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10 無自覚

  「ううう~~~あっつーい…!!!」  ドライヤーで温めていた白いふにふにしているボードを、素手で触った啓太がその場で激しく足踏みをした。だけど、涙目になりながらも掴んでるボードは手放さずにいる。 「大丈夫か?一回放した方が…」 「だいじょぶ!!いつかは曲げなきゃいけないんだ…!よぉおし、曲がれぇ…!」 「はいはい、橋まで曲げんなよ」  変なテンションのまま叫びだした啓太に、突っ込みを入れながらドライヤーの電源を抜いた。  衣装もウィッグも出来たってのに、なんで未だに啓太のマンションに通ってるのか。それは、宅コスをした日から3日後の日付まで遡る。  ◆  抜き合うだけじゃなくて、結構ガチなキスまで交わした仲になった俺たち。情が移ったっていうか、妙な親近感が生まれたっていうか…近くにいないと落ち着かなくなった俺は、啓太の要素が足りなくなるなんていう信じられない現象に陥った。  持って3日。金曜に会って泊まって、日曜に別れたはずなのに水曜には無性に啓太に会いたくて仕方なくなってた。昔なら隣に住んでたからすぐに顔を見れたってのに、なんで都内なんかに引っ越しちまったんだ…ぐるぐると落ち着き無く部屋の中を歩き回って数分。我慢できずに、気付けばスマホは啓太への発信ボタンをタップしていた。  プププ…という接続音を聞きながら、なんて言おうか考える。考えなしに架けていた電話だ、まずは用件を作らなきゃ…そう思っていた矢先、ワンコールの後に電話は繋がってしまった。  驚きで声を詰まらせる俺に、スマホ越しから俺の名前を呼ぶ啓太の声が聞こえる。なんかもう、それだけで落ち着いた。今までそわそわしてたのが一気に落ち着いて、思わずその場に座り込こむ。 「あおちゃん?あおちゃん、どうしたの?大丈夫?」 「…ごめん、大丈夫」 「あおちゃん、今家?」 「え?ああ、そうだけど…」 「分かった。ちょっと待ってて」 「え?」 「そっち行く」 「え…?!」 「1時間もしないで着くと思う!」 「いや、待て、時間が、」 「大人しくしといてね!」  強めに言われて一方的に電話を切られる。一瞬何が起きたのか分からなくって呆然としたけど…慌てて時間を確認してみれば、既に時刻は23時すぎ。こんな時間からこっちにくるんなんて、行きの電車はあるだろうけど帰りの電車はないはずだ。  俺の啓太不足なんて意味不明な理由のせいで、こっちまで来させる事になるとは…いても立ってもいられずに、適当な服に着替えるて外へ飛び出る。チャリに跨がると、深夜の最寄り駅へと走り出した。  全速力で漕いで10分弱。いつもなら15分はかかる距離なのに、どれだけ焦ってるんだろう、俺。自嘲に近い笑いを漏らしながら、駅から出てすぐにあるフェンス脇にチャリを止め、ひたすらに待った。  慌てすぎててスマホすら持ってこなかったし、春先の夜は寒い。パーカーしか着てこなかった事を若干後悔しつつも、ぼんやりと駅の時計を眺めていた。  それから45分…何本電車が通りすぎたのか数えるのをやめた頃、2人程人が出てきた後に、慌ただしい足音が聞こえる。  はっとして、ぼやけていた視界にピントを合われば、部屋でしか見かけたことの無い黒縁眼鏡を掛けた啓太が、エスカレーターを駆け下りてきていた。相手も鞄も無く、身一つで出てきた様な身なりでスマホを耳に当てている。声を掛けるよりも先に目が合った。 「あおちゃん!」  大声で名前を叫ぶと、こっちに駆け寄ってくる。俺が返事を返すよりも前、駆け寄ってきた啓太に思い切り抱きしめられた。顔が啓太の胸に埋まって、ほのかに汗のにおいがする。驚く俺に構うこと無く、そのまま啓太は力を込めた。 「良かった…!連絡しても既読にならないし、電話も全然繋がらないし…心配したよぉ…!」 「あ…悪い、スマホ忘れてきた…」 「忘れてきたって、どれぐらい前からいたの?」 「連絡貰ってからすぐにでてきた…」 「そんな前?!だからか…こんな体も冷たくなっちゃって…かわいそうに」  体を離し、二の腕を掴んで顔を覗き込んできた啓太の質問に素直に応えれば、再び抱きしめられる。暖めるように背中を擦ってくるせわしない啓太の動きに、自然と口角も上がる。さっきまで腑抜けた状態だったのが嘘みたいだ。  啓太といると落ち着く…。抱きつくのは流石に恥ずかしいけど、どうしても自分からも触りたかった俺は、相手のスプリングコートの腰辺りを軽く握りしめる。しばらくそのままじっとしていたら、背中を擦る動きが段々と遅くなっていった。  最終的に止まり、うろうろしながら俺の腰辺りまで落ちてきた手。それでも離れたくなかったから、啓太の胸元に顔を埋めたまま微動だにしない。やけに早い心音が、相手の緊張を伝えてきてて少しだけ嬉しかった。  俺が満足するまで何も言わずにいてくれた。離れてから顔を見るのが少し照れくさい…上目気味で見上げてみると、離れると寒いねと啓太が顔を赤くしながら笑っていた。なんだ、こいつ俺以上に照れてるじゃんって分かるとなんだか余裕も出てきて、そうだなって釣られるようにして笑った。  啓太が到着したのが終電の一本前。すでに仕事を終えた駅は、照明が落とされて暗くなっていた。帰ろっかと明るく口にした啓太は、止めてあった俺のチャリのサドルへと跨がる。2ケツするときは、いつでも啓太が前で漕いでいてくれてたけど、それは今でも変わらない。そんな些細なことも、啓太不足だった俺にとっては嬉しかった。  ママチャリの荷台へと乗り込めば、ゆっくりチャリは動き出す。田舎の深夜だけあって、人は全くおらず、街灯も少なくて…チャリに乗ってる俺たち2人だけだ。 「ねーあおちゃんー」 「んー?」 「何があったかは聞かないけど、一つだけ聞いて良い?」 「んー」 「元気になった?」 「ん」 「良かった。もしかして、俺と離れて寂しかったのかなぁ~?」  はっきり声に出して元気になったって返事をしてないのに、俺の返答を聞き取った啓太は冗談っぽく笑う。けど、俺にとっては全然冗談にならなくて、笑えない。そうだよって気持ちを込めて、目の前で脳天気にチャリを漕いでる啓太の腰へ腕を回して抱きついた。  途端に掛かるブレーキ。足を付けてチャリを止めた啓太が、こちらへ振り返ってきた。こっち見んなよ恥ずかしい…!意地でもきつく抱きついていたら、あおちゃんと珍しく小さな声で名前を呼ばれた。 「うぬぼれても、いいの?」 「…うっさい」 「あ~~~…やばい、すっごい可愛い…」 「うるさい…!」 「ねえ、あおちゃん」 「うるさいっての!」 「ねえ、顔上げて」 「もう、早く漕げ、」  いつまで経っても動かない啓太にしびれを切らして、顔を上げた瞬間言葉が途切れる。自分で言葉を切ったわけじゃ無い。物理的に唇を塞がれて、続けられなかった。  驚いて目を閉じるなんて事もできず、呆然と目の前の幼なじみを見つめる。触れる程度ですぐに離れた唇、それからうっすらと開かれた瞳と目が合う。じわっと熱を帯びているそれが細くなった。 「ごめん、キスしたい」 「…もう、してる」 「じゃあ、もっかい」  返事は返さず次は目を閉じる。そうすれば、柔らかい感触が唇に伝わってきた。普通は男同士でこんなことするなんておかしいのに…そうは思っても、食むように与えられるキスが心地よくて、止められなかった。  今夜啓太は真横の実家へ帰るとばかり思ってたけど、予想外にも、チャリを家の脇に片付けながら泊めて欲しいと言ってきた。  啓太の両親は、啓太が中学前に離婚していて、父親に引き取られてすぐに再婚をしたのは知っている。啓太が、父親と新しい母親に遠慮してる事も知っている。深夜に前触れもなく突然帰るには、敷居が高すぎるんだろう。  元はと言えば俺のせいだし、断る理由もない。承諾して一緒に玄関をくぐると家の中は真っ暗だった。深夜のせいで家族は部屋に引っ込んでいるんだろう、静かに自分の部屋まで向かう。 「とりあえず顔とか洗って寝る?」 「そうだねぇ…お風呂は明日でいいかな」 「ん、俺の服じゃ小さいだろーけど、とりあえず寝間着だすわ」  クローゼットをあけて、換えのスエットを漁る俺の後ろで、あおちゃんのにおい~って言いながら深呼吸しているのは気付かないことにしておこう。格好いいって思ったのに、本当に片っ端からぶっ壊していくよなコイツ…。 「ねぇ、あおちゃん。コスの用意終わったけどさ、武器作らない?」 「武器?」 「うん。武器持ってた方が様になるし、構図も楽になるんだ。ボタンに使ったボードも余ってるしさ!手伝って欲しいんだけど…どうかな?」 「…手伝う」 「ほんと?ありがと!」  別に、武器を用意する予定なんてなかった。あればクオリティは上がるだろうけど必須ってわけじゃない。第一作ろうと思えば一人で勝手に作るだろうし俺に聞いてきたりなんてしない。…こいつは、俺が寂しかったってのを聞いて、俺の為に言い出したに決まってる。 「…ありがとう」  手渡したスエットに頭を突っ込んでいる啓太へ、小声で礼を言う。  掛けていた眼鏡を斜めに曲げた状態で頭を出すと、微笑みだけを返された。本当に、俺の幼なじみはしばらく見ないうちにイケメンになったよ。  ◆  そして冒頭へ戻り、理由を得た俺たちは、3日に1回の頻度で啓太のマンションへ訪れて泊まり込むようになったわけだ。  ちなみに、今回作ってるのは主人公の剣の持ち手。レイピアみたく手を守るようなカバーがついていて、それを作るために使ってるのがライオンボードって言う白くてふにふにしてるやつ。何で出来てるかは知らないけど、温めると曲げやすくなるっていう性質があるらしい。それを利用して、ドライヤーで熱した所で曲げ、形付ける為に冷めるまで手を離せない。  そのせいで、熱いのを我慢して啓太はボードを掴んでいる。ちなみに、俺が持とうかと提案したけど、あおちゃんにそんなことさせられない!と秒で却下された。  衣装やウィッグとは違い、図工に近い武器作成は、俺にも手伝える事がたくさんあった。塗装はちょっと自信無いけど、線に沿って切ったり、言われた場所をボンドではっつけたり、持っててと言われて持ってることだってできる。  文化祭の大道具を作ってるみたいで楽しい。1K8畳の部屋でやるには中々スペース的にキツイ所もあったけど、形になってく剣とかを見るとテンションも上がる。それに、武器を作るっていう理由があるから、気軽に啓太のマンションにこれた。これも、俺のテンションが上がる要因の一つだろうな。 「あおちゃんってさ、土日で暇な日ある?」 「いつでも暇だぞ」 「今週…は塗装間に合わないか。来週の土曜日あたりにスタジオ行ってみない?」 「スタジオ?」 「うん、当初は来月末でお願いしてたけど…その前に、綺麗な写真撮影してもらいたいなって思って」 「俺は構わないけど…それって、誰かに撮ってもらうってことか?」 「うん、知り合いの男性カメラマンさんがすごく良い人でさ、写真も上手いんだ。その人にお願いしてみようかなって」 「でも…女装だぞ…?」 「?女の子だって男装してるよ?」 「いや、見た目の綺麗さが違うだろ…」  不思議そうにしている啓太に、引きつった顔で返す。あおちゃんは可愛いよ!といつも通りの返しの後に啓太はスマホを手に取った。ツイッターを開き、DMのボタンをタップ…って、もしかして連絡取ろうとしてるのか…?! 「まーやんさんって人なんだけど、そーゆーの気にしない人だよ。お世話になってる人だから、あおちゃんにも紹介したいっていうのもあるんだぁ」 「あの日本刀の写真撮ってくれた人、とか?」 「え?あーうん!そうそう!写真綺麗でしょ~、早速聞いてみる!」 「スタジオねぇ…」  初めてするコスプレ、初めてする女装、初めてのスタジオ撮影…どれを取っても不安しかない状況なのに、そんなすごいカメラマンに撮ってもらって大丈夫なのか…。  未だに左手で冷やし待ちの部品を押さえつつ、右手で文章を打っていく啓太を眺めながら今後が心配でならなかった。

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