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第15話 おにーさんの同僚さんと朝ごはん

「…もう、朝…」  窓から入り込む光に、ため息が出てしまった。  諦めて被っていた毛布から抜けだし、体を清めるために浴室へと向かう。  頭上から降り注ぐお湯の心地よさに目を閉じた。このまま一緒に流されて消えてしまえば良いのにって思うけれど、そんな都合の良い事は、いつまで経っても起こらない事も分かっている。  今日も仕事なんだ、早く支度をして出勤しなきゃ…気持ちを切り替えて目を開けると、鏡に映り込んだ自分と目が合う。こちらを見ている僕の姿に、思わず苦笑が漏れた。  真っ白の顔色に、目の下には色濃い隈…明らかに眠れませんでしたと訴えている。こればっかりは、治癒をかけても治せない。何かあったと言いふらすような顔色に、情けなさを感じてしまう。  はあ…本当に、昨日から情けなさを感じてばかりだ…。  満足させて欲しいとエリオットさんに言われ行ったのは、治癒抜きの本気の性行為だった。  経験なんて全く無い、エリオットさんに教えてもらった事だけしか出来ない僕で、満足させる事が出来たのかは分からない。  治癒室を後にした時のエリオットさんは、じゃーな少年とだけ口にして去って行ってしまった。あまりのあっさり具合に、どっちなのか判断もつけられない。  その後、食事をとる気力も無く悶々とした状態で部屋へと戻れば、着ていた制服をすぐに脱ぎ捨てた。  制服は僕の誇りだ。普段は皺にならないように大切に扱うんだけれど、その時だけはどうしてもそんな気分になれず、床に投げ捨ててベッドへと潜り込む。  何も考えたくない。起きていれば悪い方向へと考えてしまうから。早く眠ってしまいたかった。それなのに、目を瞑るとよみがえってくるのは、エリオットさんとのやりとり…  まだ希望はあるのかが分からなくて、不安になる一方で、数々の行為とエリオットさんの表情を思い出すだけで反応を示していく下半身。  これほどまでに気持ちは不安定だと言うのに、どうして体は反応してしまうんだ。触りたくないけれど、触らないと辛い。  そんな板挟みの中…結局、弱い僕は納めようと自分の手で触れてしまった。何度も吐き出したと言うのに、未だに溢れる欲望が信じられない。自分の手をエリオットさんに重ね、何度か扱けば手のひらへ広がる不快感。  起き上がるのも面倒くさくて、横になったまま簡単に拭って処理をすると、倦怠感に飲まれていく。  やっと眠れるかもしれないと期待したけれど…やっぱり掠めてしまう昼間の出来事と、比例して立ち上がっていく下半身。  そんな負の連鎖を繰り返し…気づけば、朝を迎えていた。  濡れた体を大判の布で包み拭いていく。したたってくる髪を拭うまでの気力が出なくて、そのまま頭に被せたまま床に落ちていた昨日制服を手に取る。ズボンとシャツを身につけ、金色留め具がついたループタイを緩めたまま首にかける。適当に髪の毛を拭くと、布を椅子へと投げ捨てた。ベストを片手に取ると、朝食をとるために部屋を後にした。  朝の清々しい空気を肺いっぱいに吸い込めば、少しだけ気分が軽くなった気がする。  歩きながらベストを羽織身支度を調えていく。いつもならば部屋の中で全てを終わらせてから出てくるんだけれど…あの部屋に籠もりきっていたら腐ってしまいそうだった。  たまには持ち帰りにして、外で食べるのもいいかもしれないなぁ…ぼんやり考え事をしながら歩いていたせいか、背中から名前を呼ばれた事に気づくのに、少しだけ時間がかかってしまった。  誰かに呼ばれた…?聞き覚えのあるバリトンボイスに振り返ると、昨日も目にしたばかりの黒いコートが目に入る。 「おはよう、リオ。って、ひどい顔をしているな…」  同じ黒いコートと言っても、今度はしっかり上まで閉められ、皺一つも無いものを着込んでいる。眼鏡の奥にある赤い瞳が僕の顔見て、苦笑を浮かべていた。 「クレアさん…」  立ち止まった僕の前まで歩み寄ってきたクレアさんを見上げていると、未だに緩めていた首元へ手が伸びてくる。大人しくしていたら、一番上のボタンまでとめて、タイを引き上げて身だしなみを整えてくれた。  普段ならば、こんなこと畏れ多くて止めなければと思う所なんだけれど…寝不足のせいか、気力が出ないせいか…取り繕う事が出来なかった。 「髪も濡れているじゃないか…」  パチンと髪の近くで指を鳴らされれば、一瞬で頭の冷たさが消える。魔法で水分を飛ばしてくれたのだろう、お礼を言わなきゃとのろのろ口を開けようとした所で、腕を掴まれた。  何か言うよりも先に、クレアさんは歩き出して…引きずられるようにして僕の体も動き出す。 「ク、クレアさん…?」 「私に少し時間をくれ」  振り返りそれだけを告げると、僕の返答も聞かずに歩みを進めてしまう。だからと言って、断る理由などどこにも無い。  特に返事を返す事も無く、引かれるままにクレアさんについて行った。  ◆  普段、補充業務の時に城中を歩き回っているから、城内については詳しい方だと自負していた。  けれど、クレアさんが僕を連れて行く場所は、見たことのない廊下だったり、別棟だったりで初めてな場所ばかりだった。暗い廊下を外廊下を進んだ先、開けた所へと出る。  眩しさに一瞬眼を閉じ、ゆっくりと開く。するとそこには、初めて見る庭が広がっていた。 「凄いですね…」 「ここの存在自体、あまり知られていないからな。君も初めてか?」 「はい…」 「そうか、それは良かった。こっちだ」  今まで掴んでいた腕を離すと、クレアさんが歩き出す。今度はきちんと返事をしながら後ろを追いかけるようについて行った。  派手な花は少ないけれど、綺麗に手入れをされている庭の中を通り抜け、たどり着いたのは小さな東屋。設置されていたベンチに座り、落ち着いてからもう一度庭へ目を向ける。朝、出勤前の時間のせいか、穴場のせいか、人影すら見かけられなかった。  ただただ美しい景色を眺めている僕の隣から、ガサっと物音が聞こえる。どうしたのかとクレアさんを見れば、紙袋を広げていた。そういえば、声をかけられた時から紙袋を手に持っていたんだっけ。  取り出されたのはパンで、焼きたてなのか香ばしい香りが漂ってくる。それを僕へと渡してきた。受け取って良いものなのか戸惑って、パンとクレアさんを交互に見ていると、僕の手に押しつけられてしまった。  受け取らざるを得ない…僕の元へやってきたパンは、まだほんのりと温かい。驚くことに温かいお茶まで用意されていた。  こうして始まったクレアさんとの朝食は、とてもおいしかった。  頂いたパンの中にはクリームが入っていて、普段食べたいけれど高価なために我慢して眺めていた物だった。毎日眺めているんだから貰った時に気づきそうな物なのに、食べてから気づくとは…自分でも知らないうちに、クレアさんとの朝食に緊張していたのかもしれない。  だからと言って味が分からないなんて事はなくって、齧りつくパンは上品な甘さを堪能できた。食べ終わり、お茶を飲みながら一息つくまでは、素直に楽しい朝食だった。  なぜクレアさんがこんな人の目が少ない所まで呼び出したのか、察しはついていた。大方エリオットさんとの関係についてだろう。  口元をナプキンで拭っていたクレアさんは、それを綺麗に畳むと、切り出すようにリオと名前を呼んだ。  どこまで知っているんだろう…クレアさんの次の言葉を待つわずかな時間が、とても怖かった。  行為の最中は必死で、エリオットさんに認めてもらいたかったけれど…今思えば、なんて愚かな事をしてしまったんだと後悔でいっぱいだ。片思いで告げるつもりも無いくせに、認めてもらいたいだなんておこがましい。 「昨晩、エリオットに泣き付かれたんだ」 「え…?」  さっと血の気が引く。昨日のやりとりを必死になって思い返す。  やめようと提案され、決めつけないで欲しいと反抗して、関係を続けたいのかと問われた。  そのとき、僕はなんと答えた?彼女が出来たのではないかと言っていたエリオットさんに、きちんと否定をしたか?何も言わず、関係は続けたいだなんて…体にだけ興味がありますって言ってるようなものじゃないか…  玉砕するのが怖くて、全てを言わず自分を守ったために、大切な人を傷つけてしまったんだ。 「最低だ…僕は…」 「リオ…?」  鼻の奥にツンとした痛みが走る。また泣いてしまうのか、僕は…。悪いのは僕なのに、泣くなんてお門違いなのに…それを我慢する事が出来ない。情けなさも相まって、視界は滲んでいく。 「…君たちは、同じ反応をするんだな…」 「同じ…?」  意味が分からずクレアさんを見れば、優しげに目を細めていた。責める事も軽蔑する事もない…むしろ、好ましい物を見るような目に驚く。  わけも分からずにただクレアさんを見つめていると、細くて白い指が伸びてきた。目元を軽く撫でられ、たまっていた涙が拭われる。 「エリオットも同じ事を言っていた。何があったかは知らないが…自分は最低だと悔やんでいたぞ」 「そんな…!エリオットさんは、何も…!」 「そう思うなら、本人に言ってやれ」 「それは…」  今の僕がエリオットさんと会う資格なんてあるのだろうか…何も言わなかった僕の責任なんだ。今更言っても、言い訳になるんじゃないか…  クレアさんの言葉に素直に頷けず、視線をさまよわせる。そうしたら、今度は額に衝撃が走った。 「ひゃう?!」  加減してくれたせいか、そこまで痛さは感じなかったけれど、驚いて額を押さえる。下がり気味だった視線が再び上がり、クレアさんの方へと向く。  その先にいたクレアさんは、少しだけ呆れたような顔をしていた。 「面倒くさいことでも考えていたんだろう」 「そんなことは…」 「エリオットもそうだった。今更言えねーよやら、リオの事傷つけちまったやら。君らは全然違うタイプなのに、面倒くさい所だけは似ているな」  驚きで声がでなかった。悪いのは僕の方なのに、エリオットさんが負い目を感じるだなんて…どうしてそんな事になってしまったんだ。 「誤解を生んでいるのならば、解けば良い。第三者からしてみれば、君たちの間には言葉が足らなすぎる」 「で、でも…」  動揺している僕を置いて、クレアさんは優雅に眼鏡を外してレンズを拭き始める。まるで、何でも無い事のように言ってのけた。 「エリオットがあそこまで執着しているのは初めてなんだ。君が思っているよりずっと、奴は君のことを特別に思っている。たまには思い切り甘えてみたらどうだ?」 「甘えるだなんて…!僕は、エリオットさんに甘えてばかりですし…」 「私が言っているのは、物理的に甘えると言う意味だ」 「それは…迷惑では、ないでしょうか…」 「いいや喜ぶね、断言できる。それとも私が信じられんか?」 「そ、そんな事はありません…!」  眼鏡を押し上げながら冗談交じりに問いかけられ、慌てて首を振る。  エリオットさんの事は、僕よりもクレアさんの方が遥かに理解しているに決まっている。そんなクレアさんが言うんだから、正しいのだろう。  嫌われてしまうかもしれないと怯んでしまうのは、僕の弱さのせいだ。 「よし、約束だ。それで、リオの次の休みはいつになる?」 「えっと…4日後ですね」 「分かった。じゃあ、3日後の夜から予定を空けておいてくれないか?」 「夜から、ですか…?」 「ああ。相手はエリオットだぞ?どうせ一晩中だろう。次の日が休みの方が、リオに無理をさせても休ませてやれる」 「ああ、なるほど…って、えぇ?!」  納得しかけたけれど、とんでもない事を言われた。  夜通しで話し合う、訳じゃ無いよな…?夜、二人きりで、次の日が休みじゃないと辛いような事を行うって…つまり、それは…  そうして出てきたは、昨日の欲に溺れ高揚したエリオットさんの表情。  だめだ!何を考えているんだ僕は…!目を瞑り、妄想を消そうと両手を大きく振った。それでも一気に赤くなる頬は隠しきれなかった。  僕の様子を見ていただろうクレアさんからは、堪えきれずと言った笑いが聞こえた。うう…すごく恥ずかしい…! 「そんな様で大丈夫なのか?エリオットは手加減してくれないぞ」 「だ、だいじょうぶ、です…」 「予行練習でもしておくか?」 「練習ですか?」  火照っている頬を両手で揉むようにしていたら、クレアさんは組んでいた足を解き、膝を軽く叩いて布地を整えると、おいでと両手を広げた。  何をどうしたら良いのか分からなくって、混乱している僕を催促するよう、軽く自身の膝を叩く。  もしかして、それは…お膝にお邪魔しても良いと言う、意味なのでしょうか…?  もう一度膝を叩き、今度は優しげな名前を呼ぶオプション付きだ…。  僕は気の抜けたような返事を返しながら、恐る恐るクレアさんのお膝へと頭を寄せる。お腹のあたりまで下げた所で、上から強めに押しつけられ、体が完全に横へと倒れた。  クレアさんへ背を向けるようになってて良かった・・・これが真上を向いていたりしたら…目が合った瞬間に死んでしまうかもしれない。  満足げな笑い声が降ってきて、目の前が手のひらで覆われる。訪れた暗闇に、自然と瞳を閉じた。あんなに眠れなかったのに、クレアさんに目元を隠して貰うと、途端に睡魔がやってくる。 「ふわ…」 「自分へ治癒をした方が良い、かなり堪えているんだろう?」  出掛かった欠伸を噛み殺しはしたけれど、クレアさんには気づかれていたようだ。もっともな意見に同意をすると、自身へ治癒をかける。  満ちていく体力とは反対に、意識は朦朧としてきた。おかしいな、自身へかけるときに、眠くなるなんて事無かったのに…失礼の無いようにと強ばっていた体は力が抜けていく。  ぽんぽんと一定のリズムをとりながら軽く体を刺激されて、保っていた意識はとうとう途絶えてしまった。  ◆  膝からあがる寝息を確認して、目元を隠していた手をどける。遮断する物が無くなっても止まることの無いリオの寝息…完全に眠ってくれたようで安心した。 「よく寝てるなぁ」  後ろからかけられた声に、頷きだけを返す。話せばしっかりしている事が分かるが、こうやって眠っていると実年齢よりも幼く見える…本当に、何も知らない子供のようだ。 「よっと」  前に回ってくれば良いものを、横着なやつは後ろから座っている所をあろう事か飛び越え私たちの元へとやってきた。 「危ないだろう、リオがいるんだぞ」 「はいはい、悪かったって」  悪びれもせず誠意を感じさせない謝罪をしたヴィンは、リオの隣へと腰掛ける。目で避難をするも、この男ときたら、気にもとめずにリオの頬を撫でていた。 「助かったわ、クレア。ありがとな」 「エリオットはどうでも良いが、リオの事となれば話は別だからな」  自分のカップへ、半分ほど残っていた紅茶を注ぎ差し出すと、手厳しいなぁと苦笑いを浮かべながら受け取る。生温くなってしまったそれを気にすること無く、ヴィンは口をつけた。 「あの二人はうまくやれてたと思ったんだけどなぁ…エリオットと別れた後のリオの憔悴っぷりはやばかった」 「そう思うなら、自分で聞けば良かっただろう」 「ん~…そうなんだけどさぁ…。俺、リオの中では頼もしい職場の先輩枠だと思うんだ」 「自分で言うか」 「客との個人的な揉め事相談するにはちと厳しいだろ。その点、クレアは信頼できる優しいお兄さん枠の上に、エリオットの友達だから…お前の方が適任だったんだって」  そう言う物なのだろうか…。どうにも腑に落ちない。疑問は口に出ていたようで、そーゆーもんなんだよとヴィンに返されてしまった。  私の納得を得る事など気にしていない男は、紅茶を全て飲みきると持っていたカップを脇へと置き、私の膝の上で寝息を立てているリオの顔を覗き込んでくる。治癒師とは思えぬ程無骨で大きな手を伸ばし、優しくリオの頬を撫でた。疲れ切っていたのか、リオに起きる兆しは見られない。 「かわいー寝顔晒しちゃって。バレたらエリオットが怒るだろうなぁ」 「…感謝はされど、怒られる筋合いなど無い」 「相変わらずクレアちゃんは、エリオットには厳しいのな」  一体何がおかしいのか。楽しそうに喉を鳴らすヴィンを睨み付け、撫でていた手を払いのける。柔らかいリオの頬を遠慮無く撫でるな、少し赤くなってしまっているじゃないか、かわいそうに…。 「当たり前だ。まだ少年だと言うのに、こんな顔になるまで追い詰めて…何をしたいんだ、アイツは」 「まあまあ。本気になるなんて初めてなんだし、それなりに悩んでるんだろ…それに、お前だって襲われかけて思い知っただろ?リオだってれっきとした男だって」 「う、うるさいぞ…!!」  ヴィンに言われて思い出した、治癒室での出来事…一気に頬へと熱が集まる。返した返答は情けない程に裏返ってしまい、動揺していることを易々と教えてしまった。 「本当、真面目なんだか抜けてんだか…」 「うるさいと言っているだろう!」 「そこが可愛いんだけどな」 「は、はぁ?!」  即座に反論しようとしたが、突然後頭部から強引に力をかけられ顔はがヴィンの方へと引っ張られる。開いていた口を塞ぐように、温かい物が触れてきた。浅黒い肌をした男の灰色の瞳と目があうと、途端に羞恥心が芽生える。避ける様に慌てて目を閉じた。  触れるだけだった物が、相手に軽く唇を食まれ催促する物へと変わる。 「っ、ヴィン…!」  非難したくて開いた唇のはずだったのに、簡単に割り入れられ肉厚な舌が口内へと入ってきた。ちょんと舌先を突かれ、戸惑っている間に相手の舌は数でも数えるかの様に丹念に歯をなぞっていく。 「ふぁ…っ、ん」  拒もうとしているのに、この男に慣らされてしまった体は甘ったるい吐息しか漏らすことができない。その間にも舌は絶え間なく動き、上顎を舐めあげられる。ピクっと体が反応を示してしまうのが悔しくて堪らない。  このままじゃまずい、そう分かっているのに体の力が抜けていきそうだ。  その時だった。 「っくしょん!」  膝元で可愛らしい声が上がり我に返った私は、反射的に目の前の男を突き飛ばす。  慌てて口元を拭い、膝元へ視線を向けると、すよすよと寝息を立てて眠っているリオの姿。やばい、リオの存在が一瞬だけ飛んでいたなんて…信じられない失態だ。  何を考えていると言う意味を込め睨み付けるが、渾身の力で押したヴィンは片手を後ろにつく程度で留まり、ニヤリと口の端を上げている。 「まんざらでもなかったんだろ?」 「ば、馬鹿なのか…?!リオが起きたらどうするつもりだ!」 「起きねーって」  性懲りも無く顔を近づけてくるヴィンの鼻を思い切り摘まんでやる。ふがっと言う情けない声を出して身を引いてくれたヴィンは、不満そうな表情を浮かべていた。 「さっさと仕事に行ってこい」 「えー…マジで…?続きは?」 「リオは私が責任を持って部屋まで送り届ける。だから、お前は早く行け」 「もー、うちの奥さん冷たい」 「誰が奥さんだ」  口では文句を言いつつも、しっかりと立ち上がり時間を確認している。最初からこいつは遅刻をするつもりはないのだろう。  行ってきますと背を向けながら手を振るヴィンは寂しそうで…気づいた時には名前を呼んでいた。  不思議そうに振り返ったヴィンへ、私は緩んだ笑顔を浮かべていたと思う。 「部屋でなら、優しくしてやる」  驚いた表情を浮かべていたヴィンは、すぐに嬉しそうに笑う。こう言う所は擦れておらず、素直で可愛いと思う。絶対に言わないがな。 「言ったな?夜、覚えてろよ」  昨日の夜だってエリオットのせいでなかなか眠れなかったが…今夜も寝かせてもらえなさそうだな、これは…。  確実に自分への不利益が発生する。だが、たまには甘やかしても良いかと思ってしまう。  膝で眠る少年の頭を撫でながら、我ながららしくないことを思ってしまうのは、きっとリオの成せる力なんだろう。

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