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21.ここから

 景介(けいすけ)はしかめっ面で、頼人(よりと)は苦笑を浮かべている。今ではない。そう思いつつも限界だった。景介に近付き、シャッターを切っていく。 「なっ!? おいっ!」 「おぉ!? 何だ何だ……??」  困惑する二人――周囲を他所に写真をチェックしていく。いずれも眉を寄せた悲し気な表情ばかり。無理だとは分かっていても笑顔が欲しいなどと思ってしまう。 「カメラマンって、その……情熱的?だな。あぁ! こういうのなんっつーんだっけ?……えぇっと……"超"突猛進!?」  和ませようとしてくれているのだろう。ありがたい。感謝の意を込めて微笑みを浮かべる。 「「"猪"突猛進だ」ね」 「ちょ?」 「イノシシだ」 「あぁ! ははっ、惜しかったな」 「……そうだな」  景介は溜息一つでシメると(おもむろ)にルーカスの方に目を向けた。 「……お前には本当に悪いことをしたと思ってる。けど、俺はもう……」  想定していた通りの反応だった。気持ちと共に下がりかけた口角をぐっと押し上げる。 「いいんだよ。これはオレ用だから」  言いながらチェックを再開させていく。情けない話、落胆を禁じ得ない。主役不在の散漫とした写真ばかりだ。自身の至らなさを痛感する。 「はぁ~、まぁ3年ぶりだしなぁ~……」 「3年ぶりって……撮ってなかったのか?」 「え? あ、ああ……風景は撮ってたよ。人は撮ってなかったけどね」  ルーカスは首を傾げながら茶封筒を差し出した。中に入っているのは今朝方撮影したばかりの写真だ。マクロレンズで捉えたシルクのような湯気が榊川(さかきがわ)を甘やかに溶かしている。そんな仄淡(ほのあわ)く爽やかな朝を写した1枚だ。 「……っ」  対して景介は手を伸ばすでもなく、ただ封筒を凝視(ぎょうし)している。未知なる物体を前にした猫のような反応だ。百パーセントの拒絶ではないにしろ、少々胸が痛む。 「どれどれ~?」  一瞬の隙をついて封筒を奪い取られる。犯人は頼人だった。唖然(あぜん)としている間に躊躇(ちゅうちょ)なく封を開ける。 「へぇ~っ! 上手いもんだなぁ」 「あっ! そっ、それはケイのだから」 「分かってるよ」  誘導してくれているのだろう。目礼をして改めて景介を見る。 「お返しはいらないよ。オレはただ、ケイに見てもらいたいだけだから」  景介はルーカスを一瞥(いちべつ)し、(おもむろ)に手を伸ばした。頼人から景介の手に写真が渡る。久々であるせいか妙に(くすぐ)ったい。写真をなぞる彼の視線が。 「……悪いな」  言い終えるのと同時に歩き出した。いや、歩くというのには少し早いか。 「照れてやんの」  頼人に同調しつつ景介の背を見る。 「あっ……そっか」 「ん?」 「あっ! いや、何でもない……」  手紙が宛先不明で戻ってくるようになったのは2年前。少なくとも1年間は景介のもとに届いていたはずだ。段野(だんの)を離れていたとしても転送の形で。にもかかわらず景介は言った。『撮ってなかったのか?』と。受け取りはしたが見ていないのだ。手紙も写真も何もかも。  それでも構わない。彼はああして写真を受け取ってくれた。許しを得たのだ。景介を理由にカメラを構える、その許可を。 「……これでいい。十分だ」  手の中のカメラをそっと胸に抱く。ここから始めよう。ここからもう一度――。

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