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第7話 おにーさんの同僚さんと治癒室*
午後は治癒班に割り当てられていたので、遅刻はもってのほかだ。けれど、食堂で反応してしまった下半身はそんな事情を一切無視をして主張してくる。
なるべく人気のないトイレの個室に篭って、しばらく待ってみても落ち着く予兆すらない…どうしよう…。絶望に似た物を感じた時、ふと思い出したのは、エリオットさんとがやっていた手で擦る行為だった。寝ている間に下着が濡れ、驚いて飛び起きる時があるけれど、その時についている汚れと似たようなものが出てきたあの行為。あれをすれば、なんとか収まるかもしれない。
上を向いている自分の物は、なんだかグロテスクになってしまった。でも、これをエリオットさんは触っていたんだと思うとなぜだか興奮を覚える。
えっと、握ってから…どうしていたっけ…?確か、上下に擦りあげて…
「ふっ…!」
ピリッと走る快感に、思わず声が漏れた。資料室やエリオットさんの部屋で感じたやつが再び襲ってきている。三回目になると言うのに、怖さと興味が入り混じっていて混乱してくる…頭はそんな状況のはずなのに、快感に味を占めた体は、更なる刺激を求め勝手に動き始めた。
「ぁ?!ちょ、あン…ッ!」
先を捏ねるようにいじり、僅かな割れ目をいじめると腰が抜けそうになる。くちゅっと水音が混じり、先っぽから透明な液体が溢れ出していた。ここに、エリオットさんがキスをして、あの細くて長い指が這ったんだと思うとゾクゾクが止まらない。
握り込む力を少し強め、上下に擦ると背筋を何かが通り抜ける。ここトイレなのに、いつ人がくるか分らないのに…!こんな事をすべき場所じゃないって分っているのに、手の動きを止められない…!
逃げるように目を閉じれば、駄目押しと言わんばかりに、まるでエリオットさんにしてもらってるような感覚まで呼び起こす。
(リオ…可愛いよ、リオ……)
「はっ、エリオット、さん…!」
意味もなく名前を呼び続け、手の動きを早くする。
(リオはこれが好きっしょ?)
あの時どう触られてたか、思い出しながら限界まで自分で自分を追い詰めていく…ああ、すごい、もう漏れちゃう…!
(うん、いーよ、出してご覧?)
「ぁ、あぅっ、エリオット、さん…ッ!」
声にならない叫びと共に、目の前がスパークする。ビクビクと腰が痙攣して、体の力が一気に抜けていく。荒い呼吸のまま目を開けると、さっきと変わらぬトイレの個室。
知らぬ間に理性が働き、巻き散らかさないようにと自分の物の上へ布を掛けていたようで、服がベトベトなんて事態は避けられたけど…こんな所で、あんな妄想をしながら、とんでもない事をしてしまった…
「最低だ…僕は…」
落ちていく気持ちと共に、下半身の疼きも落ちついた気がした。
◆
「くぁ…」
噛み殺し切れなかった欠伸が漏れる。僕の治癒を受けている騎士さんは、疲れているのか眠っているようで閉じられた瞼に反応は無い。カーテンで遮られただけの個室とも言えない部屋が何個もある治癒室は、いつでも人で溢れている。その内訳は、治癒師だったり、治癒を必要としてる人だったりと様々だ。
そろそろ大丈夫かな。治癒を止めて怪我の具合を見る。部屋に着た当初は、赤黒く腫れ上がり曲がることが出来なかった騎士さんの左腕…持ち上げて軽く動かしてみると、違和感なく動いた。
「終わりましたよ」
眠っているところを起こすのは申し訳ないけれど、他にもこの場所を必要としている人がいる。ベッドの上で眠っている騎士さんを揺すり起こした。
「ああ、すまん、眠ってしまった…」
「いえ、お疲れのようですね?」
「いや、そんなことも無いんだが、どうもアンタの治癒は気持ち良くてね…睡魔に勝てないんだ」
情けない話だがと苦笑しながら、左腕の具合を確かめる。曲げたり握ったりと確認してから、助かったよ、と笑顔を向けてくれた。
この瞬間が、僕はとても嬉しい。達成感に満たされながら、見送りのため立ち上がる。素早く鎧を着込んだ騎士さんが、部屋を出ようとして何か思い出したかのように立ち止まると振り返った。
「そうだ。アンタ、特務に目を付けられたんだって?」
「へ…?」
「特務のエリオットと言えば、良くない噂が絶えない男だろ?アンタはこんないい子なのに…エリオットには勿体無い」
「え…?え?!」
「見た目が良いからって騙されちゃダメだからな?」
「えっと…」
なんて返事をすればいいのかも分からず、騎士さんを見上げれば僕の頭を軽く撫でてから部屋を出ていってしまった。とっさに、お大事にとは挨拶できたけれど…あまり良くない話を聞いてしまったな。
エリオットさんに対して、ヴィンさんもクレアさんもあまり良い反応を示していないことは気づいていたけれど…僕はそこまで悪い人には思えない。僕が一方的に憧れてるから、そう思ってしまうんだろうか…?
「お、リオ、ここに居たか」
ベッドを整えようと入口に背を向けた体を、再び回転させる。入口には白衣を羽織ったヴィンさんが立っていた。
「ご指名だよ、五番の部屋に行ってくれ」
「え…?部屋……?」
通常治癒はこの半個室で行うはず。ちゃんとした個室で行うとなれば、それなりの地位のある人になるけれど…下っ端の僕には、そんな高位な方々の治癒を担当出来ない。何かの間違えかと思い聞き返したのに、ヴィンさんに部屋で間違いないと即答されてしまった。
そう言われてしまえば、従うしかない。こっちはやっとくからと背中を押され、五番の札が下がっている奥の部屋まで急いだ。
ノックをしてから部屋に入ると、中から返事が返ってきた。まずい、既に指名をしたと言う人がいる。高位の相手を待たせるなんて、場合によっては減給だって有り得る…入りたくないけれど、ここでグズグズしているのは事態を悪くさせる一方的だ。気合を入れるように肺の空気を一気に吐き出すと、ドアノブを回した。
どんな人が待っているのか…緊張しながら開けた先には、黒いコートに、一つにまとめられた銀色の長い髪…見覚えのありすぎる後ろ姿を見つけて驚く。
その後ろ姿が振り返れば、間接照明で縁を輝かせた眼鏡を押し上げるクレアさんが苦笑を浮かべていた。
「悪いな、忙しいところ指名をして…」
「いえ、そんな…!遅れてしまってすみません」
高位の方は書類仕事がほとんどだ。荒事から離れているので、ここを利用する目的としては、怪我を治すと言うよりはマッサージ。なので、もてなすサービスが必要らしく、個室では特別にお茶を出している。
「今、準備しますね。お掛けになって下さい」
最初の方に、一通り教えてもらったお茶の準備を思い出しながら、お湯を沸かし始める。お茶の種類も多いし、どの茶器を使えばいいかも分からないし…ずらりと並んでいる茶葉の前でどうすれば良いの途方に暮れていると、後ろの方から腕が伸びてきた。
「クレアさん…?!」
「慣れてないんだろ?私がやるから、君は座っていろ」
「で、でも…!」
「じゃあ、私が手本を見せる。覚えて次はやってくれ」
「はい…すみません……」
テキパキとお茶を作り出すクレアさんの手元は、教本通りの動きをしていた。寸分の狂いもなくお湯を注ぎ、後は待つだけになるとそれをお盆に乗せてベッド脇のテーブルまで運んでいく。座ってくれと僕に椅子を進めながらベッドに腰掛け足を組む…完璧な流れに見蕩れてしまう。
なんてスマートで、かっこいいんだろう…熱いため息をつきながら、ふらふらと椅子に座る。前へ落ちてきた髪を耳にかける動きまで綺麗で、エリオットさんとはまた違った色気を感じた。
「で…私が君を指名した理由は、なんとなく察していると思うが…」
柔らかかった雰囲気から一転、言いにくそうにしながらも話始めたクレアさんに、現実へ引き戻される。組んだ足を正したのを見て、僕も背筋を伸ばしてしまう。
「本当にエリオットがすまなかった…朝は時間が無くしっかり話が出来なかったからな…」
「いえ…!その、あれは僕も悪かったので…!」
「私には君があの男に好きにされていたように見えたが…なぜああなったのか経緯は知らない。私が心配しているのは、弱味を握られて、君が強要されているんじゃないかと言う点だ」
弱味と言われ思い当たるのは、資料室での一件。断り切れず、流されるようにして行き着いた行為ではあるけれど…あれは誰にも言って欲しくない。でも、それを盾にして僕に強要してきたかと聞かれれば、違うと自信を持って答えられる。
気を失った僕を介抱して、自室まで運んでくれて…同衾だって、あの件をチラつかせてじゃない。先に寝付いたのはエリオットさんだったし、帰ろうと必死になればできた。それでも朝まで一緒にいたのは、僕の意思だ。
「強要なんてありませんよ」
「…そうか。それを聞いて安心した。だが、本当に嫌なら断って構わない」
「断る…」
僕が、エリオットさんの誘いを断る…?
そんなこと想像もできない。出会ってまだ少ししか経っていないけれど、エリオットさんと一緒にいるとふわふわと嬉しくなる。憧れていた特務隊だからかと思ったけれど、同じ所属のクレアさんでは感じないんだ。あの人と一緒の時だけ感じる温かい気持ちは、何事にも変え難いような気がする。だけど…
「…また、ご一緒できるかも分からないですし…」
そうだ。僕とエリオットさんとでは立場が違いすぎる。年齢も離れているかは友達として遊ぶなんてこともないだろう。僕から声をかけれるような用事もないので、エリオットさんから声をかけてくれなければ、もう会うことも無い。
心地よいと感じているのは僕だけだろうけれど、そんな相手と接点が無いと思い知ると悲しくなる。でも、クレアさんにそれを言っても迷惑なだけだ。顔に出ないよう必死に我慢して、笑う。
「君は…」
驚いたような顔をして、僕をじっと見つめるクレアさん。うう…うまく誤魔化せなかったかな…。何か聞かれる前に、僕から動こう!視界にぼんやり入っていたお茶の存在に気づいて、空気を切り替えるように明るい声をあげた。
「お茶入れますね!」
「あ…あぁ、そうだったな…」
「治癒についても、任せてください。下っ端ではありますが、治癒班に割り当てもされているので」
「ぶっ、ごほっ、ち、治癒は…」
準備を始めようと立ち上がり、腕まくりをしていた僕の前で、お茶の入ったカップに口をつけていたクレアさんが突然咽せる。咽せるようなことを言っただろうか…?驚いて見つめていると、赤い目を潤ませながらこちらを見上げてきた。僕の治癒は、泣くほど嫌なんだろうか…
「リオ…ちが、ええっと…」
僕の顔を見て、今度はぎょっとしたと思うとしどろもどろになる。治癒師としての僕は不要だと言われているみたいで、気持ちが落ちていく。話すためだけに指名したのはわかっていたけれど…自分の役目も果たせないまま個室を後にするなんて…やっぱり僕の治癒じゃ不安ですよね…
「声に出てるぞ…その、君の治癒に不安を感じているわけじゃないんだが…」
「だが…?」
「その…君は、干渉が大きいと聞いて…」
「干渉…?」
やっぱり僕じゃ不安なんだ、僕に治癒はしてもらいたくないんだ…どうしよう、ここからはヴィンさんに代わってもらおうか…ヴィンさん空いてるかなぁ…
「だから、違うと…!あぁ、もうそんな顔をするな!私が耐えれば良いんだろう!わかった、治癒を施してくれ…!」
投げやりにそう言うと、クレアさんはこちらへ向かって腕を差し出してきた。呆気にとられ腕を見つめること数秒、はっとして準備に取り掛かる。向かい合うように椅子をセットし腰掛けると、差し出されていた腕を取り、両手で掴むと目を閉じた。
「では、始めます」
ゴクリと唾を飲み込む音をさせたのは、クレアさんだ。緊張がこちらにまで伝わってきてしまいそうだが…ここは集中しなければ。目を閉じて意識を治癒へ持っていく。流れ込むイメージ…程なくすれば、相手からの魔力もこちらへ流れ込んできた。
慣れるほど治癒をかけていたけれど、こうやって僕の中まで流れ込んでくるのは、エリオットさんに続きクレアさんで二人目だ。
普通は、僕の指先で消失してしまって、入り込んで来ない。元の魔力量が多い人にみられるものなのかもしれない。それにしても、流れ込んできているって事は同じだけれど、それによって受ける感覚が違うのは面白い。
エリオットさんは、熱くて、ゾクッとしたけれど、クレアさんはふわふわと浮いているような気持ち良い感覚になっていく。その感覚に流されそうだけれど、治癒の手はしっかりと握ったままなのは、もっと欲しいと本能的に感じているからかもしれない。…このまま眠れれば最高なのに…ああ、眠くなってきちゃったなぁ……
ガクンと体が揺れ、前方へ倒れる。状況は理解出来ているけれど、ふわふわした感覚のせいで体は動かず…勢いのまま床へ落ちそうになったのに、衝撃は襲ってこなかった。
「っ、大丈夫か…?だから止めたってのに…」
引っ張り上げられ、クレアさんの胸に寄りかかるようにベッドに上がらされる。エリオットさんには負けるけど、クレアさんもいーにおいがする…
「あぁ、くそ…酒は強いはずなんだが…回ってきてる…」
ぼそぼそ聞こえる独り言が耳に心地いい。ふわふわなまま顔をあげれば、ほんのり頬を赤く染めたクレアさんが目に入った。白い肌がピンクに染まっている姿は、砂糖菓子みたいだ…もっと近くで見たいなぁ…。
僕を抱えていた彼の腕に自分の腕を絡め、もう片方を手を頬へと寄せる。触るか触らないか…ギリギリなラインで手を止めると、赤い瞳がこちらへ向く。水っぽく潤んで…これは飴玉みたい。
「リ、オ…?」
「クレアさん、きれいですよねぇ」
戸惑い揺れる目が、小動物みたいで可愛い。軽く触れた頬は、ピクっと一度だけ震えたけれど、それ以降は手にくっついてしまったかのように動かない。ゆっくりと体重を膝にかけ、ベッドの上へと上がり、きれいなピンクに顔を近付ける。
親指で頬を撫でれば、きめ細かい肌の上をするすると動く。気持ち良い触り心地がたまらないなぁ…薄いのに張りのある唇はどうなんだろう?気持ち良いのかな?
クレアさんが動かないのを良い事に、指を口元へと移動させる。僅かに開いた唇からは、絶えず熱い息が吐き出されていて、それにゾクッとした。
自然と口角があがるのが分るけれど、止めることは出来そうにない。
「やわらかい…」
「ッ、」
自分から出てるとは思えないほど掠れた声が出た。ピクっと肩を揺らして何かに耐えているクレアさんの様子が可愛い。戸惑いと僅かな熱がこもった赤い瞳がガラス越しに見上げてきていて、なぜだかそれにひどく興奮を覚えた。
僕とクレアさんを隔てている一つである眼鏡。銀色の弦の部分を指でなぞりあげる。
「綺麗な目…もっとよく見せて?」
顔を近付けると、クレアさんが目を瞑ってしまった。ああ、残念…僕は瞼の奥が見たいのに…とりあえず、邪魔な眼鏡をどかしてしまおう。更に顔を近付ければ、歯にあたる硬い感覚。それを軽く食み、ゆっくりと顔を離していく。
僕が離れて行くのを感じ取ったようで、クレアさんは恐る恐る目を開けてくれた。赤い瞳が僕の姿を捉えた瞬間、ピンクだった頬は赤へと染まっていく。
「リオ…」
潤んだ瞳で見上げながら名前を呼ばれるのは、こんなに気分が良いものなんだなぁ。クレアさんの可愛い反応が堪らなくて、口に咥えていた眼鏡をその辺へ投げると、唇を舐めながらにこっと微笑む。
「クレアさん、真っ赤だよ。可愛い」
少しの力だけで、クレアさんの体は簡単にベッドへ沈む。銀の髪がシーツに広がって、間接照明を反射させるのはとっても綺麗だ。僕がクレアさんの上へ乗り上げるせいで影が落ち、輝きが半減してしまうのが勿体無い。
「リオ…駄目だ、リオ…」
「えー、なにが?」
駄目って言うわりには、何の抵抗もしないのが面白い。くすくす笑いながら顔を近付けると、僕の髪がクレアさんの顔へかかる。
「ほんとに赤くてきれい…甘そう」
一舐めだけ、味見しても良いかな…ゆっくりと距離を詰めて、あと少しって所まできた時、急に視界が狭くなる。
「あ、れ…?」
体も重いし、力が抜けて…ベッドについていた腕が折れると、なす術も無く倒れ込んだ。爽やかな匂いを感じながら、意識は遠のいて行く。
「…あっぶなかった…」
ふわふわとした中で、なんだか安心しような声が聞こえたような気がした。
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