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そもそも性行為そのものに抵抗があるかと言われればそういうわけでもなかった。むしろ興味は人一倍あった。何度もそういう画像や動画を探しては、自らの体でそれが可能かどうかを考えた。この体に男のそれを受け入れる日を夢見て何度もむなしくそこを自分で慰めた。だから、受け入れると決めてさえしまえば、逆に望むべきことなのではないのだろうか。
そんなふうに心の中で言い聞かせてみるが、雅の引き締まった腹部についた手も、ベッドライトの淡い光に浮かび上がる太腿も、わずかにカタカタと震えていた。
「はやく。腰、おろして。ここに向かってね」
ここ、と雅は片手でつかんだ己のものを揺する。自分で入れろと、そういうのだ。柔らかいベッドに膝立ちをした不安定な状態で雅の体を跨がされ、何もかも見せつけるような恰好になっている。こんな状態であれを受け入れるだなんて――。
躊躇する俺に、雅は焦れたようだった。鋭い舌打ちが飛んでくる。
「早くしてって」
「あっ」
しなやかな腕が伸びてきて、腰を掴まれる。そして力強く下に引かれる。頭が状況を理解するよりも前に、ひどい質量と熱量を持ったものが下から体を貫いていた。
「――っ……!」
一気に奥まで貫かれた衝撃に声も出ない。熱い。苦しい。体の一番深いところに雅のそれの先端がある。ドクンドクンと激しく波打っては、俺の体内で主張を繰り返した。喉をのけぞらせて悶える俺に雅はいたく満足したようで、低い笑い声が耳をくすぐった。
「こないだも思ったけどさあ、入るには入るけど狭いねえ君の中。まあ、それはそれで子どもを犯してるみたいで、そそるけど、さっ」
「あ、グッ」
まだ慣れていないそこを容赦なく突き上げられる。交わりが深いために、敏感なところをも強引に擦り上げていく。激しくギシギシと鳴るベッドのスプリングだけが妙に安っぽく、滑稽だった。腰を掴んだ手は力強く、逃げることは許されない。内臓を押し上げられる苦しさに、押し殺せないうめき声が喉から漏れた。
「う、グ……、っ」
「声、殺すなよ」
雅の白い腕が伸びてきて顎を掴まれる。その力の強さに奥歯がミシリときしんだ。耐えられず口を開ければ、あまりに情けないみだらな声と唾液が口の端から漏れた。
「は、ぁっ、あ、んあぁ」
「ふふ、すごくだらしない顔してる」
「ゃ、見ない、で……」
引き締まった腹筋を駆使して雅は下から絶え間なく突き上げてくる。揺さぶられるたびに体内にあるそれが、自重も手伝って信じられないほど奥に突き刺さる。内臓から喉へせり上がってくるそれが快感なのか苦痛なのか、もはや分からなかった。
「ねえ、下から突かれる、って、気持ちいいでしょ? 自分、で、動いても、いいんだよっ」
余裕を含んだ雅の声が、しかし少しずつ息が上がっていきていることにどうしようもない羞恥を覚えた。今俺はこの男とセックスをしているのだと、この男を興奮させているのは俺なのだと、強く実感させられたからだ。
「や……ゆる、してぇ……」
「あはは、いいね、それ。すごくそそるよ」
「あ、あぁっ」
触られてもいないのに中心が持ち上がってくる。情けなくて滑稽で、泣き出したかった。こんなに俺を翻弄しておいて、なのに雅はどこか物足りないようだった。眉間に皺を寄せてうんと唸ると、突然その動きを止める。
「あ、ぅ……」
体が余韻にビクビクと痙攣する。ようやくまともに息を吸えたと思ったとき、脇の下に手を差し込まれて膝立ちにさせられた。
「あっあ……っ」
濡れた音を立てて体内のものが引き抜かれる。腸を引っ張られるような強烈な違和感に、鳥肌が立った。雅はその反応を見て笑うと、自分と体の位置を入れ替えた。つまり俺が仰向けに寝転がり、その上に雅が跨る形だ。
淡い光の中で見上げる雅の顔はわずかな快感に頬を赤くしていて、何とも扇情的だった。薄い唇から定期的に吐き出される荒い呼気も、汗がほんのり滲んだこめかみも、あまりにいやらしく、直視するのがはばかられた。なのに、獰猛な光をたたえたその瞳から目が逸らせない。彫像のように綺麗な顔なのに、その瞳だけが獣のように荒々しい。
どれだけ見つめあっていただろうか、首元に熱を感じてぎょっとした。白く綺麗な両手が、俺の首に伸びていた。
あ、と思った瞬間には俺の呼吸は絶たれていた。
「グ、ぅ……」
反射的にその両手首を掴んで抵抗するが、びくともしない。息ができない。チカチカといろいろな色に変わる視界の中心で、雅はこれ以上ないほど愉しそうに笑った。
頭がおかしい。本気でそう思った。
「あ、がッ」
ずん、と熱いものが下から貫く。呼吸を奪われる苦しさと、体内を犯される苦しさで、頭がおかしくなりそうだ。
首にかけた手は緩めないままに雅は抽挿を始めた。さきほど下から突き上げられていたときよりも、荒く、強く、速い。快感ではなく苦痛を相手に与えることに重きをおいた動きだった。
「ぅ、く、っ」
呼吸を奪われるという本能的な恐怖に、体がパニックに陥る。脚をばたつかせ、歯を食いしばり、目尻からは涙が次々と流れた。
(死、ぬ……)
目の前が暗くなった瞬間。ぱ、とあっけなく戒めが放たれ、急激に空気が流れ込んでくる。
「は、あッ、げほッ」
あまりに突然のことに驚いた肺はうまく酸素を取り込めず、俺は激しくせきこんだ。視界が明滅する。口の端から垂れる唾液も、目尻に滲む涙もおさえることができない。咳き込むのに合わせて雅のものを受け入れるそこが収縮し、生々しい感触を伝える。
「あはは、すっげービクビクしてる」
「けほ、はあ、はぁっ、あ、あっ、あ」
自分でも気づかないうちに俺は達していた。腹につくほど反り返ったそれからはだらだらと精液があふれている。勢いを殺して溢れるそれは、射精というよりも排泄の感覚だった。
「何なに、首しめられてイッちゃったの? すっごい変態だね、慎也くん」
これ以上ないほど愉悦に満ちた顔で雅が笑う。最高潮に怒張したそれを打ち付ける動きは、どんどん激しさを増していった。
「あ、あぁ、う……」
否定したいのに、何か言いたいのに、言葉が出てこない。息を吸うので精いっぱいだった。涙と汗と唾液で汚れた俺の頬を、白い手が優しくなでる。
「可哀相だね、こんなことされても逆らえない」
突き上げる腰の激しさとその手つきのやさしさ。ふたつの動作の乖離があまりに激しく、脳が混乱した。俺にはこの雅という男のことが何も分からなかった。
「やっと手に入れた、小さくて弱くて、俺に従順な、俺だけのおもちゃ」
「あ、ぁあ、んあっ」
達したばかりなのに熱は容赦なく襲い来る。俺を貫く熱棒も、雅の胸から滴り落ちてくる汗も、快感まじりに笑う声も、何もかもどこか遠くの世界の出来事のようだった。ただひとつ。全てが完璧なパーツでできているその美しい顔が、暗い欲望に歪んでいる様だけが現実的だった。
男が内側に秘めた闇の塊のような迸りが体内に放たれるのを感じ、俺は静かに意識を手放した。
「――ぇ……ねえ」
ぴたぴた、と頬をはたかれて目が覚める。そこは風呂場で、俺は雅に背後から抱えられるようにして床に座っていた。広い風呂場は床も壁もタイルが黒くて、作りつけの棚も妙に凝った装飾がついていた。女が好みそうなそのデザインで、ホテルの浴室なのだということが知れる。壁に掛けっぱなしのシャワーからはほどよく温いお湯が注がれて、火照った身体に気持ちいい。
「いきなり気絶するから死んだかと思ったよー。さすがに死なれちゃ後味悪いから焦ったよ」
どうやら一時気を失っていたらしい。まだ意識がふわふわとしていて、さっきまでのことがよく思い出せない。ぼうっと黒い天井を見上げていれば、微かに頭痛がした。
「……? いた……」
首筋にぴりっとした痛みを感じて手をやると、みみずばれになっているようだった。鏡で確認すれば、小さなひっかき傷ができている。その傷に触れて、すべてを思い出した。
「――ッ」
蘇った感覚に戦慄する。半分以上は意識が朦朧としていたので覚えていないが、自分自身の醜態への嫌悪と同時に、背後の男への恐怖心が今更に沸いてくる。本気で死んでもおかしくはない力で首を絞められた。この男は何をするか分からない。いつか本当に、殺されるかもしれない。
温い湯を浴びているはずなのに、背筋が冷えた。
「ていうかさぁ」
首筋にあてていた右手を強い力で掴まれる。雅はそれを自分の目の高さまで持ってくると、しげしげと眺めた。
「どしたのこれ」
「……」
ほとんど治っているとはいえ、俺の右手のあちこちには消え切らない傷跡が無数にある。明らかに尋常な怪我ではない。気づかないほうがおかしかった。
相手が誰だったとしても、自らの内側をさらけ出すというのは途方もなく恐ろしいことだ。それを受け入れてもらえるとは限らない。そして否定されたときの痛手も、半端ではない。ましてや、殺されかけたばかりで、この得体のしれない男に。
雅は傷を指先でひとつひとつ撫でながら、ふむと鼻を鳴らす。
「大きさと付き方からしてガラスかな? ばっしゃーんと割っちゃった感じ」
あの日の鋭い痛みがよみがえる。思わず視線が目の前の鏡に向いた。今はその痛みが猛烈にこいしかった。
「ねえ、もしかしてこれ自分でやっちゃった?」
ギクリと背が跳ねたのを、気取られなかっただろうか。ぴったりと肌を合わせているので、伝わってしまったかもしれない。
ただ何も言わず、排水口に吸い込まれていくぬるま湯を眺めていた。いや、言わなかったのではない。言えなかった。俺は自分自身の中にわだかまるあれやこれやを、まだはっきりと言葉にはできなかった。
「ねえ。君ってそういう子なの? 自分の中のもやもやを、こうやって自分や他人にぶつけることで消化してるの?」
「っ!」
今でも忘れることができない。あの日この手をズタズタに切り裂いたあの痛み。そしてこの手のひらにはっきりと残る、背中の柔らかい感触。この目に灼き付いた、宙を舞うセーラー服の白。
「男が好きだってことを周りに受け入れてもらえないから? それで歪んじゃったの? それで自分を傷つけたり、女の子を突き落としたりしちゃうんだ」
「ち、が……」
自分の中でも整理しきれていないことを、雅は核心を突く言葉で暴いていく。逃げ出したい、耳をふさぎたいのに、強い力で背後から抱え込まれていて叶わない。なけなしの力でもがいていると、耳元に唇が寄せられた。熱い吐息を吹きかけられてカッと顔が熱を持つ。
「可哀相だね。惨めだね。なんて哀れなんだろう」
「違う、やめろっ。哀れ、なんかじゃ、」
「だから俺みたいなのに付け込まれちゃう」
「あっ」
耳朶に鈍い痛みが走る。鋭い犬歯で噛まれていた。
「ねえ、俺なら受け入れてあげるよ? 惨めで可哀相な君を」
温いてのひらが肌を撫で上げ、下腹部から胸へ、そして首へと上ってくる。反対の手は俺をしっかり抱えて離さない。そんな風に押さえつけられずとも、体中を這う手に麻酔でもかけられたかのようにぴくりとも動くことはできなかった。
「俺の前ではさらけ出しちゃいなよ。男が好きなんでしょ? いやらしいことだって嫌じゃないよね? こんな歪んだ君を、俺なら認めてあげれる」
耳の中に熱い舌が差し込まれる。深いところで水音がして、頭がくらくらした。
俺を受け入れてくれる世界など、この世にあるのだろうか。それをこの男が与えてくれるというのだろうか。ならばいっそ、この身をゆだねてしまえば楽になれるかもしれない。
だけど。だけれど。
まだ一歩、闇に落ちる勇気が出ない。自分は歪んでいると、惨めなのだと、頭では嫌というほど理解しているのに。心がそれについていかない。認めてしまえば楽になるのかもしれない。だけれど認めてしまえば戻れない。
認めてしまえばもうきっと、香坂を想うことは許されない。
何も言わず黙り込む俺に、雅は焦れたようだった。背後から抱え込む力が急に増し、声のトーンが落ちる。
「ねえ……なんで答えないの」
その声音が孕んだ鋭さに全身がゾワリとした。
「あっ、痛っ、う、ぐ」
首筋を強く噛まれて苦痛に顔をしかめると、背中を突き飛ばされて冷たい鏡に体を打ち付けた。心臓が早鐘を打つ。
「俺じゃ駄目なのかなあ?」
恐る恐る振り返る。最後に見たのは、大きく振りかぶられた雅の手だった。
「どうしてかなぁ」
バヂンと鈍い音がして頬が熱くなる。
「自分を理解してくれない人たちといるって、つらくない?」
口の中で血の味がした。
「俺ならわかってあげられると思うんだけど」
床に倒れ込む。
「どうして俺じゃだめなの?」
下腹部に爪先がめり込む。
「俺の何がだめなの?」
げほ、と咳き込むと、口の端からわずかに赤いものが混じったものが垂れ落ちた。口の中が切れているらしい。
――これは、何の罰なのだろう。
こんな目に遭わないといけないくらい、俺は悪いことをしてきたのだろうか。誰かに認められたい、受け入れられたい。居場所がほしい。そう願って叫んだことが、そんなに重い罪だったのだろうか。
どうして俺ばっかり。どうして俺だけ。
だれか助けてくれよ。だれか。……香坂。
ずっと押さえつけてきたそんな思いが浮かんできては、消えた。瞼を閉じるといつでも蘇る。宙を舞うセーラー服の白い背中。俺は、犯罪者だ。
「ねえ教えてよ――」
雅の大きな手が再度振り上げられる。
全てを受け入れて目を閉じた。
「俺の何がだめなの」
「あいつと何が違うの」
「どうしてみんな俺から離れていくの」
「どうすれば君を留めておけるの」
「離れていったら許さないよ」
俺を殴りながら。蹴りながら。俺を通り越したどこか遠くを見据えているその瞳はあまりに虚ろで。淡々と、静かに吐き出されるその言葉はあまりに痛くて。理解できないと思っていた男の姿に自分が重なって見える。彼もまた、傷を持っている。俺のようなガキには到底想像もできない、深く深く抉れた傷だ。
このぞっとするほど綺麗で残酷な人も、哀しい人なのかもしれない。そんなことを思うと、そこまで憎くもなくなった。
雅は満足するまで俺をいたぶると、一変して優しい手つきでぐったりした体を強く抱きしめた。
「楽になっちゃいなよ。可哀相な慎也。真夜中に家に戻らないのに家族から連絡もこない。学校の先生だって、君たちのことは三年経てば通り過ぎていく行きずりの奴らくらいにしか思っていないよ。君のことを理解してくれない人たちなんて切り捨ててさ。俺のものになりな」
この腕の中から逃がさないというようでもあり、慈しんでいるようでもあり、何かから守っているようでもある。そして耳元に唇を寄せると、息を吹き込むように小さな声で囁いた。
「君がずいぶん嫌がるからこんなことしちゃったけど、俺のいうことを聞いてくれるというなら、もう痛いこともひどいこともしないよ。約束できる」
まるで俺が聞き分けのない子どもであるかの言い草だ。
この男が俺に何を望んでいるのか、どうして俺に執着するのかは分からない。性癖を満たすためかもしれないし、弱みを握っているから好都合というだけのことかもしれない。何にしろ、もうどうでもよかった。どこにも進めない、戻る場所もないこんな状況を少しでも楽にしてくれるなら、たとえ暴力でも何かを俺に与えてくれるなら。
「うん。……それでいい」
ずいぶん投げやりな言い方だと自分でも思ったが、雅はそれで満足したらしかった。にこりと微笑んで体を離すと、動物でもかわいがるような手つきで頭を撫でた。
それから雅は俺を引っ張ってベッドに行き、隣に置いて眠った。緩く絡んでくる腕や脚が心地よい。誰かと並んで寝るなんて、いつ振りか分からなかった。もっとも俺は一睡もできず、眠ったのは雅だけだった。
翌日の朝方、俺は自宅に戻された。
一晩丸ごと空けた家は、昨日の夜に出ていったときと何も変わってはいなかった。極端に物の少ないリビング。うっすら埃をかぶったキッチン。真っ暗な廊下。階段を上がって自分の部屋に戻り、ベッドに倒れこむと、急激に疲労と眠気が襲ってきた。
服を着替えたかったが何もかも億劫だ。このままでいいから眠ってしまおう。そう思って目を閉じるが、脳裏に様々な光景がよみがえってきてなかなか俺を寝かしつけない。
優しく笑んだ口許。振り上げられた拳。いきり立った男のもの。ホテルの淡いオレンジの光。黒の高級車。皺だらけのシャツ。跳ねた髪。俺の名前を呼ぶ声……。
「だめだ。やめろ。だめだっ……」
香坂。香坂。香坂。もう諦めようと思えば思うほど、顔を、声を、思い出す。俺の前髪に触れた手。あの手がもし頬を撫でてくれたら、優しく抱きしめてくれたら……。
「だめだ。断ち切れ。だめだ」
つい数秒前まで腕一本持ち上げるのもしんどかったのに、俺は勢いよくベッドから跳ね起きると、床に投げ捨てたままになっている鞄に手を突っ込んだ。目的のものはすぐに見つかった。薄いプラスチックのペンケース。その中から迷わずカッターを取り出して、勢いのままに刃を出す。
少しだけ、手が震えてしまった。それでも今はこれが必要だった。
「たちきれ……」
一本、二本、赤い筋が左腕に浮かび上がる。チクリとした痛みがはしるたび、頭の中がすっきりする気がした。
月明りだけが頼りの薄暗い部屋で、しばらくその赤を見つめていた。痛みを感じているときだけは何も考えずにいられる。この細く頼りない傷だけが、俺を支えてくれた。
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