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40.背を押すその手は
「うっ、嘘?」
「惚けるなよ。ついてるだろ。景介 に」
心臓が嫌な音を立てる。見抜かれている。いや、そんなはずはない。自身に言い聞かせ震える唇に力を込める。
「……っ、嘘なんて――」
「親友、じゃないんだろ?」
頬に熱が集まっていく。見抜かれていた。完全に。自分の好意はそれほどまでに分かりやすいものなのか。上手く隠せているつもりでいただけに不甲斐なく、居た堪れない。
「確かに嘘はいけないと思う。でも、ケイの傍 にいるためにはこうするしか……」
あの日の光景がフラッシュバックする。
――いくら手を伸ばしても届かない。
――温もりが薄れ、消えていく。
あんな思いをするぐらいなら一生片思いのままでいい。
「俺はいれてるけどな」
「……へっ? いっ、いれてるって……?」
鼻の下を擦り出す。照れているようだ。
「たっ、タケちゃん……っ!」
堪らず催促すると控えめな声量で語り始めた。
「中3の冬、景介 に勉強を見てもらってた時……だったかな? 気付いた時にはぶちまけてた。限界だったんだ。もう」
小さく息をつき「勝手だよな」と呟く。ルーカスは即座に否定した。実直なのだ。どうしようもないほどに。景介もそれを理解している。だからこそあれだけの信頼を寄せているのだろう。
『武澤 は、お前の中にいる奴らとは違う』
何の迷いもなく言って退けた。その訳を今更ながらに実感する。
「アイツは……景介はしっかり向き合った上で、自分の言葉で返してくれる」
頼人 は言いながら自身の右目を指さした。
「そうだろ? ルー」
目が覚めるような思いがした。
『お前らしくて……俺は嫌いじゃないよ』
景介から贈られ今も大切にしている言葉。あれもきっと彼なりに受け止め、返してくれた言葉だったのだろう。勝手な思い込みで疑ってしまった。今に至るまでの自身を責め、猛省する。
「出直してこい」
傘を突き返される。彼の思いも合わせて受け取り胸に抱く。
「で、肝心の景介は?」
「お休みするって」
「どうして?」
「昨日、ずぶ濡れにさせちゃって。それで風邪を……」
「ははっ、んじゃ色々頑張るのは景介が元気になってからだな」
「うん」
返事こそしたものの高ぶりを抑えきれず――授業そっちのけでシミュレーションという名の妄想に耽 ってしまう。気付けば4時間目終了のチャイムの音を聞いていた。
「精が出るな」
頼人が話しかけてくる。労いとも、小馬鹿にしているとも取れる物言いだ。涙目で振り返れば溌剌 とした笑顔で返される。壁を越えた者の強さと余裕を感じる。いずれも今のルーカスにはないものだ。
「ねえ、タケちゃんはケイに何って――」
「……はよ」
――低く、気怠 げな声。
なぜここに。休むのではなかったのか。
「ぶふっ! 寝癖ついてんぞ。ぴよーんって」
「……あ? どこ……?」
困り顔で頭に触れる。対する頼人は答えるでもなくただ笑い続けている。
「おい」
「ははっ! ごめん、嘘」
「あ?」
取り留めのない会話をする二人。
「ったく」と舌打ちをする景介は普段通りであるようだ。
不調の影は見受けられない。喜ばしいことだ。けれど素直に喜べない。肩透かしを食らったような気分だ。もやもやとしている間に名を呼ばれた。頼人ではないようだ。
「放課後、ちょっといいか?」
景介だ。机の中に教材を入れながら尋ねてくる。目はまるで合いそうにない。一体なぜ。思い当たる節がない。呆然としていると椅子の脚を蹴られた。頼人だ。腹を決めろ。そう言いたいのだろう。動揺し、乱れる心に喝 を入れる。
「いいよ。その……実はオレにも、聞いてほしい話があるんだ」
――空の青が薄らぎ始めた頃、景介と共に教室を出た。彼は左後ろを歩き頑として横に並ぼうとしない。分厚い壁を感じる。このままではまずい。臆 しながらも声をかけることにする――。
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