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45.苦悩

「……何……言ってるの……?」  頼人(よりと)からの後押しを受け、告白に踏み切った。それは間違いない。けれど、景介(けいすけ)がそれを知るはずがない。ルーカスが決意を固めた時、彼はその場にいなかったのだから。 「武澤(たけざわ)からその……聞かされたんだろ? 気があるって」  そういうことか。 「そんな……そんなのって……っ!」  理解した瞬間駆け出す。 「なっ!? おい! ルーッ!」  頼人の気持ちは十中八九本物だ。確証はない。だが、通じ合うものがあったのだ。彼と自分の間には。 「どうして。……っ、何で……っ!」  にもかかわらず、彼は自分達の背を押すことを選んだ。見て見ぬふりをするという選択もあったというのに。 「~~っ、……うおっ!?」  大きく体が傾く。バランスを取ろうともがいたがダメだった。成す術なく地面に体を打ち付ける。 「おい! 大丈夫か!?」  (ひざ)に広がる熱。滴る血の感触。自身の今をどこか他人事のように思い、立ち上がる。 「見せてみろ。……っ!? おい! 待てって!」  再び駆け出した。地を蹴る音にすら苛立ちを覚える。 「行かなきゃ。早く……っ!」  もつれる脚。不甲斐なさに(たま)らず叫んだ。しかしその声は過行く車の群れに呑まれてしまう。(みじ)めだ。いや、当然の報いだ。湧き上がってくる感情を荒縄で締めながら坂を上っていく。  ――校門をくぐるなり真っ直ぐに挌技場に向かった。 「あっ、あれ……?」  頼人がいない。絶え間なく目を動かしていると監督の最上(もがみ)が話しかけてくる。 「ようよう、どーしたの? そんな血相変え……て」 「かっ、監督! あの、武澤君は?」 「……えっ? あっ、ああ! 武澤なら廊下の先の水飲み場だよ」 「あっ、ありがとうございます!」  最上は何か言いたげだったが構わず走り出す。 「っ! タケちゃっ……」  最上が言った通りだった。裏の空き地。テニスコート一面分ほどの広さを持つそこに彼はいた。道着姿、眼鏡なしの格好で写真の束を手にしている。制服姿の照磨(しょうま)と向き合う形で。 「ルー? どうしてここに……?」  照磨に席を外すよう求めるか。いや、この際どうでもいい。彼がいようがいまいが関係ない。迷いを振り切るように頼人のもとに向かう。 「景介は……? アイツはどうし――っ!? つーかお前、コンタク――」 「オレのこと、気が済むまで殴ってください!」 「…………っ」  言葉とは裏腹に震える体。太股(ふともも)に力を込めて押さえ込む。 「ほんっとにもう、手加減とかいらな――っ!」  ――顔面に衝撃が走る。殴られたというよりは、何かにぶつかったような感覚だった。 「ばーか。そんなこと出来るわけないだろ」  目尻が熱を帯びていく。泣くな。図々しいにもほどがある。奥歯をぐっと噛み締める。砕けるのも(いと)わぬほどに。 「……感謝してるんだ。本当に」 「っ……?」  恐る恐る目を開ける。視界いっぱいに白い布が広がった。 「好きになって、後悔して、んでもまた好きになって……。そんなことを永遠と繰り返してた。ほんと、マジでしんどかったんだ」  頼人の言動を思い返す。彼はいつも笑顔だった。しかしながら、裏では絶えず悩み苦しみ続けていたのだ。どんな思いで自分の背を押したのか。想像するだに胸が苦しく――自身のすべてが疎ましくなっていく。 「でも、今はその逆。景介を好きになって良かったって、本気でそう思ってる」  少しだけ体を離す。頼人と目が合う。晴れやかで、それでいてやわらかだった。 「ルーともこうして出会えたわけだしな」 「そんな……っ」 「……この人のためなら何だって出来る。していいんだって思えるような相手がいる」  頼人はどこか遠くを見るように目を細め、自嘲気味に笑う。 「妄想なんかじゃない。叶えられる夢なんだってことをルーと景介が教えてくれた」  色違いの瞳が滲み出す。頬まで震え出した。止まらない。一筋の涙がルーカスの頬を滑る。 「なるほど……ね」  静観していた照磨が口を開いた。ルーカスの額に触れ、バターブロンドの前髪を掻き上げる――。

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