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46.名、応えたい思い

「理想とする二人に力を貸す。そうすることで近付けると思ったんだね。キミが、ご両親が理想とする『武澤頼人(たけざわよりと)』に」 「え゛っ……?」  頼人の顔が困惑で歪む。照磨が目を細めると困り顔で頬を掻いた。 「あ~……ははっ、そうですね。うん。そういうのもあったのかも」  やはりそうなのか。頼人もまた自分と同じ思いを抱えて。 「あったのかも、じゃなくてそうなんでしょ? 実際」 「えぇ? いや~……どうなんでしょ?」 「……~~っ、あっ……」  絞り出すも、頼人の耳にも照磨(しょうま)の耳にも届いていないようだ。頼人は照磨からの追及から逃れるように明後日の方向を。照磨はそんな彼を逃すまいと詰め寄っている。もどかしい。キツく唇を噛み締める。 「何? はぐらかす気?」 「いやいや! そんなつもりは――」 「あっ! あっ、あのさ!!」  一気に注目される。 「ん……?」 「……何?」  頼人はゆるく驚き、照磨は呆れ顔だ。伝う汗が冷たくなっていく。後には引けない。意を決して告げる。 「おっ、オレも、さ、その……名前で呼んじゃダメかな?」  頼人の目が大きく見開く。彼もまた与えられた名を愛し、誇りに思いたい。応えたいのだ。名に込められた両親の期待に。 「オレはこれ以上ないぐらいピッタリな名前だと思ってる。だから呼びたい! もっ、もちろん許してもらえるなら、だけど――」 「かぁ~~っ!」 「っ!!?」  頼人は唐突に顔面を覆った。同時に子気味のいい音が立つ。 「ハッズ……っ!」 「あっ! ごっ、ごめ……」 「いやいや! ルーは悪くねえよ!! 俺が耐性なさ過ぎなの!!! ガチで!!!!」  耐性がない。意外だ。才能、人格、容姿。すべてを兼ね備え皆の羨望を集める彼。こういったやり取りが当たり前の世界の中で生きているものと思っていた。  いや、そんな彼だからこそなのかもしれない。皆の憧れ、理想であるが故に平等であることを求められる。『その人』と思わしき人物を見つけ、踏み込んでみても相手に優越感を与えるばかりで、彼が理想とする関係値からは遠のく一方であったのかもしれない。  思えば父もそれに似た境遇にあるように思う。だからこそ、撮影対象を自然に。人は家族のみとしているのではないか。そんな気がしてならない。 「おわっ……!」  一層強く抱き締められた。 「ありがとな」  (たくま)しい肩が小刻みに震えている。彼の苦悩を思いそっと抱き返す。 「ここまで聞いたらさ、も~、無視出来ないよね? しらすちゃん」 「しら……ケイッ!?」  先ほど通ってきた裏口。そこにはルーカスの分の荷も背負った景介(けいすけ)の姿があった。彼は頼人を見ている。両の拳を握り締めながら。頼人の腕が離れていく。それと同時に照磨が景介の腕を掴んだ。 「何すっ――」 「ほら、キミも行くんだよ」  照磨に引っ張られるような恰好で景介がやってくる。地をなぞるその眼差しには照れが残っていたが、固く握り締められた拳からは強い意志を感じた。  ――いけるか。  ルーカスがアイコンタクトをすると重々しくもしっかりと頷き返してきた。  ――今だ。  タイミングを見計らい、友を見る。 「「頼人」」  同時に名を呼ぶ。頼人の鼻が鳴る。ひとまず耳には届いたようだ。心にはどうか。固唾を呑んで見守る。 「…………」  頼人のかまぼこ型の目が伏せられていく。 「ふっ、……ははっ!!」 「~~っ! 笑ってんじゃね――っ!」  景介が文句を言いかけたところで、頼人が勢いよく顔を上げた。破顔していた。気が抜けるほどにやわらかく。 「……ありがとな」

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