20 / 116

20.撮る、その訳

 家具の配置はほとんど変わっていない。ただ一つ変わったのは『壁』だ。向かい合うようにして設置された二つの扉。それらを除いたすべての壁に景介(けいすけ)の作品を飾っている。我ながら(こじ)らせていると思う。苦笑しつつ、サイドボードの上に置かれたデジタル時計を見る。 「5時……か」  軽く伸びをした後で、母の横にある銀のスリッパラックのような棚から黒いダンベルを二つ取り出す。三輪車のタイヤほどの大きさの重りが一つずつ付いている。重さは1本あたり約15キロ。そんなダンベルを手に、キッチンテーブルとソファの間の開けたスペースでトレーニングを始める。  心躍る瞬間というのはそう易々とカメラに収められるものではない。15キロ以上の荷を背負った状態で終日探し回ることもあれば、何時間にもわたって待つこともある。気力だけではなく体力も必要というわけだ。 「~~っかぁ!」  空になったアクリル製のコップを勢いよくキッチンテーブルの上に置いた。体を動かしたことで一層気が晴れたような気がする。唇を伝う白を拭いながら、扉近くの椿(つばき)の絵を見る。  ――自分が撮った写真で景介を喜ばせたい。  景色の交換を経て得たのは、そんな自分なりの大義名分だった。故に止めることなど出来ないのだ。  ――引けばまた逃避の日々に戻ってしまうから。  身勝手極まりないと自身を恥じつつも、先日景介が見せた期待に揺れる瞳を言い訳に我を通すことにする。 「……ん?」  何ともなしに目を向けたガスコンロ。その上の金色のヤカン。ひょろりと伸びた鼻先を見ている内にどっとインスピレーションが湧いてきて――次の瞬間には駆け出していた。自室で眠る相棒を呼び起こすために。  ――同日午前8時。ルーカスは一人明生(めいせい)高校の正門近くに立っていた。甘い梅の花の香りに頬を緩めながら駅へと続く道を眺める。その右目に眼帯は付けられていない。偽りの青だけが今日もそこにあり続けている。 「……まだかなぁ」  早く景介に会いたい。会ってこの写真を渡したい。はやる気持ちを胸に黒い布製のカメラバッグを撫でる。すると、景介と頼人(よりと)の二人がやってくるのが見えた――。

ともだちにシェアしよう!