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《キャッチボール》

そんな風に想いをごまかしながら、あずまとの共同生活をスタートすることになった。 今日は暴風雨の影響で大学が休みだったから一日中一緒に過ごした。 あずまは空き缶などを集めに行くというので、ついて行ってみた。かなり地味な作業だし、移動距離も凄い、集めた割には僅かな額にしかならなかった。 「これ、シャワーの水道代とコーヒー代に、足りないだろうけど」 そう、手にはいった僅かなお金を全てそのまま渡そうとするあずまに、全力で拒否して収めてもらった。 「最近は空き缶やゴミも管理されて簡単には取ることが出来なくなってね、その日の食べ物に困る始末さ、なんとか働きたいと職は探しているんだが、身元不明だと、難しくてね」 住所不定で雇ってくれる会社はほぼ皆無、おまけにこの手では… 「面接に行く度に、その手じゃパソコンはむりだね、とかペンが握れるか?とか、まあ、色々言われて結局不採用、面接も怖くなってしまったよ」 「……」 「まあ、腹が減れば公園の水を飲んで凌いだり、なんとか生きては来たけれど…」 こんな人間、生きていることが果たして正しいことなのか… 切実な悩みを聞きながら一緒に過ごす。 お昼はコンビニ弁当を買ってあげた。 やはり、断るあずまだけど、ほとんど脂肪がついていないような身体を見たら、嫌でも買いたくなる。 払える時がきたら払って、と添えて弁当を食べてもらう。 アパートに帰る頃には日は傾いていた。 夕陽が綺麗にみえる。 「あ、そうだ!キャッチボールしません?」 少しでも楽しいことを考えて欲しい。そう思って誘ってみる。 「いや、私は出来ないから、この手じゃ」 「うーん、左手でボール持てます?これ」 普通のボールではなく、軽く柔らかいおもちゃのボール。 「あぁ、これなら」 曲げにくい指だが、ボールを挟むようにすると持つことができた。 「グローブはこれ、左利き用っす、親指があればはまると思うから」 高校で同じ部活の左利きの友達が卒業の記念にとグローブ交換した時のグローブが家にあってそれを持ち出してきて、そう指の揃わない右手にグローブをはめてあげる。 「……」 「練習っす、こっち投げてみてください」 近距離で手を広げて促す。 「あぁ、」 あずまは左手でボールを投げて来た。 ボールはゆっくりとグローブに収まる。 「そうそう!じゃこっちから行きますよ」 「よし、こい!」 あずまもやる気になってグローブを構える。 優しくグローブめがけて球を投げる。 「ほい!あ、上手上手」 ボールは弧を描いてあずまのグローブへパスっと吸い込まれる。 「取れた」 グローブに収まるボールを見て嬉しそうにするあずま。 そんな様子に、心が温かくなるような気持ちを感じながら、あずまにさらに声かける。 「はい!もう一回!」 「あぁ、ありがとう」 少しずつ距離を伸ばしながら、あずまと1時間ほどキャッチボールを楽しんだ。

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