32 / 36

《ありがとう》

「敬大くん、ありがとう世話になった、」 いつの間にか自分の服に着替え、自前のヨレヨレ鞄に自分の荷物を入れ持って出てきたあずま。 所々破れのある黒の長袖上下、両手には手袋をつけ、帽子を被った元のみすぼらしいホームレスの姿に…。 「あずまさん!」 「敬大くんのご両親ですね、私は今日で出て行きます、もう、関わり合いにはならないのでご安心ください。こんな私にも彼は優しくしてくれて寝床を提供してくれました、敬大くんはとても心の優しいお子さんですね」 「待って、あずまさん!出ていかなくてもいいよ!」 「敬大、この人が行くといっているんだ、引き止めるんじゃない」 父親はすかさず口を挟む。 「見ず知らずの人を家に泊めるなんて異常なことなのよ」 さらに母親も… 「見ず知らずじゃ…」 「それでは、私は…」 あずまはやりとりを見て、頭を下げて行こうとする。 「何か取られてない?敬大のもの」 急ぐ様子を母親が不審に思って疑う。 「何も、私のものだけです。汚いですが中を見ますか?」 あずまは気分を害するわけでもなく、カバンを差し出して微笑み答える。 「いや、」 「ちょ、あずまさんがそんなことをするわけ無いだろ!それにまた…」 あずまさんはここに帰ってくる。 また、ラーメン食いに行くって、俺の野球観戦しに来てくれるって約束したんだから。 「…敬大くん、久しぶりに生きている感覚を味わえた、本当にありがとう、大丈夫、私は行くから」 あずまはもう一度、お礼を伝え、頷く。 「待てよ、行くな!あずまさん」 「……ありがとう」 そう、いつもの穏やかで優しい笑顔を見せるあずま。 そのまま、三人に頭を下げて、アパートから離れていった。 「っ、」 出て行く時はお礼を言って… そんなの、嫌だ!! すぐ追いかけようとするが、父親に腕を掴まれ引き止められる。 「敬大!」 「っ、離せよ!」 「落ち着け、敬大、父さんも母さんもお前が心配で…」 「あの方も、ちゃんとした大人なんだから、大学生の貴方が施しをしてあげることなんかないの」 「っ、施しってなんだよ!別に俺は!」 「ならお前は家のない浮浪者を全て家に泊めてやる気か、このアパートの家賃を払っているのは誰だと思っている!」 「ッ、じゃ家賃は払わなくていい!バイト増やして俺が払う!あの人は特別なんだッ!!」 父親の腕を振り払って、あずまを追いかける。 「敬大!」 「敬大!戻りなさい!」 両親の引き止める声を無視して、走ってあずまを追いかける。

ともだちにシェアしよう!