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41.君は桜

明生(めいせい)に来てから川に行ったりした……?」 「いや」 「そっ、そっか。う、うん。用もないもんね」 「…………」  景介(けいすけ)は元来口数が多い方ではないが、今日はいつにも増して静かであるように思う。振り返ると案の定険しい顔をしていた。彼がルーカスに話そうとしている内容もまた軽いものではないのだろう。話しかけるのを止め、先に進むことだけに意識を集中させていく。  駅を通ってルーカスの家とは反対方向の階段を下る。両脇に民家が立ち並ぶ幅2メートルほどの(みち)に出た。すりガラスの向こうの洗剤。風に揺れる洗濯物。他人の暮らしを盗み見ることへの罪悪感は、次第に懐かしさへと変わっていく。3年前、ルーカスは毎日ここを通っていた。同様に景介も。  径を抜けて右手方向に曲がると、全長200メートルほどの長い鋼鈑桁橋(こうはんげたばし)が見えてくる。  ――(さかき)大橋だ。歩道は正面から見て左側のみ。右側には片側一車線の道路が伸びている。大型トラックから自家用車まで様々な車種の車が10秒に2~3台のペースで通り抜けていく。比較的車通りの多い道路だ。  そんな橋の上を歩いていると一陣の風が吹き抜けていった。風を追うように視線を右から左へと移す。相も変わらずこの橋は境界線であるようだ。左右でまるで異なる世界をゆっくりと堪能していく。  向かって左手は、桜並木、湖、公園、球場があり、全体的に活気づいている。  対して右手側はというと見事なまでに逆をいく。階段のような地形を形成する崖・段丘崖(だんきゅうがい)亀島御前山(かめしまごぜんやま)をはじめとした山々が力強い景観を生み出している。桜に代わり菜の花が彩を添えているが、人の手が加えられていそうな規則性は見受けられない。手付かずのありのままの自然が広がっている。おそらくはその崇高さ故だろう。人気はまったくと言っていいほどにない。目を細めながら山々の向こうに沈みつつある夕日を眺める。 「っ!」  視界の隅を何かが通り抜けていった。白く、ひらひらと宙を舞う。桜の花びらだった。賑やかな左手側に目を向けるとより一層強い風が吹き、真っ白な木々から無数の欠片が放たれた。 「満開だね」  言いながら桜並木を撮っていく。白い花々に対し、土手の若い緑がいいコントラストをつけている。順光であったことも幸いして鮮やかで美しい世界を写すことが出来た。達成感を胸に何気なく景介の方を見ると――彼はルーカスとは反対側、右手側を見ていた。 「そうだな。ちょうど見ごろだ」  桜ではなく菜の花を見て微笑む。(くすぐ)ったい。景介にレンズを向ける。照れ隠し半分で。するとまた風が吹いた。さっきのものよりも強い。 「うくっ……!」  体がよろめく。足に力を入れて踏ん張るとフレームの中に桜の花びらが――。 「っ!」  気付けば撮り始めていた。  ――桜並木を背にして立つ景介の姿を。  どうして今まで気付かなかったのだろう。 「ケイは桜だったんだ」

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