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《笑顔のちから》
「野球やってるのか、ポジションは?」
あずまは野球が好きなのか食い付いてきた。
「ピッチャーって言いたいんすけど、サードっす」
「サードは上手くなければ出来ない、凄いよ」
「いえ、けどサードってけっこう速い球が飛んでくるでしょ、小学校の頃に負けず嫌いで、一番度胸のいるポジションだって言われてそれならって、ただ人気ないポジションを押し付けられただけだったんすけどね」
「球は怖くないのか?」
「怖いですよ、当たったら痛いし、今までも何回も顔に当たったりしたけど、ライナー性の当たりでも俺が取ればダブルプレーにだって出来ることあるし、上手くいけばトリプルだって狙えるからサード、結構楽しいっすよ」
「そうか、今度君の出る試合でも観に行きたいな」
「あ、来てくださいぜひ!」
「あぁ、でも、こんなみすぼらしいおやじが行ったら迷惑だな」
「全然、それにみすぼらしくなんて俺がさせません、いつでも風呂貸しますよ」
「ありがとう、なんだか夢でもみているようだ」
先刻まで、住処が無くなって、絶望感に打ちひしがれていたのに…
「夢なんかじゃないっすよ、ほら感覚あるでしょ」
欠損のある右手を包むようにぎゅっと握手をする。
「ほんとうだ…」
その手を触れられ少し驚くあずまだが、瞳を重ね、また優しく微笑んだ。
「あずまさん」
その笑顔にどきりとしてしまう。
さっきから、あずまに触れたくて仕方なくなっている自分が不思議だったけれど、理由がわかった。
この人、笑顔が可愛い。
「久々に人の優しさに触れて、涙がでそうだよ…どこへ行っても厄介者扱いで、そこに居るだけで犯罪者扱いしてくる奴さえいた…」
「……」
「こんな出所不明の怪しい男を家に招いて、こうして話を聞いてくれて、それだけで…っ、君が、優しいから甘えてしまった…、っ」
目頭が熱くなり、それを覆い隠すように左手を添える。
涙を堪えるように引き締める口許…
「甘えていいっす、喜んでもらえたなら良かった、もっと笑顔でいてください」
そっと肩を抱き寄せ、慰めるように背をさする。
「すまないね、涙もろくなったものだ」
堪えきれずぽろりと零れる涙。
その涙を拭いながら、小さく笑う男。
そのまま、あずまが落ち着くまで寄り添った。
それからしばらく、二人でたわいない会話をして過ごす。
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