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《優しいキス》
「あ、帰ってきた!あずまさん!」
なかなか戻らない為、心配になり、ちょうど外を探していたところへあずまが戻ってきた。
「敬大くん」
「遅いから心配しましたよ、買い置きの昼も食べてないし、って、あずまさん怪我してる!?」
駆け寄ってみると、顔にアザが…
「あぁ、大丈夫」
口角には裂傷の痕が…
「ちょ、大丈夫ですか!?手当てしましょ」
慌てて、あずまを家に招き入れる。
「大丈夫だよ、ありがとう」
「どうしたんすか、その怪我」
「仕事を得るのは簡単じゃ無かったってことだよ」
誤魔化すように笑って、俯き加減に呟く。
「え?」
「せっかく敬大くんが綺麗にしてくれたから、仕事を見つけに色々と行ったんだが、血気盛んな奴らに僅かな金も奪われて、結局、仕事も一つも見つけられなかった、情けないな」
そう苦笑いをして肩をすくめる。
「あずまさん、無理して働かなくていいから」
そっと抱きしめる。
「…敬大くん」
「危険なところへ行かないで」
「敬大くん、それでも世話になった分はお返しがしたいんだ」
「そんなこと必要ない、俺の話し相手になってくれてるだろ、それで充分だから」
「本当に君は優しいね…」
そう視線をゆっくりと下げる。
先刻関わった人間はみな優しくは無かった。
それが積み重なって、人間が怖くなっていたはずなのに…
同じ人間とは思えないくらい。
優しい。
けれど、
その優しさは、判断を狂わせる。
独りの方が楽だと…言い聞かせてきた自分の気持ちが揺らぎそうになる。
「あずまさん」
何故か、哀しげな瞳のあずま。
そっと抱き寄せ、その唇にキスを落とす。
「どうして、敬大くんは、私にキスをするんだい?」
不思議そうに首を傾げる。
「あずまさんに、元気になって欲しくて」
「そうか、ふ、ありがとう。元気になれるよ」
君が話しかけてくれるだけで、話を聞いてくれるだけで、一人きりの世界から抜け出せる。
「良かった、楽しいこと考えましょう」
微笑むあずまの肩を抱きながら囁く。
「ならまた、キャッチボールがしたいな」
優しい若者を見上げて、希望を伝えてみる。
「いいっすよ、でも身体大丈夫すか?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
あずまの手当てをしたのち、嫌なことを忘れさせてあげるように…
二人はキャッチボールをして日が暮れるまで一緒に投げ合った。
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