8 / 36
《温もり》
「雨が止んだな、そろそろ帰ろうか、コーヒーありがとう」
窓の外を見て、名残惜しそうに言葉を出すあずま。
「あずまさん」
「礼は、掃除くらいしか出来ないんだが…部屋は綺麗だな、玄関を掃除しようか」
「俺、欲しいものがあります」
「……すまないが、金はないんだ本当に」
俺の言葉を聞いたあずまは、金銭を要求されるのかと、少し悲しげな顔をして俯いて断ってきた。
「はは、金なんかいらないいらない、もっと大切なもの!」
柔らかく微笑んで首を振る。
「?」
「あずまさん、しばらくウチに住んでもらえないっすか?」
「え?」
「一人暮らし始めたばかりで俺も寂しいんで、良かったら、話し相手になってください」
「いや、でも」
唐突な申し出に、困惑するあずま。
遮るように彷徨わせた右手を優しく握り…
「俺が欲しいものはあずまさんです、あずまさんにいて欲しい」
そう、まっすぐ瞳を重ねお願いしてみる。
「……」
「ダメですか?」
言葉に詰まるあずまに、首を傾げる。
「ダメな訳…けど、こんな浮浪者を、なぜ?」
何処にも行くあてなどないのだから、断る理由はないけれど。
「いやー、だってあずまさん、すごく痩せてるし、もっと太らせたいなぁって」
「敬大くん」
笑顔で伝えると、そんな理由で?と首を傾げている。
「ま、それは冗談で、なんかほっとけなくて、ちょっとあずまさんのこと、好きになったから」
「え?」
「しばらくウチにいてください、あずまさん」
目を輝かせ、もう一度お願いしてみる。
「……なら、しばらくの間…だけ、」
「やった!嬉しいっす」
そのコタエを聞いてがばっと華奢な身体に抱きつく。
「こらこら!」
ガタイのいい大学生に抱きしめられ、驚きながらも微笑んでいるあずま。
「これで心配ごとがひとつ減った」
抱き寄せたまま、耳元で囁いてみる。
「え?」
「昨日も、あずまさんが川に流されてないか心配してたんすよ」
「そうか、ありがとう…私も毎朝君と話をするのが楽しみになってたよ」
そう優しい笑顔を向けてくれる。
「俺もっす」
「敬大くん」
「両思いっすね!」
「それはちょっと表現が違うような…」
「そうっすか?」
「それでも、こうして人の温もりを感じるのは心地いい」
抱き寄せられ、久々に感じるヒトの温かさ。
「そうっすね」
「最近の若い子は、欧米化がすすんで、こういうスキンシップも普通なのか?」
「え?あ、そうっすね、普通っす!」
「そうか、昔人間だから、ちょっと慣れないが、私が過剰な反応をする方がおかしいんだな」
なるほど、と納得している様子のあずま。
「つか可愛すぎる」
なんでも信じるそんな様子がツボにハマってポソッと呟いてしまう。
「え?」
「いえいえ!やっぱりスキンシップは大事ですよ!」
そう抱きしめながら誤魔化す。
「そうだな」
あずまの言葉とともに瞳を重ね、二人は笑い合う。
ともだちにシェアしよう!