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43.最高の最後

 推定2メートルはあろう丸い山萩(やまはぎ)の木と崖に囲われるようにして広がる30坪ほどの原っぱ。先ほど渡ってきた橋からも対岸からも目にすることが出来ない。自然の(ささや)きに耳を傾けた者にしか辿り着けない場所。その片隅にあるのが高さ120センチ、横100センチほどの山萩のトンネル。  ――始まりの場所だ。 「ね、ねえ。良かったらその……座ってみない?」 「…………」  景介(けいすけ)は無言のまま芝生に腰かけた。頬を(ほころ)ばせながら後に続く。左側に景介、右側にルーカス。  ――あの日と同じように。 「……綺麗だね」  トンネルの先に広がる榊川(さかきがわ)は菜の花で彩られている。二人にとって最も思い出深い風景だ。 「初めて会った時、ケイはここで絵を描いてたね」 「…………」 「ちょうど菜の花に色をのせ終えたところで、ほっと息をついてた」  すべての荷を下ろしながら語りかけていく。対して景介は何も返さない。どこか思い詰めたような表情で菜の花を見続けている。  そんな彼を一瞥(いちべつ)し、胸に手を置く。笑ってしまうぐらいの早さで鳴っている。(わずら)わしいことこの上ないが、そうさせている感情を思えば否定の声も小さくなっていく。  ――尊くも気恥ずかしいこの感情を思えば。  ルーカスは微笑みを(たた)えたまま偽りの青を取り去った。景介の目が大きく見開く。意図をはかりかねている。そんなところだろう。役目を終えたそれをポケットにしまう。 「好きです」  悩みぬいた末に率直に伝えることにした。その甲斐もあってか、短い言葉にしっかりと自分の気持ちをのせられたように思う。自然と笑みが深まっていく。とても清々しい気分。それは言わずもがな期待しているからだ。諦め、見ないようにしていた最高の最後・始まりを頼人(よりと)同様自分にもと。 「……バカじゃねえの」 「そうだね。……うん。間違いない」 「お前が考えているような、そんな単純な話じゃねえんだよ」  景介の薄い頬に一筋の涙が伝う。 「全部否定されることになる。~~っ、『普通』でいられなくなるんだぞ」  無数に飛び交う悪意ある眼差し。普通でないことで味わう孤独、悲しみ、()る瀬無さ。そんなものはとうに知っている。右の上(まぶた)に触れ、静かに息をつく。 「あっ……」  景介の顔がみるみる内に青()めていく。目の前の彼と7年前の自分とが重なり合う。両親を傷付けたあの日の自分と。  苦しむのはこれで終いだ。終わらせるのだ。他の誰でもない自分自身の手で。そのために必要な思いも言葉もこの胸の中にある――。

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