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第8話 おにーさんと魔術師団仮眠室

   気づけば治癒室のベッドに寝てて、やたらと頭が痛い。すこし熱っぽいし、気持ちも悪いかもしれない…風邪にるようなことを、やったかなぁ…?  ゆっくり起き上がり、ぼうっとする頭で思い出そうとするけれど…クレアさんの治癒を始めた辺りから、ぷっつりと記憶が途絶えている。ふわふわとした感覚が気持ちよかった、覚えているのはただそれぐらいで…どうやって治癒を終えたかなんて全く分からない。  粗相したりしてないだろうか…?と不安になるのと、なんで治癒する側の僕がここに寝てるんだろう…?と疑問が入り混じり混乱してしまう。  とりあえず、ここがどこで今は何時なのか…起きるために動こうとした時、タイミング良く、仕切っているカーテンが開いた。 「お、起きたか」 「ヴィンさッ、!」  声を上げようとして、それが頭に響き顔をしかめる。初めて感じる頭の痛さに驚いていると、ヴィンさんが頭いてーだろと控えめに笑った。 「ぶっ倒れる程酔ったんだから、二日酔いもすんだろ。そりゃあ絶不調にもなるな」  ヴィンさんが備え付けの椅子に座り、僕の手を掴んだと思ったら途端に温かい物が流れ込む。ほっと落ち着いて、眠りにおちそうな感覚が気持ち良い… 「っと、やばい。俺まで寝落ちるわ、こりゃ…」  突然現実に戻されたと思ったら、ヴィンさんが腕を放している。そこで初めてヴィンさんに治癒してもらったんだと気付いた。 「これで体平気だろ?もうリオの定時はとっくに過ぎてるから、帰って良いぞ」 「え…えっと、クレアさんは…?」 「とっくに戻っただろう?」 「そう、なんですか…?あの、僕何も覚えてなくて…」 「え…?記憶飛ぶタイプかよ…?」 「…え?」 「あ、あぁ、こっちの話。大丈夫、しっかり満足して戻ってったよ」  よくやったな、と頭を撫でてくれて、ほっとする。良かった…覚えてないけれど、ちゃんと仕事はまっとうできたみたいだ。 「あんな我慢ギリギリまで追い詰めてお預けしてくれて、むしろこっちが感謝だな」 「我慢?お預け?」 「良くやってくれたって事。ほら、もう遅いから部屋に戻りな」 「あ、はい!すみません、お先に失礼します」 「おう、お疲れ~」  なんだか誤魔化されたような気もするけれど…これ以上ベッドを占領するわけにもいかない。頭を下げて部屋を出ると、信じられない程に体が軽く感じられる。  やっぱりヴィンさんは凄い治癒師なんだなぁ…!そんな人に治癒してもらって、褒められて…少しだけ浮かれながら部屋へと戻った。  ◆ 「ただいま戻りました…って、ルーラ、補充の量多くない?」  午後一の補充業務から戻り、薬室を開ければ、箱に入り切らなかったのか、薬品を籠へ詰め込んでいたルーラの姿があった。 「メイドと合コンってぬかしながら、数名抜けていったのよ」  殺意溢れるオーラを纏いながら微笑む姿は、そこらのモンスターよりも恐怖を感じる…。  お食事会だって言われて声をかけられてたけれど、仕事だからって断ったあれはメイドさんとの合コンだったのか…良かった、断っておいて…。  ひきつり気味の笑顔でそっか、とだけ返して、手にしていた箱を元の場所へ片付ける。後ろではガタガタ音を立てながら準備をする荒ぶったルーラの気配がする。投げるのは良くないけれど、仕事を一人に押し付けてサボる方がもっと良くない。  ブツブツ文句を言っているルーラの後ろにあった箱を持ち上げたら、ジト目で振り返ったルーラと目が合う。途端にきょとんとする彼女が可愛くて、思わず笑ってしまった。 「手伝うよ、行こう」  ルーラを待たず、廊下へ向かう。中々に重い箱に吃驚する。これを女の子一人に持たせるのは酷い話だ。彼女のことだから、誰にも助けを求めずにやり切ろうとするはずだし…補充に出る前に見つけられて良かった。 「ま、待って、リオ、貴方もう上がりの時間じゃ…」 「うん。そうだけど、さすがにこの量を一人じゃ大変だろう?」 「そんな…でも…」 「気にしないで」 「うぅ…ありがとう…」 「どういたしまして」  俯き気味でお礼を言うルーラに答えると、更に顔を下げてしまった。そんな下を見て歩いてちゃ危ないのになぁ…けれど、それを指摘すれば、うるさいわよって怒られてしまうのは目に見えている。ここはそっとしておくのが一番だと学んだ僕は、最初の目的地を目指し足を進めることに専念した。  最後は、元よりルーラの担当でもある魔術師団の部屋だ。ここを担当しているからか、彼女は魔術師さんに対して特に態度を変えることは無いけれど…僕にとっては憧れの人たちだから、そうはいかない。  近くなるに連れて、緊張のせいで手に大量の汗をかいてしまって、持っている箱は湿ってしまいそうだ。次第に口数も少なくなる僕に気付いているルーラからは、呆れに近い視線を送られた。 「……いい加減に慣れたらどう?」 「し、仕方ないじゃないか…!ルーラも知っているだろう、僕が魔術師さんたちに憧れているって…!」 「魔術師の何が良いのよ…」 「ええ?!だって、魔術師さんだよ?僕らじゃ到底無理な魔法も簡単に使いこなすんだよ…?!」 「私は…どんな人にも優しい笑顔で接する、治癒師の方が好きよ」 「もちろん、治癒師も素晴らしい職だと僕も思うよ!」 「……鈍感」 「ん?何か言った?」  ぼそっと下を向き呟いた声が聞き取れなくて声をかけると、何故か頬を赤く染めて勢い良く睨みつけられた。なんでもないわよ!と言うと早足で歩き始めた姿に呆気に取られてしまう。う~ん、また怒らせてしまった…女の子って難しいなぁ…。  俯き気味な早足で歩くルーラの後を追って歩調を早めようとした時、曲がり角に差し掛かっていた彼女の前に黒い影が現れたのを見つける。危ないと声をかけるよりも先に、ルーラと黒い影はぶつかって、勢いのまま彼女の体は後ろへと倒れ込んで行く。 「きゃあ?!」 「っと!」  手にしていた籠が廊下に叩きつけられ、けたたましい音と共に悲鳴のような声だけが届く。ルーラの体は僕の目の前から消えて、角に引き込まれて行ってしまったからだ。  おそらくは、ぶつかった黒い影の相手が助けてくれたんだろうけれど…目で見ないと安心なんて出来ない。慌てて事故のあった曲がり角へと飛び込んだ。 「ルーラ!大丈夫?!って、えぇ?!」  広がっていた光景に思わず大声をあげてしまった。  尻餅をついているエリオットさんと、その胸へ倒れ込んでいるルーラの姿。僕の声に反応したルーラは、もう一度今度は短めの悲鳴をあげながら素早い動きで立ち上がると、僕の後ろへと隠れるように移動してきた。いくらなんでも、それはエリオットさんに失礼なんじゃ…注意しようと振り返ったけれど、エリオットさんに名前を呼ばれ、すぐに視線を戻してしまった。 「リオぉ~」  甘えたような声で手を伸ばしてくるエリオットさんを見て、ほっとする。どうやらルーラの態度に怒ってはいないようだ。 「すみません、エリオットさん」  荷物を一旦床へ置き、手を差し出す。すぐに握り返されたので力を入れて引き上げると、今度は相手に強く引かれた。全く予想していなかったそれに、無防備だった体は力の通りに動き立ち上がったエリオットさんの胸に収まる。 「ほわぁ?!」 「ぷっ、ほわだって…」  堪えること無く笑うエリオットさんを見上げれぱ、楽しげに細めれた金色と目が合った。何て言ったら良いのか…分からず口をぱくぱくさせるだけの僕に、満足そうに笑う。 「リオ確保~♪ これからウチに補充くんの?」 「は、はい、その予定です」 「その後は?仕事終わり?」 「そうですね」  食い気味の質問に押されながらも頷くと、よし!と頷き返され、髪の毛をぐしゃぐしゃとしながら頭を撫でられた。  僕を解放したエリオットさんは、僕の足元にあった箱を素早い動作で持ち上げると、にこっと微笑む。笑っているエリオットさんの顔はよく目にしていたのに、この笑顔は初めて見たかもしれない…なんだろう、目が笑っていないのかな…?少し怖いと感じてしまう。  そんな笑顔のエリオットさんが視線を向けているのが、ビク付く僕の更に後ろだって言うのが分かったのは、この後の発言だった。 「リオ借りてくね」 「なっ、困ります!」  そう答えたのは、名前を呼ばれた僕ではなくて、後ろに隠れていたルーラだった。背中から僕の両腕を掴んでひょっこり顔を出した彼女が激しく首を振る。 「まだ補充の仕事はあります、勝手な事を仰らないで」 「その仕事先がウチだろ?俺が手伝うから、アンタは帰っていーよ」 「そんな事出来るわけないでしょう?!」  声を荒らげたルーラだけれど、エリオットさんの提案は良いと僕も思う。彼女もこれが終われば上がりだし、今日は普段の倍をこなしてきたわけだ。手伝ってもらうのは置いておいて、あとは僕が引き受けるからこれで終わりにして貰っても良いと思う。 「大丈夫だよ、ルーラ。あとは僕一人でなんとかなるよ」 「リオ?!」 「今日ルーラは頑張ったじゃないか。それに、最近休みなかったよね?」 「それは…」 「体を休めて?」  振り返ってみれば、困った表情を浮かべている。ね?って押すと、みるみる涙目になって…え、なんで泣きそうなんだ?! 「うぅぅ…!リオのばかぁ~っ」  零れ落ちそうな程に潤ませた瞳で睨みつけたルーラは、こちらへ背を向けると駆け出してしまった。ルーラの為を思っての提案だったのに…なんでこんなことになってしまったのか…呆然と消えていった廊下を眺めてしまう。 「リオちょーイケメンなのに、ちょー残念だな」  今までのやり取りを見ていたエリオットさんの感想に、無言のまま振り返る。こちらも、なんとも言えない表情をしている。 「女の子って、難しいです」  思わず漏れた本音に、エリオットさんが大爆笑したのは言うまでもない。  ◆  活発に動いている時間に魔術師団の部屋に入るのは初めてだ。  当たり前なのだけど、部屋の中は魔術師さんが多くて……まるで異世界に迷い込んでしまったような気分になる。忙しそうに走り回る姿を眺め、思わず感嘆のため息を漏らしてしまう。 「ほーんと、魔術師好きだよなぁ」  真横から聞こえてきた笑いを含んだ声に、我に返った。隣には、目を細めてこちらをエリオットさんがいる。そうだ、補充任務でここに来ていて、おまけにエリオットさんに荷物を持って貰っていたんだ…!危うく仕事を忘れそうになってしまった。すみません、と慌てて頭を下げると、気にすんなと軽い返事が返ってきた。 「前ん時と同じとこだよな」 「はい…!」  僕の答えに頷いたエリオットさんは、くるりと背を向け歩き出す。その後をこっそり着いて歩くだけなのに、視線がすごい。同じ魔術師さんなのに、特務隊になるとここまで違うものなのか…。 「あれ、エリオット。珍しいわね、こんな時間に…って何?その箱…」 「おつー。これは、いつも俺達がお世話になってる治療道具が入ってんの」 「治療…?治癒師団からくすねてきた?」 「ちげーよ、なんでそうなんだ!リオのを手伝ってんの!」  体を斜めに動かしたお陰で視界が開けたと思うと、スラっとした魔術師さんが現れる。僕よりも背の高い相手を見上げれば、それがお姉さんだと分かった。金髪の巻き髪を胸あたりまで垂らしているお姉さんはとても美人な人だ。おまけに、コートの胸元が苦しそうで…思わず視線はそこへ行ってしまう…って何をしているんだ僕は…!  慌てて視線をあげると、ちょうど僕を見ていたお姉さんと目が合う。とんでもない圧力を感じ、足がすくんで動けなくなった。な、なんだろう…草食動物になったような気分だ… 「やだ、何この子!可愛い!!」  そう聞こえたのに、次の瞬間には目の前は真っ暗になっていて、息苦しさに襲われる。何か柔らかいもので顔全体を覆われているせいなのだけれど、強い力で固定されて逃げられそうにもない。 「おい、リオは俺のなんだけど?!」 「アンタの彼氏ってわけじゃないんでしょ?ならいいじゃない」 「よくない!返せってば!」  腰辺りを強く掴まれて体が後ろに引っ張られていく。背中からがっしりと抱きしめられると、今度は不貞腐れたお姉さんの顔見えた。 「もー、本当けち。リオ君だっけ?お姉さんとも今度遊んでね?」 「へっ?!は、はい…?」 「ちょ、リオ?!」 「うふふ、素直で可愛いわねぇ」 「だから触んなっての!」  伸ばされたお姉さんの手を、後ろから抱きしめていたエリオットの手が払い除けられる。そんな二人を僕が止められるはずもなく、ただビクビクしながら視線を行ったり来たりさせてしまう。  喧嘩が始まってしまうんじゃないかと心配したけれど、すぐにお姉さんの方が身を引いてくれた。 「じゃあね、リオ君。エリオット、リオ君に手出しちゃ駄目よ」 「うっさいよ!」  ひらりと手を振り、僕たちの横を通り抜けいく。威嚇するようにお姉さんの背中を見送ったエリオットさんもだったけれど、お姉さんが部屋の外へと出て行ったのを確認してから力を緩めてくれた。なんだか、嵐ような体験だった…。  悪いと苦笑混じりでかけられた声を聞こえるのに、心だけは追いつけずにいる。魔術師さんに、取り合いをされたんだよね、僕…。すごい、憧れの人たちとここまで関わりをもてるなんて…本当にすごい。  ふわふわした感覚のまま、エリオットさんに引っ張られるようにして、僕の体は二回目の魔術師仮眠室へと入っていった。

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