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第13話 おにーさんと治癒室2*

   僕にとってはとんでもない大事件だったけれど…そんなことを知らないエリオットさんが、いつも通りなのは当たり前の事だ。  意識しているのは僕だけなんだ。  前回と変わらず、僕よりも先に部屋についていたエリオットさんは、見慣れた襟元の広い上着とズボンと言う楽な格好で寛いでいた。  こちらへ視線を向け、力の抜けた笑顔でお疲れと笑いかけられて、一気に顔が熱くなる。やっぱり綺麗で、格好良くて…そんなエリオットさんに笑いかけられて、とても嬉しい。好きだって自覚をしてからのエリオットさんは、心臓に悪すぎる…。  固まる僕を見て、エリオットさんから様子をうかがうような言葉をかけられたけれど、とても目を見て話せない。  どうしよう、格好いい、今までの僕はどうやってこの人と話していたんだ…!  思わず逃げるように、お茶の準備を始める。茶器を手に取った所で、後ろからそれを止めるように腕が伸び来てきた。 「エ、エリオット、さん…っ?!」  驚いて振り返れば、すぐそこに顔があって、動揺で声が裏返る。どうしたのかと聞きたかったけれど、質問をするよりも先に僕の口は塞がれていた。 「ん…ッ」  いつも、最初にするキスは触れあうような物が多い。それなのに、今日は行為の最中、気分が最高潮に高まっている時にする深い物を最初からされていた。息を吸う事すら許さないと言ったそれに、頭がくらくらしてくる。  エリオットさんに本気でキスをされたら、僕なんてひとたまりも無い。舌を絡め取られ、好きなように嬲られて、足の力が抜けていく。膝が笑い出しそうで、必死になって目の前の服を掴む。皺になってしまうなんて考えが及ばないぐらい余裕が無くなる。  もうだめだ…!そう思った時に、タイミングよく唇を解放された。息はあがり、ぐだぐだな僕を見て、エリオットさんが口の端をあげる。どうしたんだろう…?そう思った瞬間に、体がふわりと浮き上がった。 「ひゃあ?!」  軽々と僕を横に抱き上げたエリオットさんは、迷うこと無くベッドへと向かう。少し乱暴気味にベッドへと放り投げられると、体勢を起こす前に覆い被された。 「エリオット、さん…?」  覗き込むように見つめてくる金色の瞳に、全てを見抜かれてしまいそうだ。好きだって事を言わないのが、後ろめたくて、思わず目を逸らしてしまう。だめだ、こんな至近距離で見つめるなんて今の僕には刺激が強すぎる…!  一人で慌てている間にも、エリオットさんの動きは止まる事が無い。いつの間にか着ていたシャツとベストのボタンが外されていて、素肌が露わになっていた。以前ルーラにされた時と同じように、小さく立ち上がってる乳首へ舌を這わせられ、ぴくりと体が揺れる。舌先で遊ぶように何度も刺激をされて、声が出てしまう。その声を少しでも押さえようと、口元へ手の甲をあてる。  一体どうしたんだろう、性的な行為は治癒による干渉が生まれてから始めるのに…いつもと違う事は分かっているのに、性急に進められる愛撫に体はすぐに反応を示してしまい、会話など出来そうにない。 「あ…ッ、まって…!」  下着ごとズボンを引き下ろされ、みっともなく興奮している自身がこぼれ出る。すでに先端からも液体を垂れ流していて、間接照明の前でてらついていた。  片手で根元から握り込んだエリオットさんは、制止の声虚しく上下へと擦り始める。おまけに、濡れている先端部分を口に含み、顔を動かしたせいで片方の頬が異様に膨れてしまっている。 「ぁぅ…!ッ、んんっ」  じゅぶじゅぶと言うはしたない音をあげながら、エリオットさんの頬が変形していく。あんな綺麗な顔を、僕の欲望の塊で犯しているんだって思うと更に興奮してきてしまう。余計な想像で、自身は大きさを増してしまったようでに、エリオットさんは苦しげに眉を寄せる。 「もう、良いですから…!」  これ以上はまずい、早く止めなきゃ。肘を立てて少しだけ体を起こしてエリオットさんの髪へ指を差し入れる。サラサラな髪を指に絡ませながら頭を撫でてみるけれど、黄色い瞳に睨み返されてしまう。どうやら止める気は無いらしく、今度は喉奥まで直線に飲み込んでいく。  苦しいだろうに、涙目で嘔吐きながらも口の動きは止まらない。吸い上げるのとはまた違う喉奥に入り込む圧迫感が凄い…!目を閉じて歯を食いしばって耐えてはいるが、もう限界は目の前だった。 「やぁあ…ッ!」 「んぐっ…!」  びくりと腰が震え、欲望がはじけとぶ。エリオットさんの喉奥まで入り込んでいたせいで、思い切り吐き出してしまい、口を離したエリオットさんが咳き込んでしまった。 「ごめんな、さ…」  本当は床につくぐらい頭を下げて謝りたいのに、射精後の倦怠感で体が思うように動かない。堪え性が無い僕の下半身のせいで、迷惑をかけてしまうなんて…恥ずかしいし情けない。  涙目になりながらエリオットさんを見上げると、咽せながらも手で口元を拭っている。 「本当にごめんなさい…大丈夫ですか?」  気管に入ってしまったのだろうか、咳き込み話せないエリオットさんは頷いて返事を返してくれた。手も口も汚れている…早く、濡れた布を渡さなきゃ…  のろのろとズボンを引き上げベッドから抜け出すと、茶器の棚まで歩み寄る。背中越しに聞こえる咳が痛々しくて、申し訳なさが募る。人肌程に温めてある布を取り出し、お湯を沸かしてからベッドへ戻る。やっと咳が落ち着いたエリオットさんの前へ腰を屈めて立ち、汚れてしまった口元を布で優しく拭ってやる。  目を瞑り大人しくしてくれたエリオットさんの顔が綺麗になった頃に、お湯が沸いた音がした。 「もー大丈夫。飲み物お願いしても良いか?」  僕が握っていた布を引き抜き、目で茶器の方を指したエリオットさんに頷くと、言われるがままにお茶の準備を始める。食器同士がぶつかって上がる小さな音と、お湯を注ぐ音だけが室内に響くのはなんだか不思議だった。  そういえば、治癒室でエリオットさんと一緒の時は、いつでも治癒をしているか、その後の処理をしているかで…こんな静かな時間は少なかった気がする。  本当に、僕とエリオットさんは体だけの関係なのだと、こんな時に思い知らされた気がした。好きだと自覚しただけに、それだけの関係の辛さが身にしみる。  だからと言って、絶妙に保っている均衡を崩したいとはとても思えなかった。なんたって、相手はエリートのエリオットさんなんだ。崩れたら最後、きっともう話すことすら出来なくなってしまう。それだけは避けたくて、臆病な僕は結局何も出来ずにいる。 「リオさー、なんかあった?」 「へ?!な、なんでですか…?!」  突然、見透かしたようなエリオットさんの質問が投げかけられ、大袈裟に肩が揺れた。ま、まさか、僕が考えていた事がバレた…?どうしよう、そんなに面倒くさい奴とはもう付き合えないとか、言われないかな…?やばい、泣きそうだ。  次に何を言われるか怖くて、返事が出来ない。嫌だ、このまま終わりなんかにしたくない。どうしたらいいんだ…。茶器を強く握りしめ、俯く。  エリオットさんは、僕のその後ろ姿を黙って見つめていたんだろうか。小さくため息をつくのが聞こえた。 「そっか。まあ、俺には話したくないなら仕方ないわな」 「ち、違…!」  突き放すような言い方に、驚いて振り返る。立ち上がって、手を拭いていた布をベッドへと投げ捨てたエリオットさんがじっとこちらを見つめていた。あまりにも強い視線に、怯んで目を逸らす。ここで逸らしてしまうのはいけないって分かったのに、本心を見抜かれるのが怖くて、しっかりと見つめ返せない。  強くなろうって思ったのに…!なんでこんなに臆病なんだよ、僕は…! 「もうやめよっか、こんな関係」 「え…?」  恐れていた言葉に、息が止まる。彼は、何を言ってるんだ…?  なんで、そうなってしまった…?僕が臆病で、何も言えないから?僕のせい? 「リオだって嫌だろ、男とこんな関係続けてくなんて。悪かったよ」 「そ、そんな…」 「大丈夫、言いふらしたりはしないし。あー、でも噂広がってるかぁ…俺が無理矢理してたって事にしとこ」  じゃ、お疲れって、仕事上がりのように軽く言い手を上げる。踵を返しドアへ向かおうとするエリオットさんの背中に、慌てて待ってくださいと声をかけた。  ぴたっと止まった背中。でも、こちらへ振り向いてはくれない。完璧な拒絶を感じてしまい、足がすくんで喉が張り付く感覚がした。  予想していた最悪な事態が、まさかこんなにも早く起こるなんて思わなくって…でも、今ここでなんとかしないと、本当にさよならになってしまう。それだけは嫌だ…! 「僕は、エリオットさんとの関係が嫌だなんて、言ってないです…!」  必死に引き留めようとして出たのは、そんな言葉だった。  嫌じゃない、むしろ好きなんだ。だけど、どうしても好きだとは言えない。俺は好きじゃないって拒絶されたら、きっと立ち直れないから。ここでも自分を守ろうとするなんて…情けなさ過ぎる。  自分に悔しくて、返答が怖くて、泣き出しそうなのを必死に我慢するために唇を噛みしめ背中を見つめる事で精一杯だった。  時間にして数秒だったのか、数分だったのか…よく分からなかったけれど、沈黙の後に突然エリオットさんが笑い声をあげた。一緒に過ごしてきた中で聞いてきた楽しそうな声じゃない。感情を一切感じさせない、冷たいものだった。 「それ本気?俺、聞いたよ?リオが深夜、女の部屋から出てきたって」 「え…?」 「彼女いるなら、俺邪魔じゃね?無理に俺と付き合う必要ないし、自重ぐらい出来る。後ろめたいことやめりゃ、胸張って幸せになれんじゃん」  リオのためだって。その言葉を聞いたのは何度目だっただろう。もう数えるのも面倒でやめてしまった言葉だ。それを、今、目の前で、大好きな人に言われた。  振り返ったエリオットさんの笑顔は、この前の夜に酒場で見た時と同じ。本心を隠した作り笑い。そんな顔を浮かべられて、別れを告げてくるなんて…ずるい人だ。これじゃあ、エリオットさんが何を思っているのが全く分からないじゃないか。  せめて、この関係をやめるならば…僕のためなんて言わずに、本心を語って欲しいのに…! 「エリオットさんまで、勝手に決めないで下さい!」  悲しくて、悔しくて、腹立たしくて。  気づけば、大声でそう叫んでいた。感情が爆発してしまったのか、目からこぼれる涙が止められない。 「リオのためって押しつけられるはもううんざりだ!僕だって考えて行動してる。本当に嫌なら、こんな所で、こんな事をしていない!」  エリオットさんに当たるなんて、最低だ。けれど、止められなかった。  こんなことを言ったら、面倒くさいって思われてしまう。完璧に関係を切られてしまうかもしれない。  だけど悔しいんだ。その程度の関係だと僕が思っているって、思われていた事が。  漏れそうになった嗚咽を必死になって噛み殺す。握り込んでいる手が震える。こんな情けなさ過ぎる顔を見せたくなくて、下を向く。  僕の荒い呼吸音だけが響く部屋。黙って聞いてくれていたエリオットさんから、ふっと息が抜けるような音がした。  ドアの方へ向いていた足が、こちらへと向き直るとゆっくりと近づいてくるのが見える。僕の目の前で来て止まったけれど、顔を上げれずにいた。 「リオはさぁ…」  声をかけられ、恐怖で肩が震える。冷たい印象だったさっきとは違い、笑いを含んだような声だった。  未だに足下しか見れない僕の体へ、エリオットさんの腕が伸びてくる。臍の横あたりへ指を添えられると、なぞるようにして上へと上がってきた。誘うような厭らしい手つきは、あの夜、見知らぬ男にしていたのと同じだ。 「俺との関係、まだ続けたいの?」  胸を通り抜け、肩を撫で、喉元を掠った指は、顎までたどり着く。軽く力を込められ顎を持ち上げられれば、簡単にエリオットさんへ表情を晒してしまった。  不安に揺れる僕の瞳が写り込んだのは、エリオットさんの恍惚の色を含んだ金色の瞳。じっと見つめ続ければ、簡単に飲み込まれてしまいそうだ…無意識に唾を飲み込み、喉が鳴る。  声を出すことが出来なくて、その代わりに、肯定の意を込めて頷きを返す。続けたい、貴方との関係が無くなるなんて、嫌だ。その気持ちは伝わったようで、そっかと艶やかな笑みを浮かべる。 「じゃあさ、付き合ってよ。俺を満足させてみせて」  親指で下唇を撫でられ、思わず息を止めた。こう言う行為をする時のエリオットさんは、信じられない程の色香を発するけれど…今目にしているのは、そんなものの比にはならなかった。  別人なのでは無いかと思う程に妖艶に微笑み、誘う姿。  目眩すら感じそうな色香だけれど、引いてはいけない。きっと、これは試されているんだ…チャンスをくれたエリオットさんの言葉通り、彼を満足させなければ…!  いつもであれば、流されて行為に及ぶけれど、今日は僕の意思で強く頷きを返した。 「分かりました。任せて下さい」  僕の返事を受けてか、エリオットさんがひどく楽しげに笑ったような気がした。  それに負けないよう、はったりを口にしながら口元だけを上げて笑う。  止められないと思っていた涙は、いつの間にか止まっていた。

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