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第5話 おにーさんと同衾事件

   喉の渇きを覚えて目を開けると、知らない天井だった。  僕の部屋の天井はもっと薄汚れた白だったはずなのだけれど…今見えているのは、汚れなど一つも無い綺麗な白。それに、体が沈みこんでいるベッドもふかふかで…動く度に軋む僕の物とは全然違う。嗅ぎ慣れないけれど、どこか落ち着く良い香りも漂っていて、明らかにここは自分の部屋とは違っていた。  僕はなんで眠っていたのだろう…?眠るまでの記憶を辿ってみて、すぐにあの資料室での行為が鮮明に浮かび上がってきた。一気に顔面に熱が集まり、赤面しているのが自分でも分る。  そう言えば、直前まで僕は下半身丸出しだったはず…!思い出した瞬間に体は起き上がっていて、下半身の状態を確認していた。 「よかった…!」  下着もズボンもはいてた…!丸出しは免れたみたいで一安心だ。それを確認できてから、ようやく辺りを見回してみる。  散らばっている衣服に、書物、書きかけの紙、何かの食べ屑…ベッドの上にも書物や衣服が散乱していて、綺麗なのは天井だけだった。騒然たる状況…いわゆる汚部屋に、思考はストップする。  ここは一体どこなのか…なんとなく誰の部屋か予想はついているけれど、しっかりと確認できなければ失礼だろう…。  とりあえず、誰かいないか探しに行こうと思ったけれど…予想以上に足の踏み場のない床を目の当たりにして困った。僕の靴が何か重要そうな書類の上に無造作に落ちていたので、僅かに見えていた床へ置き直してみたけれど…どれを動かしていいのかすらも分らないから、身動きがとれない…。  お手上げ状態だし、いっそこのままもう一度寝てしまおうか?なんて考えてた所で、タイミング良く部屋の扉が開いた。 「おー、起きた?」  顔を覗かせたのは、片手に紙袋を抱えたエリオットさん。やっぱりこの人の部屋だったか…彼は、今まで見ていたかっちりとした制服とは違い、襟口の広いゆったりとした上着にズボンだけと言うラフな格好をしていた。ゆったりしすぎのせいで、襟口からは片方の肩がずり落ちて出てしまっていて、目のやり場に困る…。  咄嗟に目をそらしてしまったけれど、こちらに歩いてくるだけなのに、ガサガサと言う足音以外の音がすごい。怖いもの見たさでゆっくり視線を戻すと、周りに落ちている物を何のためらいもなく踏んで歩くスタイル…その潔さは、最早尊敬の域…蹴散らしながら無事にベッドまで辿りつくと、端に腰掛けてきた。 「悪い、俺も起きたの遅くってさー、これしか手に入らなかった」  抱えていた紙袋から出てきたのは、パンとフルーツジュースの瓶。差し出されたので、丁重に受け取ると、中からもう一本色の違う瓶が出てくる。どうやらそちらはお酒のようだ。それぞれの瓶の蓋を開けたエリオットさんは、お疲れ~と言ってから飲み口に口付け、半分程を一気にあおった。 「はーーー、うまい。あれ、飲まないの?」  僕の手に握りしめられたままの飲み物は、僕のために用意されたもので間違いないみたいだ。申し訳ない気持ちもあったけれど、喉の渇きには抗えない…いただきますと言ってから同じように瓶へ口付けた。  この国の特産フルーツの果汁で作られたジュースは、定番の飲み物だ。まろやかな甘さで、口当たりもよく飲みやすいせいもあり、瓶から口を離せば、エリオットさんと同じ位の量を一気に飲んでしまっていた。 「おー、良い飲みっぷり。散々喘がしたからな、喉いたわっといて」 「あえ…?!」 「やらやら言ってて、サイコーに可愛かった」  事実を他人の口から告げられるだけでも恥ずかしいのに、追い討ちをかけるようなニヤとした視線に、とうとう耐えきれず俯いてしまう。すると、ごめんって、と笑いを含んだ声と共に頭を撫でられた。  少しだけ不貞腐れながらも視線を向ければ、笑っていた声とは違って目はとても優しい。そんな目をされてしまうと、反論なんてできない…なんてずるい人なんだって思ったけれど、不満は感じなかった。 「パンも食えって。腹減ってるんだろ?」 「でも…」 「リオのために持ってきたんだから」 「う…で、では…」  促され、一口サイズにちぎり口に含む。そんな僕見て、食べたなんて満足そうに笑いながら、エリオットさんはお酒を飲んだ。なんだか、小動物への餌付けに成功したような雰囲気を感じるけれど、僕の気のせいであってほしい。  少しずつ進めていったけれど、観察されながらの食事は半分で限界を迎えた。とてつもなく食べにくい…けれど、それを伝えるのは出来なくって…機嫌よく眺めているエリオットさんに言えたのは、 「あの…エリオットさんも、どうですか?」  なんて言葉だけだった。  だけど、意外にもエリオットさんは素直に言葉の意味を受け取ってくれたみたいだ。お腹をさすって具合を確かめてから、もらおうかなと返してくれた。ほっとしたのも束の間、彼はこちらへ顔を向けると小さく口を開けて目を瞑る。 「え…」  これは、もしかして…た、食べさせてってことなのか…?!  動揺で思わずパンを握りつぶりそうになる。このシチュエーション、最近体験したやつだ。なぜ、またこんなファンに殺されそうな状況が発生したんだ?もしかして、食べさせるのが今この城ではブームになっていて、僕だけが知らないんだろうか…?  ぐるぐる悩んでる間にも時間は経過していて、あーーーと言う不満そうな声が聞こえてくる。こ、これは…腹を括るしかない。  イケメンに食べさせるなんて事件が、生きている中で二回も発生するなんて…しかも、タイプの違うイケメン…。もう、人生の運を使い果たしかもしれない…神様ありがとう。  都合の良い時だけ信じている神様へ心の中で感謝をしながら、小さくちぎったパンを恐る恐る小さな口へと放り込んだ。  緊張しながらも楽しんだ餌付けは、パンが無くなるまで続いた。最後の一欠片を入れて、ふっと詰めていて息を吐く。どうも食べているエリオットさんは官能的で、見ていてそわそわしてしまう…。  用事もなくなったし、とうに日付も変わっている深夜。なによりも、僕が挙動不審で怪しいすぎるので、そろそろ失礼した方が良い。そう思い、立ち上がろうとベッドの上から床へ足を下ろした僕の隣で、まるっきり反対の動きをエリオットさんがした。 床に下ろしていた彼の足が持ち上がり、ベッドの上を通り越して僕の膝まで乗り上げてきた。立ち上がるのを阻止するように、細い足へ力が入る。 「えっと…?」 「だーめ、行かせない」 「え、で、でも、もう夜も遅いですし…」 「そー。だからもう寝よ?」 「そうですよね。じゃあ、僕はこれで、」 「一緒寝よ?」  目にも留まらぬ早業で、気付けばまたベッドへと逆戻りしていた。 「つかまえた」  横になった体を、背後から抱きしめられる。頭の後ろから熱っぽい息と共に囁く声が聞こえれば、それだけで背筋に鳥肌が立ち、体が震えた。普段は全く出していないのに、突然溢れ出す色気が本当にすごい…経験の無い僕にとっては、それだけでも充分の効果だって言うのに…!  抱きしめていた腕が動き出し、胸と腰辺りを撫でられる。いやらしい触り方は夕方の出来事を彷彿とさせて、思い出すだけでも下半身へ熱が集まってしまった。 「リオ、体温高いなぁ…」  クツクツと喉の奥を鳴らして笑う声が聞こえる。確かに平熱は高めかもしれないけれど…ここまで体温が上がってるのは、他の要因のせいなのに…!  その元凶は、僕を撫で回しながら、お互いの体を密着させてくる。お尻に何か硬いものが当たって、ごく自然に擦り付けられた。それがなんなのかぐらい、僕にだって想像はできる…気づいた瞬間に体は反応を示してしまって、ピクピク痙攣をしたように震えた。 「ん…っ」  漏れてしまいそうな声を噛み殺すと、それを聞きつけたように腰にいた手が、ゆっくりと前の方へとおりてきた。すぐに辿りつくと、数時間前と同じぐらいに膨らんでしまった僕の物を優しく撫でる。  ズボンの上からなので、与えられる刺激は予想以上に弱かった。電気のような刺激が怖くて止めて欲しいと何度も頼んでいたのに、いざ弱いものになったら、物足りなく感じてしまうなんて… 「ぁ…っ、んぅ…!」  膨らみすぎて痛みすら覚えるそこを、擦りあげられるように何度も手を動かされて、堪えきれずに声が漏れる。恥ずかしいけれど、やめて欲しくない…もっと触ってほしいとすら思ってしまう。これが気持ち良いって事かな…?無意識にエリオットさんの手へ自分も腰を押し付けて動かしてしまっていた。普段なら恥ずかしくてこんなこと出来るはずないのに…本能に負けてしまった今、どうしても動くことをやめられない。  もっと、直接手を入れ扱いてほしいなんて浅ましい考えが頭に過ぎった時、ふと違和感を覚える。エリオットさんの手が…動いてない…?  よく聞けば、ふーと言う僕の荒く繰り返す呼吸に混じって、規則正しい寝息が聞こえてくる…背中越しだし、しっかり抱きしめられていて身動きが取れないので、見て確認することはできないけれど…間違いなく、寝落ちている…。 「嘘だろう…」  エリオットさんから触ってきたって言うのに…こんな状態で放置だなんて酷すぎる…!  どうすれば良いのかなんて分らないし、出来ることと言えばひたすらにこの熱が収まるよう落ち着かせることぐらい…やり方なんて分らないけれど…  眠れるのかなぁ…。背後から聞こえる穏やかな寝息にため息をつきながら、祈るような気持ちで僕は目を閉じた。  ◆ 「エリオット!!!お前、今何時だと思ってるんだ?!」 「す、すみません?!」  大きな物音とほぼ同時の大音量な怒声に驚いて、思わず謝りながら飛び起きた。  そして、目が合ったのは、紙が舞い散る中驚きの表情でこちらを見つめているクレアさん。今自分が何処にいるのか、何をしているのか、理解ができなくて…ただ呆然と、眼鏡がずれ落ちていてもそのクールさを失わないイケメンさんを見つめることしかできなかった。   「んん…うっせーなー…」  寝ぼけた声が聞こえると、お腹に回っていた腕に力が入る。自身の体を僕の腰へと引き寄せ顔を埋められ、くすぐったさを感じた。振り返れば、再び眠りに落ちそうなエリオットさん。 「エ、エリオットさん…!」  それに慌てて、起こすため声をかけるけれど、目を開けようとはしない。仕方なく肩を揺らしてみてもダメ…ど、どうしよう…?!成すすべも無くあわあわしていると、エリオットさんの体がゆっくりと起き上がってきた。  良かった、起きてくれた…!そう思ったのも束の間、腰にあった腕は胸へとまわり、力強く体を倒される。 「ひゃう?!」  情けない声を上げながら、体は背中からベッドへと沈んだ。倒されると、すぐに腕やら足やらを絡みつけてきて、簡単に体を回転させられ…いとも簡単に、エリオットさんの胸の中へと収まってしまった。 「ん~…リオ枕…」  おでこに軽いキスをしたエリオットさんが、再び夢の世界へと旅立っていく。昨夜は後ろからだったし、それよりも非常事態な所があったから何かを考える暇もなかったけれど…しっかり前から胸に収まり抱き締められると、とんでもない格好だって言うのが分る。  憧れの人に抱き枕にされているなんて…!嬉しいし恥ずかしいし畏れ多いし…!色々な事が入り交じり、ショートした思考は動くことをやめた。 「なに…してんだ… この、ビッチ男がぁあああ!!!!」    聞いたことも無い大声が部屋中に響き渡る。寝起き一発目もなかなかな大きさだったけれど、今回の比じゃないってぐらいに大きい。あまりの衝撃で大袈裟に肩を揺らしてから、驚き息が止まった僕だって言うのに、エリオットさんは迷惑そうな顔をして目を開けた。  抱きしめていた腕を離すと、緩慢な動きで起き上がり、扉の方へ視線を向ける。それと並行して、クレアさんは荷物を蹴散らしながら部屋の中へと入ってきたと思うと、すごい勢いで僕の腕を引っ張った。起き上がった体は、瞬きの瞬間にクレアさんの腕の中に収まる。何が起こっているのか…分かってはいるけど、理解まで出来ず、ただ、痛みだけが伝わってくる。腕、抜けるんじゃないかと思った… 「うっせーよ、クレアちゃん…」 「エリオット!!あれだけ忠告したはずなのに、どう言うつもりだ?!」 「何がよ…?」 「彼はまだ少年だろうが!!節操がないのは今更だが、子供に手を出すとは…!」 「子供って…仕事してる時点で15は超えてんだろ。合法ショタだ」 「屁理屈を言うな!あぁ…信じられん!ヴィンになんて言い訳すれば…!」 「だいじょーぶ、まだ食っても食われても、」  エリオットさんの声はそこまでしか聞こえなかった。パリンと言う高い音が遮ったと思うと、さっきまで寝ていたふかふかのベッドが一瞬のうちに氷漬けになっていたからだ。  ベッドへ向けているクレアさんの左腕からは、湯気のような煙が上がっているのが見える。それだけしかヒントは無いけれど、クレアさんが魔法を放ったんだって言うの察せられた。  そして今度は、ベッドと一緒に下半身を凍らせたエリオットさんがパチンと指を鳴らせば、一瞬で氷は消え去った。やっぱり煙だけが上がっていて…駄目だ、高度な二人の魔法合戦に一般人の僕はついていけない…。憧れの人の魔法をこんな近くで、生で見れたと言うのに、こんなに疲れを感じてしまうのは、なぜなのだろう…?  言い合いをしている二人に挟まれながら、逃げるようにそんな事を考えていた。

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