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44.想いを力に

「ごめんね。辛い思いをさせて」 「……いや。……っ!」  景介の右手を両手で包み込む。白く冷たい手に温もりを移すように。 「確かに辛かったよ。ただ、逃げることしか出来なかったあの頃は」 「…………」 「けどね――」  言いかけたところで笑みが(こぼ)れた。照れも混じったその眼差しで(おぼろ)気な――湖面に揺れる月にも似た瞳を見据える。 「けど、オレは……ケイに出会えたから」  菜の花に導かれ辿り着いたこの場所。景介と彼が描く世界を目にした瞬間 『夜明け』『芽吹き』といった言葉が頭を過ぎった。あの時抱いた感覚は誤りでも演出でもなかった。今ならば一層胸を張って言える。 「ケイを笑顔にしたい。幸せにしたいって気持ちがオレに力をくれたんだ。だから今、オレは……ここにいる」 「……っ」  黒い瞳から(あふ)れ出た涙が重なり合った手やズボン、芝生の上へと落ちていく。  ――危ういほどにやわらかく温かな心。  守っていかなければ。この先、何があっても。 「俺もっ……しても……いいか?」  自由がきかなくなった唇に必死になって力を込めようとしている。共鳴するように唇を噛み、青と黄の瞳を歪ませる。 「お前を好きな気持ちを、……力に……っ、……」  ――抱き締める。彼の背に腕を伸ばして。強く、強く。 「……もちろんだよ」  色違いの瞳からも涙が溢れ、景介の肩へと落ちていく。止めどなく。ひたすらに。  ――二人の体がゆっくりと離れていく。空を見上げると西の方はまだ明るかった。それが心底意外で、かつ照れ臭くもあった。景介も同じ気持ちでいるのだろうか。控えめに笑う声が聞こえてくる。 「武澤(たけざわ)にしてやられたな」

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