、明日の夜までここで待機になるって言われたから、蘇りで呼びに来たわけじゃないでしょ?」 「…そうですね…」 「それとも、それを待たずに俺、処刑でもされる?」 「え…」 「これだけ蘇生繰り返してきたわけだし、普通の人と同じに処理されるなんて思ってはいない。例外って面倒だし」 「それは、お前が賢者として戦ってるから!」 「それを笠に着て、自分の為に死んでる時だってある。この前が良い例」 「ちょっとぐらい良いだろう!だって、頑張ってんじゃんか…!」 「頑張ってるだけで許されるなら、みんな許されるよ。頑張って生きてる、それは平等でしょ」 「で、でも…」 「生き返るなんて、本当はしちゃいけない事だ。限度があるとは感じてた。今回俺が死んだ所、どこだか知ってる?」 「……」 「魔王の城。最終決戦前。後は、魔王を倒せばハッピーエンド、勇者が死ねばバッドエンド。いずれにしても、俺を生き返らせるメリットはもう無くなったんだよ」  なんでこの部屋に来たのか…上手く理由を説明できない俺を前に、賢者がペラペラと話し始める。だけど、言ってる事は半分も入ってこなくて、それよりも賢者の態度に思考が固まった。  なんで、こいつこんなにあっけらかんとしてんだ。いくら死に慣れてたとしても、生き返れないかもしれない状況は初めてじゃんか。生き返りたくないとしたなら、もっと嬉しそうにしててもいいじゃんか。今度どうなるのか分からないなら、不安そうにしててもいいじゃんか…なんで、何でもないって顔してられるんだろう?  わけわかんないよ、なんでそんな普通の顔してられんだよ…?なんで、こいつは自分の事はどうでも良いって態度ばっかりで、幸せになる事を放棄してんだよ。 「ちょっ、え、ちょっと…!?」  すっかり聞いていなかった賢者の話だったけど、慌てた声が聞こえて顔を上げる。やっぱり慌てた表情で俺を覗き込んでる賢者がそこに居て、戸惑いながらも俺の頬へ手を伸ばしてきた。  細長い指が目元を撫でて、違和感に気付く。そういえば息苦しいし、目の前もぼやけて見える。 「なんで泣いてるの…」  ああ、そっか。俺、泣いてたのか。気付いたらぼろぼろと沢山出てきて、止められそうにもなくて、みっともなく目を手の甲で擦る。何度目かの所でやんわりと手首を掴まれた。 「赤くなるから、やめなよ」  苦笑してるのに優しい目なのがずるい。表向きの賢者としての顔だけど、口調はいつも通り…素で心配してくれてるのが分かる。それが嬉しかった。目尻を指で撫でられ俺が大人しくなった所で、息がかかるぐらいの距離まで顔を寄せてきた。 「なんでお前が泣くかなぁ」 「うっさい…幸せになろうとしないお前がいけないんだろ」  俺だって何で泣いたかなんか分からない。理由が分からないけど、泣きたくなったんだ…だけど、素直に伝える事はしないで、睨み付けながらそう言うと、賢者が小さく笑う。そうかと思えば、ちゅっと音を立てて目尻にキスされて強く抱きしめられた。死んだはずなのに、動く心臓の音と温かさが不思議だ。 「俺の為にカナトが泣いたってだけで、幸せなんだけど」 「泣いてない…」  未だにじわっと出てくる涙を隠すように、額を賢者の胸にぐりぐり押し付けた。ふんわりハーブみたいないい匂いがする。そんな俺に、賢者は遠慮せず笑いながら髪に指を入れて梳くようにして頭を撫でられた。 「そうだな、そういう事にしとこ」  何が楽しいのか…クスクス笑いながらも撫でるのを続けてくる。それがどうにも心地よくて、好きなようにさせた。  笑いが落ち着いてきても、撫でる手は止まらない。俺の方もやっと涙が落ち着いてきていて、心地よさにうとうととしてきていた。目を閉じていると、このまま寝入ってしまいそうだ。それも良いかもしれない…飛びそうな意識の中、賢者に名前を呼ばれ無理やり目を開けた。 「ごめん、さっきはお前に八つ当たりしてた」 「……いや、大丈夫」 「頑張ってるって、言ってもらえて嬉しかった…これは俺の独り言なんだけど…聞いてくれない?」  顔を上げようとすると、そのままで良いからと軽く頭を抑えられる。良いからと言うより、顔を上げて欲しくないって事なんだろうな。気持ちいいし、この状態を続けてくれるならと大人しく賢者の胸へと収まりなおしたら、ありがとと声が降ってきた。 「俺たちが住んでる国は、今魔族に襲撃にあってる。生き残るために、俺たちは魔王討伐に向かって旅を続けてる…たった5人に世界託してるんだよ。馬鹿だよ、あの国…俺たちが死んだらどうするつもりなんだ」 「…他に戦ってる軍隊的な人たちは居ないの?」 「義勇軍なら居る。でも、国の兵士達は王都しか守らない。王がそう命令をしているから…だから、俺たちが住んでた村が襲われた時だって見殺しだった…」  怒りを含んだ声で言われて、思い出したのは賢者の妹を迎えに行った時の事。  どこを見ても壊れていて、そこら中に血が飛び散ってて、生きる事を許さないと言わんばかりに火が放たれていて…。普通に生きていれば、戦う事なんてないはずだ。そんな非戦闘員の人間たちを一方的に虐殺していったあとは、相当悲惨だっただろう。賢者はそれを見てて、しかも死んでるのは見知った人達だったんだからたまったもんじゃない。  その上、見殺しにした人間の平和の為に、命かけて戦うことになって…知れば知るほど、不幸な人生を送ってる奴なんだって思ってしまう。 「生きてる意味ってあるのかなって思ってた。守りたかったものはもう何も無いのに、戦うことを強制されるのが辛くて…逃げたくて、死んでも連れ戻されて…壊れそうだった」  初めて聞く賢者の声に、なんて言っていいのか分からなかった。俺は死んでも逃げきれないなんて経験した事がない。それがどんなに辛いことなのか知らないで、同調はしたくなかった。  結果、黙ってる事になったけど、賢者は気にせずに続けてくれた。 「そんな時、妹の話をしてくれた死神がいた。感謝と共に自分の分まで生きて欲しいって言う妹の願いを聞いて、吹っ切れた。せめて、魔王の城ぐらいまでは付き合ってやろうって、区切りをつけれた」  漏らしたのは完全に俺だ。あの出来事が、賢者にとって良い方向に働いてくれたみたいだ。最後だし、言っても仕方ないって思ってやめなくて良かった… 「死神も捨てたもんじゃ無いし、話してみると意外と楽しかった。賢者じゃない、俺自身と話してくれる存在が、気付けば凄く大事になってて…死んだ後の少しの時間が、癒しになってたのかもね」  体を離して顔を覗き込んできた賢者は、優しげに笑っていた。  俺の事を持ち上げて話すのを聞いてるのですら恥ずかしいのに、至近距離で熱の篭った目まで向けられる。やめてくれ…恥ずかしくて死にそうだ…!そっか、としか返せない俺が、必死に視線をそらしているのには、とっくに気付いてるんだろう。  視線を逸らしていた方の頬を指先で撫でられて、肩が震えた。な、なんか、触り方がいやらしくて、雲行きが怪しくなってきたような気がする。 「ねえ、なんでこの部屋に来たの?」  もう一度同じ質問をされて、答えに詰まる。  理由は分からないけど、ただ会いたかったって言葉が言えない。と言うか、さっきと同じ質問だけど、今の賢者にその言葉を言っちゃダメな雰囲気がした。 「会えるのは、これが最後かもしれないって、思ってだった?」  何度もゆっくりと頬を撫でられて、感覚が麻痺していきそうだった。聞いたことが無い甘い声に誘われるように、顔を上げてしまう。綺麗な青色と目が合った。 「俺は、最後の最後で、カナトとまた会えて嬉しいよ」  これを、見つめ続けちゃいけない。流されちゃいけない。反射的に本能がそう告げてきた。それなのに、青色から目が離せなくて…賢者にされるがままになっていく。  ぼんやりと見つめていれば、膝裏と背中に撫でられる感覚がした。次の瞬間には、背中に柔らかな衝撃と、真っ白な天井。それを隠すように賢者が覆いかぶさってきている。 「抵抗しないの?」  ゆるゆると腹のあたりを服の上から撫でられる。少し伸びたロンTが簡単に捲りあがったので、スーツじゃないことを思い出す。風呂上がりのまま駆けつけたから、部屋着だったせいで余計脱がしやすいんだろう。 「…して欲しい?」 「欲しくはないけど…無理強いはしたくない、かな」  脇腹を爪で軽くなぞられて、背筋に鳥肌がたつ。くすぐったいのと一緒に、ぞわっとした何かを感じて、漏れそうになる声を噛み締めた。 「でも、前は淫魔のせいで非常事態なものみたいだったけど…今回は違うって言うのは分かってる?」 「そりゃぁ…まぁ…」 「…本当に、いいの?」 「……お前は、どうしたい?」  じっと見つめて聞けば、賢者は一瞬ぽかんとする。すぐに笑うと、口の端だけをあげて顔を寄せてきた。 「最後に、もう一度したい。カナトは?」 「俺は…」  ああ、駄目だ。考えられなくなる…もっと話したい事とかあったはずなのに…賢者と話してると、相手のペースに巻き込まれて、したかった事がなんだったのか思い出せなくなって…でも、それがすごく気に入ってる。じゃなきゃ、男に押し倒されても無抵抗なんてしない。  それに…賢者のせいにばっかしてるけど、心のどっかで俺もこの展開を望んでたのかもしれない。 「これだけしに来たわけじゃ、ないから……」  めちゃくちゃ小さい声で、目も合わせない状況で言ったけど、ちゃんと聞こえてたらしい。 「わかってる。でもとりあえず、先にこっちから始めよっか」  上着を脱ぎ捨てながら男臭く笑った賢者と目があって、一気に体温が上がった気がする。これからもっとエロいことをするってのに、これだけでのぼせそうだ…  ◆ 「ぁ、やめ…ぇ…」 「駄目、やめれない」  目の前にある枕に堪らず抱きついて、違和感に首を振った。俺のお願いは簡単に却下され、後ろに入れられてる指が探るように動かされる。どこにあったんだか、ジェルみたいなローションまみれのせいで痛くは無いんだけど、ぐぽって言う音は本当にやめて欲しい…ただでさえ、四つん這いになって、ケツを突き出してるような格好が恥ずかしいのに……  流されるままに始まったけど、言い訳をしてたのは最初だけで、すぐに感覚に飲まれていく。この前は、媚薬のせいで何がなんだか分からなくって、でも気持ち良いのだけはしっかり覚えてた。あの時は正気じゃ無かったから曖昧な記憶だったけど、今はしっかりと正気を保ってて、自分の意思で体を許してる。だから、これが初めてって言っても差し支えないんじゃないかって思う。  それを分かってるんだか、賢者は何もかも優しく事を進めていく。今だって、指1本入れてるだけなのに、これでもかってぐらい時間をかけて慣らされていて…ここまでされると、賢者の指がふやけちゃうんじゃないかって心配になる。 「考え事出来るぐらいには、余裕出てきた?」 「ぁう?!」  くるりと手首を回転され、指先で中を引っ掻かれた。今までになかった動きに、油断していた口から情けない声が漏れる。 「もう一本、増やすよ」  ひんやりとした液体と一緒に襲う圧迫感。気持ち悪くて引いた腰を、賢者に掴まれて引き戻される。変な声が出そうで、堪えるために枕へ噛み付いた。ゆっくり進んでくる指は、一本目と違って根元まで止まることなく入り込んでくる。しっかり入り込んだ指は、埋まり切ると動きを止めた。  そこからすぐに動き出すんだと思ってたのに、指はそのまま微動だにしない。気を使って止めた…?後ろを取られて表情も伺えないから、全く分らないけど…やっと止まった指のお陰で、少しだけ慣れた異物感に枕から口を離すと息を吐く。 「ひぁ…ッ!」  力を抜いた瞬間を待ってた。結果から言えばそれだけなんだけど、俺にとってはとんでもない衝撃が体を襲う。なんか奥の方を指先で掻かれただけなのに、電気が走ったみたいな感じ…自分の体に何が起きたのか分からなくって、戸惑いながらも後ろを振りかえると、やけに呼吸の早い賢者と目が合った。 「な、なに…?」  ニヤニヤしてる姿が怖くって、問い掛けてみたけど返事は返ってこない。代わりに指でさっき掻かれた所を何度もトントンとつついてきた。 「あぁ?!やっ、んん…!!」  俺から出てるとは思えない声が口から漏れて、慌てて唇を噛み締めた。さっき止まった時の代償なのか、指の動きは止まらなくって、体がビクビク震える。必死にシーツに爪を立てて、体が倒れこまないよう堪えるので精一杯だ。指の動きと連動するように震える体は、自分の物なのに制御がきかない。初めての感覚に混乱してる俺をいい事に、更に孔が広がったのを感じると共に遠慮なくもう一本指が入ってきた。 「ひゃぁ…!はげ、し…!」  こんな所になにか入ってるだけでも有り得ないのに、三本目なんて…!掻き回すように動き回る指のせいで、ひっきりなしに声が漏れる。気付けば俺の堪え性のない唇は、既に開いてだらしなく涎が垂れていた。 「気持ちい?」  頭の後ろ、上の方から降ってきた問い掛けに首を振る。答える余裕なんて無いし、気持ちいいかどうかなんて分からない…! 「気持ち良くないの?」  もう一度首を振った俺を見て、分かんないかと笑いを含んだ独り言が聞こえた。何か反論してやりたくても、俺の口は意味のない言葉しか出てこない。さっきとは違って、ゆっくりとした動作で指が動き出す。それに合わせるように甘ったるい息を漏らしていたら、指が引き抜かれた。  入れられてると違和感で気持ち悪かったけど、抜かれるとそれはそれで寂しいような気がしてくるのが不思議だ。それでも、やっと訪れた平穏に息を吐いていたら、顔の横をサラリと何が撫でた。それが賢者の髪の毛だって気付いた時には、既に背中に温もりを感じる。  とうとう本番?!振り返ろうとした俺の首元に熱い息がかかって、孔の先には硬いものがくっ付いてきた。 「力、抜いてて」  耳元で囁かれ、ぴくりと体が跳ねる。媚薬の効果が無いのに、こんな声にまで感じるとか、変態なっちゃったのかもしれない…  俺の答えを待つことも無く、押し付けられていた賢者の物の先っぽがゆっくりと孔の中へと入り込んできた。 「ぐ、ぁ、あああ…!」  さっきとは比べ物にならないぐらいにデカイ。無理やり押し開かれていく感触が気持ち悪い。必死に枕へすがり付いてみたけど、違和感は全く和らがない。逃げようと無意識に下がっていく腰を支えるように、賢者の腕が腹に回ると持ち上げられる。 「ひぃん?!」  尻を賢者に向けて高く突き上げるような格好にされ、止まっていた動きが再開された。 「きっつ……カナトッ、」  上から降ってくる声も余裕がなくて、辛いのが分かる。分かるけど、これ以上は無理だ…!抜いて欲しくて、必死になって後ろを振り返ると、眉間に皺を寄せて歯を食いしばる賢者の顔があった。ぼやけて見えることで、自分が泣いてる事に気づく。別に悲しいから泣いてるとかじゃなくて、勝手に出てくる生理的な涙ってやつなんだろう。 「カナト、力、抜いて…!」 「あ゛あ゛あ゛ッ!むり、だぁ、…ッ!」  力抜けって言ってる間にも、賢者のペニスは俺の中へ押し入ってきた。我慢出来ずに、色気もない声をあげて感覚に耐える。こんな声が出てるにも関わらず、念入りに解されたせいか俺の孔はゆっくり賢者を飲み込んでいった。全部入った、と耳元で溜息混じりに告げられてほっとする。これ以上突っ込まれたら壊れそうだ…  短く息を吐きながらなんとか呼吸を整えていると、後頭部を撫でられた。 「頑張ったね」  その手つきと声は甘ったるくて優しい。頭を撫でられて褒められるなんて久しぶだけど、悪い気はしない。大人しく撫でられていると、賢者の腰がゆるゆる円を書くように動きだした。 「カナトの中、きもちい…」  首筋にキスをしながら、低く掠れた声で囁かれゾクッとする。素面でヤるのは初めてだけど、体は初めてじゃないって言うのは厄介だ…痛かったはずなのに、緩い動きに焦らされて、囁く声にまで快感を拾ってる。  出来れば考えられないぐらいの勢いでお願いしたいけど、そんなこと口が裂けても言えない。惜しいところを掠める賢者の動きに堪らず、息を吐いて誤魔化していたら、突然直接的な快感が腰を襲った。 「なんだ…感じてるじゃん」  きゅっと優しく賢者の片手で包み込まれたのは、俺自身。さっきまで萎えていたはずのそれは、いつの間にか硬さを取り戻して勃ち上がり始めている。根本の部分を上下に扱きながら、指で先を捏ねられて体が跳ねる。 「ぅぁ…!前、やめ…!」  欲しかった刺激だったはずなのに、いざ与えられると強すぎて辛い。逃げたくて腰をあげると、中に入ってた賢者が更に奥まで入り込んできて、自爆した。 「わかる?俺の手が濡れてるの。これ、カナトから出てるのだよ?」 「や、だぁ…!」 「嫌じゃないでしょ。それとも本当にやめて欲しい?」  どっちにも逃げられなくて、首を振って叫ぶと、突然ぴたっと動きが止まる。中途半端に昂った状態で止めるなんて、信じられない…!  言葉にはしなかったけど、そう言う気持ちを込めて振り返って、睨みつけてやろうと思った。だけど、呼吸を荒らげて見下ろしてきてる顔があまりにもエロすぎて、雰囲気に飲まれて行く。思わず唇を噛み締めたら、エロい顔のまま賢者が笑った。 「物欲しそうな顔してる」  いやらしい音をたてながら、ゆっくりと賢者の腰が前後に動きだした。一気に押し寄せる違和感に、思わず目を瞑る。少しだった動きは段々と大きくなり、抜ききる直前まで引いたと思ったら、今度は一番奥に向かって入ってくる。何か探してるのか、色んな場所を抉られて、耐えきれず頭は枕の元へ逆戻りした。  縋りたくてキツく枕を抱きしめた時に、賢者の先っぽが掠めた所からまたあの電気が走った。散々指でいじめられたそこを、今度は比べ物にならないぐらい太いもので突かれる。 「んぁあ?!あっ、やぁ、ぅああッ!」  簡単に見つけ出された弱点を突いてくるリズムと同じテンポで、喘ぎ声が漏れた。恥ずかしいし、俺が出してるなんて認めたく無いけど、そんなのを気にしてる余裕なんて全く無い。よく分からない刺激と、それに合わせて勝手に出る声って状態が怖い…  そんな状況へ追い打ちをかけるように、俺のペニスを握って止まっていた賢者の手に力が籠ると、緩く上下に動き出す。強すぎる刺激のせいで目の前に星が飛んだような気がした。息が止まって、声が出ない。パクパクって魚みたいに動かすけど、背中を向けてるから賢者は気づいてないんだろう。 「ッちょっと、締め過ぎ…ッ」  体が倒れてきて、背中全体が温かくなる。首元で聞こえた余裕が無さそうな声に興奮して、孔がきゅっと締まったような気がする。それに応戦するかのように、賢者の腰の動きも腕の動きも速さを増されて、必死に枕へ爪を立てた。 「あっ、あ゛あ゛っ、りょうほ、やだっ、ぐっ」 「中だけじゃイけないでしょ、我慢して」 「ああああっ、も、許して、アッ」 「気持ちい…気持ちいいね、カナト」 「わかんな…ッ!」 「気持ちいんだよ、ほら、言ってごらん」 「もち…ッ、きもち…!」 「はっ、良い子」  気持ちいって口にした途端に、このよく分からない感覚が気持ちいって事なのかって納得がいった。気持ちい、そうだ、気持ちいんだ、これ…それに気づいたら最後で、違和感しかなかった賢者の突き上げがたまらなく良い物に感じてくる。ただでさえ前も後ろも刺激をされて、限界が近かったせいで、一気に駆けのぼって行った。 「アッ、イく…!」 「俺も…、出そう…!」 「んぁあ…!」  下半身の溜まった熱が爆発したせいで、チカチカして体も痙攣をおこす。震えながら精液を吐き続ける俺の上で、賢者も息を止めるとビクりと震え、熱い物が流れ込んでくるのが分かる。最後まで奥へ叩き込もうとする感覚を感じながら、瞼がゆっくりと閉じていった。  ◆  沢山ある待機室の中には、全部にこんな綺麗なホテル並のシャワールームがあって、男二人でも入れるぐらい大きなバスタブまで完備してるなら、死者の扱いは相当優遇されてると思う。  バスタブを満たすお湯を揺らしながら、溜息をついていたら、後ろに陣取っていた賢者が笑い声を漏らした。不満げな表情を隠しもしないで顔だけ振り返ると、前髪をかき上げていた賢者と目があった。そしたらもう一度笑われて、今度こそジト目を返す。 「何」 「いや…幸せってこういう事を言うのかなって」 「何それ」  予想外の返しに、表情も戻る。理解できなくて、思考が止まった俺の顔を見て、賢者ははにかむと照れ隠しのように抱き寄せて俺の肩へ顎を乗せてきた。なんでこのタイミングで幸せなんて思えるのか…今日は分からない事ばっかり起こる。 「セックスした後に、二人一緒に湯を浴びるなんて、初めて体験した」 「…奇遇だね、俺もだよ」 「実際、執着するものなんて無くなったと思ったんだけど…俺、結構カナトの事気に入ってたみたい」 「…気に入ってない男とヤるような奴じゃなくて良かった」 「ん~?それ、そのままお前に返してもいい?」 「ぐ…っ」  流されてもっかいしたわけだけど…ちゃんと自分の意思で許した行為だっただけにブーメランが痛い…。  何も言えず撃沈したのを見て、クスクスと笑う賢者の息が首にかかってくすぐったい。 「本音言うとさ、生きてるの辛かったんだ。そのせいか、頻繁に囁く声も聞こえた」 「囁く声?」 「そう。守るものなんてないこの世界を命がけで守る意味はあるのか?いっそ壊してしまわないか?って。化け物に変化してる人間って、きっとこういう囁きに負けたんだろうなって身を持って知った」 「そんな事が…」 「でも、そんなのになっちゃ、カナトにも会えなくなるわけだし。頑張った甲斐あったなって」  抱きしめられてる腕に力を籠められ、背中全体で賢者を感じる。話を聞けば聞くほど、俺って賢者の生きる目的みたいになってて恥ずかしいけど…めちゃくちゃ嬉しい。生前なら重いって感じたかもしれない。死んでから経験したバイトで、だいぶ俺自身も変わったんだなって思う。  なんとなくわかり始めてきた賢者への気持ちだけど、この部屋を出たらもう会えないのか。死神と死者って言う関係だけだったのに、随分と変わっていった。最初、コイツの事苦手だったのに、今ではこうやって抱きしめられてると落ち着くような気がする。  巻きついてる白い腕へ自分の手を重ねると、伝わってくるのは賢者の体温。死んだのにあったかいなんて変な感じだ。 「ねえ、カナト」 「…ん?」 「上がったらさ、話をしよう。色んな事」 「色んな事…?」 「そう。俺の事だったり、カナトの事だったり、もっと知りたい。もっと…一緒に居たい」  駄目?って耳元で囁かれて、首を振る。  きっと俺も、そのつもりでこの部屋のドアを開けた。俺も、もっと、賢者の事が知りたいし、もっと…一緒に居たいんだ。 (がむしゃらになった話)

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