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《ありがとう》
「敬大くん、ありがとう世話になった、」
いつの間にか自分の服に着替え、自前のヨレヨレ鞄に自分の荷物を入れ持って出てきたあずま。
所々破れのある黒の長袖上下、両手には手袋をつけ、帽子を被った元のみすぼらしいホームレスの姿に…。
「あずまさん!」
「敬大くんのご両親ですね、私は今日で出て行きます、もう、関わり合いにはならないのでご安心ください。こんな私にも彼は優しくしてくれて寝床を提供してくれました、敬大くんはとても心の優しいお子さんですね」
「待って、あずまさん!出ていかなくてもいいよ!」
「敬大、この人が行くといっているんだ、引き止めるんじゃない」
父親はすかさず口を挟む。
「見ず知らずの人を家に泊めるなんて異常なことなのよ」
さらに母親も…
「見ず知らずじゃ…」
「それでは、私は…」
あずまはやりとりを見て、頭を下げて行こうとする。
「何か取られてない?敬大のもの」
急ぐ様子を母親が不審に思って疑う。
「何も、私のものだけです。汚いですが中を見ますか?」
あずまは気分を害するわけでもなく、カバンを差し出して微笑み答える。
「いや、」
「ちょ、あずまさんがそんなことをするわけ無いだろ!それにまた…」
あずまさんはここに帰ってくる。
また、ラーメン食いに行くって、俺の野球観戦しに来てくれるって約束したんだから。
「…敬大くん、久しぶりに生きている感覚を味わえた、本当にありがとう、大丈夫、私は行くから」
あずまはもう一度、お礼を伝え、頷く。
「待てよ、行くな!あずまさん」
「……ありがとう」
そう、いつもの穏やかで優しい笑顔を見せるあずま。
そのまま、三人に頭を下げて、アパートから離れていった。
「っ、」
出て行く時はお礼を言って…
そんなの、嫌だ!!
すぐ追いかけようとするが、父親に腕を掴まれ引き止められる。
「敬大!」
「っ、離せよ!」
「落ち着け、敬大、父さんも母さんもお前が心配で…」
「あの方も、ちゃんとした大人なんだから、大学生の貴方が施しをしてあげることなんかないの」
「っ、施しってなんだよ!別に俺は!」
「ならお前は家のない浮浪者を全て家に泊めてやる気か、このアパートの家賃を払っているのは誰だと思っている!」
「ッ、じゃ家賃は払わなくていい!バイト増やして俺が払う!あの人は特別なんだッ!!」
父親の腕を振り払って、あずまを追いかける。
「敬大!」
「敬大!戻りなさい!」
両親の引き止める声を無視して、走ってあずまを追いかける。
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