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第2話
それからというもの、及川は弓谷が気になって仕方ない。仕事中もチラホラと見てしまう。
(うーん、なんで気に入られているんだろう)
バイトのとき、それなりに話はしていたように思う。だけどそれも普通の会話だけで…
PCの前で画面を見つめている弓谷の横顔は、男だってため息が出るくらいカッコいい。そんな弓谷が何故自分を贔屓してくれてたのか、及川は無意識に顔を見ながら考えていた。
その時…
「及川〜、人の顔、見すぎ」
弓谷が視線を逸らさずにそう言うものだから、周りの同僚がドッと笑う。
「す、すみませんっ」
全然こっち見ていなかったのに!
やっぱり弓谷さんは恐ろしい、と及川は目を背けた。
「森川さんたちが変なこというからですよう」
対面の席にいる森川にコソッと言うと、森川は何のことやら、と笑った。
***
雨の降る、とある夜。
珍しく及川は、皆より長く残業していた。
明日、取引先へプレゼンに行く為、資料をまとめようとしていたのだが今日一日、突然の外出が多かった為、はかどらなかった。いつも遅くまで残業する制作チームが帰宅しても、まだ仕上がらない。
(もう二十三時回ってんじゃん…)
段々と目が疲れて来て、ショボショボする。眼球を抑えながら、背伸びをして何とか疲れをほぐそうとした。
「まだ終わらないのか」
コーヒーのいい香りがして、不意に目を開けると、弓谷が二人分のコーヒーを持って立っている。
「ほら。お前ブラックだったよな」
「ありがとうございます」
机に置かれたコーヒーを早速口に含む。ホッとしながら、及川はあることに気づいた。
(何で僕がブラック好きなの、知ってんだ?)
コーヒーから目を離し顔をあげると、弓谷は自分の席へと戻っていた。
このフロアで残っているのは、及川と弓谷だけだ。変に意識し始めて、及川は頭を振る。
(もーこの前から変だぞ、自分…)
これじゃあまるで、弓谷に惚れてるみたいじゃないか、と。そのとき…
「うわあ!」
突然、弓谷の声が聞こえて驚く。声というより、悲鳴?
慌てて及川が席に近づくと、弓谷が椅子を引いて、何かに怯えたような顔をしている。
「どーしたんで…」
及川の言葉を遮り、弓谷が無言で指差した先には、小さなヤモリがいた。弓谷が作業していたPCの真横で、ヤモリも驚いたのか静止している。
「あれ、珍しいですねえ、オフィスに出るなんて。家に出ることが多いのに」
ねえ、と弓谷の方を向くと「いいから早く逃せ」とすごい睨みをきかせて来た。
(もしかして…)
「苦手なんですか?」
「…おーちゃん」
「は、はいっ」
及川は慌ててヤモリに近づき、そっと手にのせる。ヤモリは小さく「キュッ」と鳴いたが大人しい。
(外に出してやったら、寒いかな)
弓谷さんには悪いけど、と思いながら、フロアを出て玄関に近い室内で、ヤモリを逃がしてやった。
及川がフロアに戻ると、弓谷は先ほどよりは落ち着いた顔になっていた。それでもいつもみる冷静な顔とは程遠い。
弓谷の椅子の横に及川は立ち、逃してきましたよ、と報告した。
「ありがとう。外に逃がしてくれた?」
「は、はい」
「あと、このことは誰にも言うなよ?」
弓谷がそんなことを言って来たので、思わず、笑う。
(こんな弓谷さん初めて見たな。なんて言うか…)
「可愛いですね」
及川は思わず、言葉に出して言ってしまった。そしてすぐヤバイ!と口を塞いだ。
(絶対、叱られる…!)
と思いきや、弓谷は何も言わない。不思議に思って顔を見てみると…口元を手で隠しながら、真っ赤になっている。
何か言いたいのだろうけど、言葉が出ないようだ。
(いつも冷静な弓谷さんが、こんなになるなんて)
及川は自分の心臓が、今にでも爆発してしまうんじゃないかというほど、高鳴っているのを感じた。
(今なら、色々聞けるんじゃないだろうか)
「あの、弓谷さん。聞きたいことがあるんですが…。どうして僕だけバイトから社員に採用してくださったんですか?」
弓谷は目を反らせて及川の方を見ようとしない。もう耳まで真っ赤だ。
その様子を見て、及川は確信した。
「そんなに僕のこと、好きですか?」
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