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34.木漏れ日

「おばあちゃんに挨拶させてもらってもいい?」  壁に沿って置かれた木製のサイドボード。その上には小さな仏壇が置かれていた。 「……悪いな」  その一言に強い引っ掛かりを覚える。なぜだ。分からない。分かりそうでいて掴めなかった。 「……ばあちゃん。ルーが挨拶したいって」  景介(けいすけ)に続いて仏壇の前に移動する。ライトブラウンの木製。本尊の周りにだけ金箔(きんぱく)が貼られた慎ましいつくりをしている。  置かれている写真立ては二つ。左手には藤色の着物姿の老婆・結子の姿があった。(とろ)けるような笑み。愛しさを抑え込むのに苦心している。そんな贅沢な悩みすら透けて見えるほどに、写真の中の彼女は多幸感に満ち満ちていた。 「この写真、撮ったのケイでしょ?」 「……何で分かった? 下手くそだからか?」 「幸せそうだから」  木漏れ日のような眼差しはいつどんな時でも景介を照らしていた。おそらくは今も。  景介は何も言わない。ただ黙って(うつむ)いている。これ以上は酷か。別の話題を振ることにする。 「前からずっと気になってたんだけどさ、この人はケイのおじさん?」  面長で糸目。茶色のベストがよく似合う温和で人の好さそうな男性だ。年齢は40代後半といったところか。 「白渡一徹(いってつ)さん。俺のじいちゃんだ」  二人は夫婦だったのか。謝罪の言葉を口にしながら改めて写真を見る。  ――親子ほども年が離れてしまった二人。  それは結子が一徹の分も懸命に生きた証でもある。おそらくは、父・アーロンも。 「親父が中学の時に胸を悪くして亡くなったらしい」 「じゃあケイも?」 「ああ。会ったことはない」 「……きっと優しい人だったんだろうね」 「ばあちゃんがよく言ってた。親父の性格はまるっとじいちゃん譲りだって」 「そっか」  ろうそくに火を灯す。漂う線香の香り。重く澄んだリンの音。安らぎの中でゆっくりと丁寧に挨拶をしていく。一通り済んだところで景介が切り出した。 「風呂入ってくる。テレビ観るなり、スマホいじるなり好きにしててくれ」  そう言ってリビングを後にする。 「好きに……か……」  一人になったルーカスは改めてリビングを見回した――。

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