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12 そう言う事

  「あおちゃん、歩き方なんか変だよ…大丈夫?」  靴を脱いで上がるタイプの居酒屋の入り口、下駄箱に靴をしまってる俺をじっと見つめていた啓太が、心配そうに眉を寄せていた。  同じ下駄箱にしまう啓太のために一歩引いて場所を譲るんだけど、どうにもさっき撮影でとったポーズのせいで体が痛い。  痛めたとかじゃなくて、これは確実に筋肉痛の痛さ…普段絶対に使わないような筋肉を酷使した結果がこれとは…戦うキャラクターをメインにコスプレしてるレイヤーって変な所の筋肉凄いんじゃ無かろうか。 「筋肉痛…啓太は痛くないのか…?」 「俺?ん~…腰と二の腕はちょっと痛いかなぁ」  こいつはしゃがむよりも立って剣を構えるポーズが多かったから、そうなるのかもな。どっちにしても、二次元キャラがとるポーズは腰にとんでもない負担がかかるのは頷ける。  内太ももを中心とした痛みだったけど、話しを聞いた途端に腰も痛くなってきた…。げんなり顔で腰を擦っていたら、下駄箱の鍵を引き抜いた啓太が苦笑を浮かべた。 「今日泊まってくよね?帰ったら、お風呂沸かそっか」 「ああ…それだ、湯に浸かりたい…」  有り難い提案に、深々と頭を下げる。これで実家に帰るんじゃなくて良かった…遠方の人って、帰りキツイだろうなぁ…。  ◆ 「かんぱ~い!」  啓太の声に合わせて、ビールグラスをぶつけ合う。  とりあえずで頼んだ生ビールを呷れば、いつにも増して最高の喉ごしがした。半分ぐらいを一気に飲んでからグラスを置くと、隣に座っていた啓太がニヤニヤした顔でこっちを見ていた。 「どお~?撮影終わりのビールってサイコーでしょ~?」 「ああ…確かに、すげーうまい」 「金夜の仕事終わりも美味しいんだけど、やっぱコス後に飲むのが格別なんだよねぇ」 「開放感と達成感があるんだろうね。後、単純に疲労もピーク」  向かいに座っていたまーやんさんが、タブレットを弄りつつ啓太の疑問へ回答する。この人も俺たちと似たような楽しげな表情を浮かべていたから、同じ気持ちなんだろう。 「確かに!仕事より疲れるのは確実だよねぇ…」 「啓太は寝ずに準備してきたんだろ?ちゃんとゆっくり寝ろよ」 「え…あおちゃん、俺のこと心配してくれるの…?」 「そりゃぁ、まあ…」 「あおちゃん…!すき…!大好き…!」  勢いよく抱きついてきて、体が傾く。慌てて手を後ろについて倒れる事はなかったけど、遠慮無い抱きつきには驚いた。  だけど、グリグリと肩に額を押しつけてくる啓太が臭い付けしてる小動物のようにも見えて、なんとなく可愛い。  少しだけ笑いを漏らしながら、真下にある頭へ指を差し込む。梳くようにして撫でてやると、今度は向かいから喉を鳴らすような笑い声があがり、そこでハッとした。  今、まーやんさんもいるんだった…!持てる力でひっついている啓太を引き離したら、堪らずと言った笑い声に変わる。 「な、何か頼みましょう!!」 「ッ、蒼井君、声裏返ってる…!」 「か、唐揚げたべたいなぁ!」 「俺に構わず続けても、」 「まーやんさぁん!」  遮るようにして叫びながら、メニューをまーやんさんが弄ってたタブレットの上へと押し込む。にこにこと可愛い物でも見るような表情をしているまーやんさんは、ハイハイと笑いながらメニューを受け取ってくれた。 「左へスライドしていくと、撮った順に見れるよ」  料理が出揃ってからしばらくして、まーやんさんが弄っていたタブレットを渡された。画面に写っているのは、今日撮影してもらった写真だ。言われた通りに啓太がスライドさせると、次から次へと画像が変わっていく。 「かっけー…」 「ほんと?嬉しいな」 「まーやんさんの撮る写真すごいよね!今回は格好いいけど、ふんわりしてるのも上手なんだよぉ」  思わず漏れた感想に、それぞれが返してくる。それに対して生返事を返すぐらい、目の前の画像に夢中になってた。  腹減ってるはずなのに、箸を持つ手は止まっていて、ひたすらにスライドしていく写真を見つめる。全て終わるまでの間、集中して見続ける程にまーやんさんの写真はすごかった。  写真だけじゃない、衣装、ウィッグ、武器、表情、ポーズ…どれをとってもすごい。  正直ハロウィンの仮装程度しかなじみの無かった俺にとっては、知らない世界過ぎて追いつくのに必死だけど…なんとなく、啓太がハマったのは理解出来た。 「すごいな…コスプレって、こんな楽しかったんだな…」 「あおちゃん…!」 「撮って出しでそこまで感動してもらえるなんて、カメコ冥利に尽きるよ。後で現像したのも送るから楽しみにしててね」 「そうだね!現像すると、更に二次元に近づくからもっと楽しくなるよ!」 「現像…?」 「簡単に言うと、色味とか色々調整して馴染みのある拡張子の画像へ変換する感じかな」 「へぇ…」 「まーやんさん現像も上手なんだよ!加工もいれてくれるし、楽しみだねぇ」 「いやいやそれほどでも…あ、蒼井君は写真ツイッターに上げても大丈夫かな?」 「あ、はい、それは大丈夫です」 「有り難う。データはケータ君から回してもらって。ついでにツイッターのID教えて貰っても良い?タグ付けする時必要だから」 「あ、待ってまーやんさん。あおちゃんまだコス垢作ってないんだ」 「そうなの?」 「はい…」 「今作っちゃえば?」 「それナイスアイディア!一緒に作ろう!」  にこにことこっちを眺めているまーやんさんと、興奮気味に詰め寄ってきた啓太に押されるようにして、ポケットにいれていたスマホをテーブルの上へと出す。  ツイッターは一応アカウント取得はしてるけど、ロム専で一切呟きはしていない。特に友達とかもいないから、呟く必要が無かったってのが正しいか。  青い鳥のアイコンをタップして、新規アカウントの作成を始めると、啓太がぴったりと隣にくっついて一緒にスマホを覗き込んできた。 「アイコン今日の写メにしようよぉ」 「ええ?一緒に写ってんじゃん」 「右が蒼井とかって名前にすれば分かるって!」 「はー、なるほど…」 「俺も同じのにしよー!」 「げっ、お前の千人以上のフォロワーに顔見られるから…!」 「写真上げたら結局見られるんだし、今更だよ」 「そうだけど…!」 「可愛いあおちゃん自慢出来るし、一石二鳥…よし!」 「うっわ、設定早くね?!」 「ふふ~、ついでに速報もあげよっかな。とりあえずフォローするからID見せて」  啓太の方へスマホの位置を少しだけ動かし見やすい様にしてやると、速攻で検索を始めた。それを眺めていたら、向かいからカシャっとシャッター音がしてそちらへ顔を向ける。  そこにはやっぱりにこにこ顔をまーやんさんが、俺たちの方へスマホを構えて座っていた。 「仲良しな二人を撮っておこうと思ってね」 「まーやんさんまで…」 「良いじゃない。本当仲良いよね、もしかして付き合ってるの?」 「な…?!」  告げられた言葉に、絶句する。  付き合ってる…ように、見えるんだろうか…。  確かに、俺たちは普通よりは距離感が近いかもしれない…というか、最近色々ありすぎて友達のラインは越した気もするけど…付き合ってるって、つまりは恋人同士って意味だろ…?  啓太からはよく好きって言われるけど…それって別に、恋愛的な意味で言ってるわけじゃ…  相手は冗談なんだろう。笑い飛ばさなきゃいけない所なのに、ぐるぐる回る思考のせいで口を開いても、何も出てこない。こんな質問、すぐに啓太が反応するはずなのに、今日に限っては静かなままだし…そうだよ、啓太は?!  助けを求めるように啓太の方を見たら、意外なことに、いままでにないほど真っ赤にしたまま固まっていた。 「け、けい、た…?」 「あ、え、えっと…、ト、トイレ、行ってくる…!」  喋ったと思ったら勢いよく立ちあがり、俺の後ろを通り抜ける。通路へ出た瞬間にダッシュでその場を去る…予想外すぎる啓太の反応に、口を開けたまま背中を見送ってしまった。  ◆  残された俺は、何も言えずにただ黙ってビールを飲む機械と化した。  トイレと言ったわりになかなか帰ってこない啓太のせいで、二人きりで残されたけど…爆弾を落とされた後で、話題を変えるなんて事が俺には出来ない…!  ガヤガヤと煩い居酒屋なのに、俺たちの卓だけ訪れた沈黙。それを破ったのは、事の発端を作ったまーやんさんだった。 「やりすぎちゃったかな」 「…?」 「俺的には、やりすぎぐらいしないと進展しないと思ったんだけどなぁ」 「えっと…」 「蒼井君はさ、ケータ君のこと、好き?」 「はい?!」 「男同士ってところで踏みとどまってるのを見てるとさ、何つまんないとこで悩んでるんだって思うんだよね、俺」  ビール片手に頬杖をついているまーやんさんは、眼を細めてじっと俺を見つめてくる。今日初めて見る、笑顔じゃない真顔…何故だか眼を逸らす事が出来ずに、見つめ返した。 「コス始めて間もない頃アフターで一緒に飲み行った時にさ、酔ったケータ君が漏らしたんだよ…寂しいって」 「寂しい…?」 「一人は寂しいって。彼女でも作れば?って言ったら、それはしないって即答された。なんでだと思う?」 「…え、…」 「忘れられない特別な人が居るから、それは出来ないんだって。望みは薄いし、有り得ないだろうから、こうやって都内に出てきたけど…やっぱり離れると辛いんだって」  啓太にそんな人が居たなんて、知らなかった…ずっと一緒だったから、地元に居た頃の事なら何でも知ってると思ってたはずなのに…。  それが思っていたよりもショックだったのか、顔に出ていたらしい。そんな顔しないのって困ったように笑われてしまった。 「高校までずっとつるんでた、隣に住んでる幼なじみって…君の事だよね?」  そうだ、それは間違いなく俺だ。  頷いて返事をすると、まーやんさんの顔に笑顔が戻る。  そう言う事だよ、と眼鏡を押し上げながら言うと、ビールを一気に飲み干した。 「俺もトイレ行ってこようかな。ついでにケータ君も回収してくるね」  男同士だから踏みとどまる。忘れられない特別な存在のせいで、彼女は作らない。  一人取り残されて、じわじわと言われた言葉の意味を理解していく。  いままで言われ続けてきた好きって、つまりは、そう言う…?  そう考えれば、面白いほどにしっくりくる。  なんで気付かなかったんだよ…?なんで流し続けてたんだよ…?  好きって言われて、心地よいって感じてたじゃん。隣が落ち着くって、分かってたじゃん。  おまけに、俺自身も啓太を想像しながら…慰めてたじゃん…。  つまり、俺だって、そう言う事なんだよ…。 「なん、だよ、それ…」  酷く掠れた声で漏らした独り言は、騒がしい周りの音に紛れて消えていった。

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