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第3話 おにーさんと資料室

 お菓子の詰め合わせってこんなに高いんだ…。お金が入っている袋を握りしめて、溜息をつく。  昼休憩を利用してやってきた城下町のお菓子屋の前に、僕はいた。  エリオットさんに失礼を働いてしまったのが4日前。  直接お会いして謝りたいと思ったけれど、治癒師の下っ端である僕が直接会いたいと思って会えるような人では無い事に気付くのはすぐだった。1年もここで働いてきたのに、この前が初めてだったんだ、当たり前だよね…。  一晩落ち込んでから、ヴィンさんに相談したのが3日前。  もう一度エリオットさんにお会いしたいと伝えた時の、ヴィンさんの顔はすさまじかった。普段はニコニコしている事が多いのに、見た事も無い真顔で正気なのか?って詰め寄られた。今までない程の恐怖体験だったのは間違いない。  それでも目を逸らさずヴィンさんを見つめ返すと、なぜだと、一言問いかけられる。単純に謝りたいのとお礼を言いたいのだと伝えると、驚いた顔をしていた。それだけなのか?と何度も聞かれたけれど、それ以外に何の理由があるんだろうか…?不思議に思っていると、そうか…と安心したように息を吐いたのが印象的だった。  その後、すぐにエリオットさんへ掛け合ってくれたようで、帰り際に呼び止められた。3日後の定時にあの場所で、とだけ伝えるように頼まれたと少しヴィンさんは不満げにしていた。  ああ…ヴィンさんにも迷惑をかけてしまった…申し訳なさを感じつつも、またエリオットさんとお会いできると思うと、嬉しかった。  そして本日が、約束の3日後になる。  朝からそわそわしっぱなし、午前の終業の鐘と共に飛び出したのがほんの少し前。お菓子の値段の高さに衝撃を覚えているのがたった今…  それでも、エリオットさんに大変失礼をしてしまったお詫びとして、買わないわけにはいかない。  いつか、里帰りができた時にはたくさんのお土産を買って帰ろうと思い、貯めていた貯金たち…それが入った袋を強く握りしめる。これを使う日を、こんなにも早く迎えるとは思わなかった。ここからお金を出すの心苦しいけれど、目を閉じれば、優しげに微笑み覗き込んできたエリオットさんの顔がいつでも浮かび上がる。  あんな失態を犯したんだ、これは自分への戒めとしても必要な事…意を決して、お菓子屋の扉を引いた。 「いらっしゃませ…あら、可愛いお客さんね」  平均よりも背が低いせいか、顔が丸いせいか…どうも僕は実年齢よりも年下に見られやすい。今も、カウンター越しにお菓子屋のおばさんがほっこりした表情を向けてきている。悪気はないと言う事も理解出来ているから怒りはしないけれど…少し複雑だったりする。 「すみません、この詰め合わせを一つ…二つ下さい」  一番安い物を指差し注文する。すぐに同じ物をカウンターの上へ出してくれて、中身を確認。うん、大丈夫そうだ。お金の準備を始めよう。 「誰かへのプレゼントかしら?」 「え?あ、はい。お世話になった方に渡したくて…」 「偉いのね。お相手の方も、嬉しいはずよ」  代金と引換に手元にきた詰め合わせには、見本品と包装が少し変わっていた。袋を縛っている所に、可愛らしい白い花が一輪刺さっている。おばさんへ視線を向けると、ウインクをされた。 「それはおまけよ」  子供扱いされるのは、こんな時便利だと思う。善意に嬉しくなって、僕は笑顔でお店を後にした。  ◆ 「リオ…?今日の貴方、なんだか変よ?」  勤務時間も後わずか。そわそわが最高潮に達していたせいか、用もないのに部屋の中を歩き回ったりしてしまう。そんな僕を見て、一緒に清掃にあたっていた同僚のルーラが、訝しげな表情で声をかけてきた。確かに、傍から見れば落ち着きが無さすぎる僕を、変だって言うのは当たり前の感想だ。でも、この後憧れの人と待ち合わせしてるとも言い難い。 「え?そうかな?そんなことないよ!」  誤魔化すようにシーツを剥ぎ取れば、更に不審を募らせたルーラがシーツを剥がされベッドの上へ片膝を乗せてきた。 「お昼もどこに行っていたの?食堂にいなかったわよね?」 「城下で食べてきたんだ」 「城下?なんでそんな所に行く必要があるのよ?」 「ちょっとした気分転換。ほら、もうすぐ定時だ。早く終わらせよう!」  話しながらカバーを外した枕を投げつけて、逃げるように隣のベッドへ移る。物言いたげな視線を向けられたけれど、最後までそれに答える事はしなかった。  定時後、あの資料室まで全速力で走った。お願いしているのだから、先に行って待っていたい、そう思えばのんびり歩いてるなんてできない。どうやって切り出して、何を言うのか散々練習した流れを頭の中で再生させる…そうすれば、資料室なんてすぐに到着した。  息を切りながら扉を開けると、夕日が目に飛び込んでくる。明かりはまだついていない、良かった、間に合…… 「お疲れ、リオ」  ってなかった…。  夕日が差し込む窓に背をもたれ、本を読んでいるエリオットさんの姿。小さく微笑むと、今までとは違う落ち着いた大人な雰囲気が漂う。一枚の絵みたいな光景に、息が止まりそうだ…。 「どーした?とって食ったりしないから、中入れよ」  僅かな音を立てて本を閉じると、手招きをされた。唾を飲み込んでから、失礼しますと頭を下げ資料室内へと入る。扉を閉めると、遠くから聞こえていた物音も遮断され、静かな空間に二人だけ。なんだか世界から切り離されたみたいだ。 「まさか、お前の方からまた会いたいなんて言ってくれるとは思わなかった。すげー嬉しい」 「そ、そんな…!恐れ多いです…!」 「そうそう、その反応。うける。で、少年は、おにーさんを呼び出して…どーしたかった?」  片腕を組み、もう片方は人差し指で唇の輪郭を撫でている。その動きが妖艶なのに、細められた金色の瞳は狙いを定めたようにギラついていた。急に変わった雰囲気に、全身に鳥肌が立ち、身動きが取れない。  はやく、はやく、なにか、いわないと…。だけど、目が離せない…このままじゃどうにかなってしまいそうだ…  無意識に出てくる唾を飲み込むと、喉がカラカラに乾いているのが分る。完全に雰囲気に飲まれ、動けなくなっている僕の元へとエリオットさんが一歩距離を縮めてきた。それに反応するように体が動き、足元からガサっと音がする。そこで、やっと自分の手に紙袋を持っていたことを思い出すと、勢いよくそれを両手で持って前へと差し出した。 「ここここの前は、失礼しました…!これ、迷惑をかけたお詫びと、感謝の気持ちです…!」  裏返りまくりな声で叫ぶ。  そうすれば、ゆっくりと近付きてきてたエリオットさんが動きを止めた。ような気がする。耐えきれず、目を閉じてしまったから、今どうなっているかなんて分らない。 「え…本当に、それだけ?」  急に間の抜けた声がした。少しだけさっきの雰囲気が薄れたと思うけれど、やはり見てはいけないものような気がして、目を開ける事はできない。  時間にすれば数秒なんだけど、僕にとっては永遠とも思える静寂の後、静かに足音が近づいてきた。それから、手に柔らかい感触。重さが無くなったので、紙袋は受け取ってもらえたみたいだ。なのに、僕の片手はずっと温かい物に包まれていて、ふにふにと揉まれている。怖いけれど…薄目を開けて確かめてみれば、柔らかい表情を浮かべたエリオットさんが僕を見つめていた。今まで僕の顔を観察されていたんだと思うと、恥ずかしさに顔が赤くなっていく… 「ぅぇ…あっ、あの…!?」 「純粋な善意って、久しぶり」 「…え?」 「ねえ、今中身見ても良い?」 「は、はい…!」  返答を聞いたエリオットさんは、揉んでいた僕の手を放すと紙袋の中から昼間に買ってきた詰め合わせを取り出す。 「可愛いじゃん、これ」  おばさんがおまけでつけてくれた花を取り外すと、その花を僕の髪へと差し込んだ。 「ふは、似合うね。可愛い」  ぽんぽんと頭を撫でられるけれど、緊張で動けずの僕はされるがままだ。包装を丁寧に開けて出てきた小さな箱、ふたを開ければクッキーが五枚程入っている。 「俺が甘いの好きだって、知ってた?」  目を細めて投げかけられた問いかけに、首を振って答える。それは正解だったのだろうか…更に機嫌を良くしたエリオットさんに手を引かれ、窓際まで連れていかれた。  躊躇いも無く床へ腰を下ろす姿を見て、釣られるよにして僕も座る。口開けてって言われ、素直に開けると甘いクッキーを詰め込まれた。思わず咥えてしまったけれど…なんで僕に?取り出すことも、食べる事もできず咥えたままエリオットさんを見つめると、御裾分け、とウインクされる。気にすることなく、もう一枚取り出して食べ始めたのを見て、僕もゆっくりとクッキーへ歯を立てた。  お菓子なんて数える程度しか食べた事がない…美味しさに感動する。少しずつ食べても小さなクッキーは三口程度で無くなってしまった。美味しかった、と余韻に浸っていると、隣から笑いを堪えるような声が聞こえる。そこで、今はエリオットさんとクッキーを食べてる事を思い出した。意地汚い所を見られてしまった…!錆び付いたように固くなってしまった首を動かすと、しっかりエリオットさんと目があった。 「なんか、リオのの方が美味しそうだな」 「えぇ?!す、すみません…!」 「我慢しよーと思ってたけど、やっぱ無理…ねぇ、ちょっとだけ…味見、してもいーい?」 「え…でも、全部食べちゃって…」 「だいじょーぶ。リオはおにーさんに委ねてれば良いよ」  近付いてくるエリオットさんから目が離せない。優しいエリオットさんに戻ったんだって思ったのは間違いで、ずっと自分の領域に入ってくるのを待っていただけだったんだ…下から覗き込んできた金色の瞳は、まるで猫のように瞳孔が絞られている。魔法をかけられたみたいに動けない。 「ぁ、…あ、の…」  息がかかる程の距離まで接近してきた顔に動揺する。低く囁くような声で、目を閉じるように指示されて、縋るような気持ちで目を閉じた。間近でフっと息が抜ける音がする。 「いーこ」  唇に温かくて柔らかい物が触れる。混乱して口をぎゅっと閉じると、今度は啄むように何度も唇をつつかれた。もしかしなくても、僕は今、エリオットさんにキスされてる…?!そう認識すると、緊張が限界まで達する。目もぎゅっと閉じて、息も止めた。そうすると、唇から温かい感触が離れ、今度は頬を優しく撫でられる。 「やだ?」  質問の意図が分からない。考えている僕の沈黙を、肯定と捉えたエリオットさんは更に続けた。 「俺は、食べたいなぁ…」  頬を撫でていた感覚が、顎をなぞり、首を撫で…ゆっくりと下へと下りていく。ぞわぞわと鳥肌が立って変な感じだし…なによりも、止めていた息がそろそろ限界だ…。情けない声を出しながら口で息を吸い薄く目を開くと、切なげに細められた金色がそこにあった。 「……なぁ?」 「あ、あの…僕…初めて、で…」 「やっぱ、初めては俺じゃやだ?」 「ち、違くて…エリオットさんに、失礼を、」 「ああ、やばい、クソ可愛い…!」  僕が全部を言い切るより前にエリオットさんがそう言うと、離れていた顔が近づく。さっきみたいにゆっくりじゃなくて、奪うようにキスをされた。話していた途中だったせいで、半開きだった口は閉じていた時が嘘みたいに言う事をきかない。ちゅ、ちゅっと何度も唇を吸われて、頭に霞がかかったふうになっていく。 「っふ、ん」  散々吸われて少し痛みを覚えた所で、熱いぐらいの何かが口の中へ入り込んできた。それがエリオットさんの舌だとは分かったけれど、どうすれば良いのかもわからず…とりあえず、当たらないように自分の舌を出来る限り奥の方へと押しやってみる。けれど、逃がさないと言わんばかりに、エリオットさんの舌は僕の舌を絡めとってきた。途端に広がった甘い味は、さっき食べたクッキーだろうか… 「はっ、ぁ、ぁ…ッ」  絡みあうように動かされた後、歯をなぞる様に舐めあげられる。そのたびに這いあがってくるようなぞくぞくしたよく分からない感覚が怖くて、エリオットさんの胸辺りにしがみ付いた。応えるように、勢いよく腰と首の後ろへ腕が回ってきて、力強く抱き寄せられる。気付けば、座っているエリオットさんの上へ僕が跨るような体勢になっていた。 「っ、はっ、エリ、オット、さん…」 「可愛い、リオ。ほら、もっと口開けてみ?」 「ぁ、い」 「じょーず。舌も出せる?」  言われた通りのろのろと舌を出してみるけれど、これはすごく恥ずかしい…。だけど、エリオットさんに褒められると嬉しい。涎が垂れてしまいそうなのに、嬉しさが勝っていまだに引っ込めずにいる僕は、なんだかおかしくなってしまったのかな…?呂律の回っていない声でエリオットさんの名前を呼べば、会った時と同じようにニっと笑って……でもあの時のは比べ物にならない色気を含んで、エリオットさんも舌を出してきた。  つんって何度もつついてから、僕なんかよりも長い舌が絡んでくる。首の後ろを押され、頭を下げるとまるで僕がエリオットさんにキスを仕掛けているようだ。けれど、実際に権限を握っているのは僕じゃない。舌全体を舐めあげられ、今度は軽く吸われる。その度に背中を電気が走り、堪らなくなる。 「ふぁ…ああ」  歯で軽く甘噛みされて体が痺れていると、口の上の方まで舐められた。だらしなく漏れ続ける声を吐きながら、僕だけしてもらうのは申し訳ないと頭に過ぎる。今なら、エリオットさんの舌の付け根辺りに届きそうだ…。 気付けば舌は無意識にそこを目指していて、軽く舐めてみる。すると、面白いぐらいにエリオットさんの肩が震えた。これはいけるかもしれない。さっきエリオットさんにしてもらったように、舌の裏側を付け根から先端に向けて舐めあげた。 「は…ッ」  エリオットさんから声が漏れる。やった、成功したみたいだ…!嬉しくなって、もっとしようとした所で、顔を離されてしまう。なんで…?もう終わりなの…?きっと、僕は物足りない顔をしてたのかもしれない。  飲み込み切れなかった唾液で口の端を汚したエリオットさんは、僕の顔を見て驚いて…すぐに妖艶に笑った。

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