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33.結び、得たもの
「かっこいいね! 見せてもらってもいい?」
「ああ」
許可を得たルーカスは彼の手元を覗き込んだ。文字盤は白く塗り潰されている。時刻を表す数字等は見受けられない。ベルトも白。針は黒。全体を通して無彩色でまとめられている。無駄を感じさせないスタイリッシュなデザインだ。
「あれ? これ、針の間に数字が……」
「ああ。短針が動くと、こんなふうに数字が出てくる」
「ますますカッコいい! ケイにぴったりだね」
微笑みかける。
「っ! ……ンだよそれ……」
照れ臭くなったのか直ぐさま目を逸 らした。ほんのり赤く染まったその顔は15の青年らしくあどけなかった。
「この時計、おじさんから?」
「ああ。高校の入学祝だ」
「気に入ってる?」
「……まぁな」
一喜 が聞いたらどれほど喜ぶことだろう。はにかみ姿を好き勝手に想像し、心を穏やかにする。
「お前って、やっぱすげぇんだな」
「え? な、何が……?」
唐突なふり。どぎまぎしている間に景介 の顎 がテレビをさした。テレビには金髪碧眼 の男性が映っていた。スーツに蝶ネクタイと少々古風な装い。左胸にはアメリカ国旗のバッチを付けていた。
「ぺらぺらだし、こんなふうに片言にもなってないだろ」
そういうことか。ルーカスはぎこちなく笑い頬を掻く。
「日本人になりたかったんだ」
「えっ……?」
「あっ……」
言ってしまった。視線を感じる。後悔しつつも景介ならばとGOサインを出す。両親にすら明かしてこなかった思い。上手く伝えられるだろうか。
「……人種の違い、ってことにしたかったんだ」
「人種……?」
「根っこにある価値観とか物の考え方って、やっぱ違うもんでしょ?」
「…………」
「だから、分かり合えなかった。仕方のないことだったんだって、そう思いたくて」
アメリカ人の男性が日本のサブカルチャーについて熱く語り、称賛されている。そんな様を観て自嘲気味に笑い肩を竦 めた。
「結果はご想像の通り」
「…………」
画面に目を向けたまま眉間に皺を寄せている。同情してくれているのだろう。都合よく解釈して笑みを零す。
――日本の言語・文化に造詣 の深い『欧米人』
それがルーカスの限界だった。感心されるばかりで当たり前にはならなかったのだ。
「でも、頑張ったお陰でいいこともあったんだよ。母ちゃんとも前みたく話せるようになったし、それに……」
こうして景介の隣にいることが出来ている。疎 ましく思っていたはずの愛を胸に抱きながら。
「……なんだよ」
「へへっ、何でもない」
もう一つの成果は胸の奥にしまい、代わりに依頼をすることにした――。
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