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お前のためなんかじゃない

それからはコーヒーのおかわりを注ぐ音とほんの少しの世間話以外何も会話がなかった。 でも何か話さなきゃ、って特に思わない居心地のいい沈黙だ。 「……この後行く当てはあるのか?」 「え?あー……それが、無いんです。さっき一緒に住んでた奴に追い出されちゃって」 ほんと参っちゃいますよねー、なんて少しおどけてみせる。 でも本当は明日からどうしようか不安と焦りで溢れかえっていた。 「あぁ。だからあんなラブホ街を一人で歩いてたのか」 「へ?なんでラブホ街って分かるんですか」 「え、いや…この辺はラブホ街ばっかだろ」 ふーん……? こっち方面は学校と真逆だからあんま知らないなぁ。 「……なぁ、今バイトは?」 「してますよ。ラーメン屋で週2だけ。家賃を半分払うためにって感じです」 「週2……じゃああとの5日間は特に何も無いって事だな」 「?まぁ、そうですね」 少しだけニヤッと笑って人差し指を立てる。 うわ、何か思いついたって顔だ…… 「お前、ここで働けよ」 「……はぇ?」 話の脈略が読めず思わず間抜けな声が出てしまった。 「その変わり、無料で一部屋、朝昼晩飯付き、風呂と便所も貸してやる」 「えっ、それって…!」 「ここで住まわせてやる」 こんなお洒落なカフェで……? そりゃ確かにまた来たいとは思ったけれど、まさか住めるだなんて思ってもなかった。 「で、でも悪いですよ!」 「勘違いするな、お前のためなんかじゃない。元々人手が足りなくて募集するつもりだったんだ」 「なるほど……じゃあお言葉に甘えて……」 「あぁ。助かる」 「ありがとうございます!」 やっぱり横暴な口調ではあるけど、どこか優しげに細まる目や穏やかな声、 なによりコーヒーを注ぐ指が繊細で、あぁこの人の近くに居たいな、なんていつの間にか思っていた。

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