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第11話
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そんな、命を差し出せなんて……そんなの、ただの生け贄だろう。
異世界召喚ってもっと簡単にできるようなもんじゃないのかよ……しかも、その原理から言えば、俺たちがこっちにきた時にだって死んだ奴らがいるってことじゃないのか……?
「聖女のためならと命をなげうる者もいるだろうが……君は、ただの一般人だ。旨みも何も無い君のために、死ぬと志願する男など見つかると思うか?」
「……そうだな」
確実に有り得ないだろう。それに、誰かの命を奪ってまでして元の世界へ還りたいとも思えない。そんな重たい物を背負って生きてく覚悟も勇気も……俺には無い。
「絶対に、死なないとダメなのか?」
「残念ながら。独占している術式を、他の人間に開示する程お人好しでは無い。それに、魔力だって多いに越したことは無いだろう」
「そりゃ、ユーグにとっちゃそうだろうけど……」
専売特許なんだ、言ってることは最もだろう。他の奴らに異世界召喚なんて大それたことが出来れば、この人は宮廷魔術師なんて位でここに居る必要なんてない。
だからと言って、一度持たされた希望のせいか易々と諦めることが出来なかった。他に方法があるんじゃないのか? 命ではなくて、魔石を利用するとか、もっと現実的な……
「まあ、人が集められたとしても、マコトならこの手段を選ぶとは思えなかったけれどね」
「アンタ……分かってて提案したのかよ……」
「そう怒るな。もう1つだけ、方法がある」
「え?!」
「しかし、こちらはまだ断言が出来ない」
「それでも良いよ、どんな方法だ?!」
「君自身を利用する方法だ」
「……俺?」
俺にそんな膨大な魔力があるなんて思えないんだけど……必要な量は成人男性5人分だろ…? そんなのを俺1人で賄えるわけない。ユーグだって、俺のことを一般人ってはっきり言ってたわけだし、俺ごと生け贄になる可能性だってあるんじゃないのか?
「魔力は全て私が賄う。そして、誰も死ぬことも無く異界へと繋がる扉を通れる。君が私の魔力貯蔵庫になると言えば想像しやすいかな?」
「それって、痛みとか、記憶障害とかは? それに、かなりの量になるのに、ユーグだって平気なのか?」
「おや、私の心配までしてくれるとは。大丈夫だよ。マコトも痛みは無く、部分的に掛けるなんてことは無い。物理的にも、精神的にもね」
とんでもなくいい話に聞こえる。一般的な方法でやれば死人が出るのに、代替え案が互いにリスク無し……絶対に裏がある。そうは分かっていても、魅力的な提案に気持ちは傾き始めていた。
「不安そうだね……よろしい。もう少しだけ、マコトの体質について説明しよう」
俺を見つめていたユーグはゆっくりと瞬きをして……次に開かれた瞳は、血のような紅い色をしていた。
その瞳を見つめた瞬間、体が動かなくなる。キーンと耳鳴りがして、音が遠くなった。まるで金縛りにでもあっているかのような状態だ。
固まる俺の前で、ユーグは長い足を組み直す。音が遠くなったはずなのに、まず、と発した彼の声はやけにクリアで違和感が凄い。
今俺の前に座っている相手は、召喚も簡単に行える魔術師だ。何かしらの術をでも発動しているのか……完全に相手のペースに飲まれてしまったことだけは、はっきりと理解できた。
「一般的に、人間の体には微量なりとも魔力が存在する。それは、どの世界でも共通だ」
どの世界ってことは、俺が元居た世界でもってことだよな……?
つまりは俺にも微量な魔力があるってことか。ファンタジーの世界だけだと思ってたし、魔法なんか使ったこともないからいまいちぱっとしない。
「その中でも、純度の高い魔力を大量に身へ宿している人間がいてね、それが聖女候補となるわけだ。しかし、この世界の人間は、体内に蓄積されている魔力を用い魔石を動かし生活をしている。故に、この世界の人間の魔力保持量は非常に少ない」
水洗トイレの魔石も、シャワーの魔石も、それだけじゃ動かないのか。知らない間に魔力を使ってたことに驚く。
日本じゃ科学の力で解決していることを、こっちでは魔石で補っている。その原動力が自分自身で、生きているだけで消費し続けてる……だから全く使わない世界から召喚して引っ張ってくるのか。
「君たちの世界では、魔石に頼らず生活をしているから誰しも魔力が有り余り、溢れている。それが一般的なんだが……君はね、違うんだよ」
違うってどう言うことだ……? そう言いたかったけど、声が出なかった。ただ口をぱくぱくと動かす俺を見て、ユーグはにこりと微笑む。
「マコトは、運が悪かったり、負の感情を引き寄せやすいんじゃないか?」
頭を掠めたのは、人生の中で何度も他人から言われてきた、迷惑を掛けるなと言うフレーズ。でも、どれを取っても俺が出来なかっただけであって、相手が悪い訳じゃ無い。
「魔力はお守りようなものだからね。知らず知らずのうちの防御をしているわけなんだが、それを行えない者がいるんだ。無防備だと簡単に影響を受けてしまってね。空の体へ力を流し込み、徐々に制御していくのは快感だ……魔力の存在を知らないとしても、それを無意識のうちに行ってしまう。それが人間の性だろう」
いつの間にか、体は少しの自由も効かなくなっていた。ユーグから目が離せない。頭の先から足の先までを視線が滑り、呼吸が速くなっていく。
荒い呼吸を繰り返す俺の胸元へ細長い指が伸びてくると、ちょうど心臓の上辺りを円を描くように押された。
「君の体はね、空っぽなんだよ。誰しも持ち得てる魔力を、何故か君だけは持っていないんだ……生まれてくるときに、忘れてしまったのかな?」
普通とは違うと言われるのが、怖い。嘘であって欲しい。
大体、なぜ魔石が使えたんだ? そんな特異体質なら使えないはずじゃないのか? そう言い返してやりたいのに、声が出ない。
「その体が魔力で満たされていれば、君だって聖女に成り得たかもしれない。それぐらいの容量はあるんだよ」
胸に当てられていた指が這うように上ってくる。喉元を掠め、顎をなぞり、唇へと辿りつくと、半開きになっている口の中へと入り込んできた。
舌先を爪で引っ掻くような感覚……途端、甘い味が広がった。覚えのある味に、体がもっと欲しいと訴えかけてくる。
ユーグが喉の奥を鳴らすような笑いを漏らすのを切っ掛けに、体の緊張が解けた。
「ん……ッ、はぁ……」
待っていたとばかりに俺の両手は差し込まれているユーグの手を握っていた。
指先を舐め、爪の間に舌を這わせ、全体を吸い上げる。ずじゅ、なんていう激しい吸い上げの音が断続的に頭の中へ響く。
こんなこと、止めたいのに……! そう思っていても、体を止めることが出来ない。もっと欲しいと腹の奥が疼いて仕方がない。
「ふ……ぁ……」
「私の魔力は美味しいかい? マコト」
目の前で喋っているはずなのに……頭の中に直接声が響いてきた。それを不思議とも思わず、むしろもっと話しかけて欲しいとすら思える。
優しく頭を撫でながら、ユーグの指が更にもう一本追加された。まるでどろどろのハチミツが溢れてきているようだ……だけど、足りない。これだけじゃ足りないんだ……もっと欲しい……!
立ち上がり、俺の目の前まで近付いてきたユーグを蕩けた思考で見上げていたら、ゆっくりと指が引き抜かれていってしまう。力を込めたはずの両手は、やっぱり彼の手へと添えられるだけになっていた。
「ぁ……」
「思い出したかい? 君は私の魔力を空の体へため込んだ。ためた魔力で魔石も利用していたんだよ」
ぼんやりと思い出すのは、今朝の出来事。ベッドの中でも同じことをしたはずだ。俺、知らない間にユーグの魔力を吸い取ってたってことか?
「私の魔力を君へと注いで貯蔵をし、それを使って異界への扉を繋げる。こちらに居る間、マコトは魔石の利用だって可能になるんだ……どうだい、悪い話じゃないだろう?」
言われてみれば、その通りだ。ここで生活するのなら、魔石を使うのは必然となってくる。所謂、魔力タンクになれば良いだけ。それだけで良いなんて、最高じゃないか。
「マコト。私と、契約してみないか?」
「する……契約しよう、ユーグ」
気が付けば流されるように了承の言葉を返していた。
俺の返答にユーグはとても綺麗に笑い……瞬きをすると、見慣れはじめた紫から赤へのグラデーションへと戻っていた。
「契約成立だ。よく我慢できたね」
頬を両手で包み込んできたユーグは、優しい笑みを浮かべながら腰を曲げてきた。ゆっくりと近付いてくる顔に、自然と目を閉じる。
大人しく上を向いていれば、唇に待ち焦がれていた柔らかい感覚……それからすぐ、唇を割って入ってくる熱い物。
「んぅ……!」
舌先が触れ合うと、ぴりっとした電気が走った。だけどそれも一瞬で、すぐに甘い味が広がってくる。触れる面積が大きい分、溢れてくる量も多い……堪らず絡みつければ、応えるようにユーグも動いてくれた。
ほのかに感じるワインの味と流れ込んでくる甘い魔力……こんなこと、恋人同士じゃなければする物では無いと理解しているはずなのに、体を止めることは出来なかった。
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