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47.大切な道

 水が勢いよく放たれる。涼しげで爽やかな心地を味わえたのはほんの一瞬。(すさ)まじい痛みがルーカスを襲う。 「あぐっ!? ~~っ、はっ……!!」  堪らず頼人(よりと)の肩に顔を埋める。 「どこで転んだんだ~?」 「か、榊川(さかきがわ)の……ん……ぐぅ……か、河川敷で……ひっ……!」 「あ~……ははっ、そりゃこーもなるわなぁ~」  裂傷(れっしょう)を負った状態でがむしゃらに走り、1本辺り500メートル近い坂を5本も越えた。結果傷口が広がり、灰色のズボンを赤黒く染めるまでに至ってしまった。 「そういうところなんだろうな~」  おちょくるように言われる。浮かれて返すのも気が引ける。かと言って他にどう返していいかも分からず、ただ黙って(うつむ)いた。  濃いブルーのタオルが傷口近くの水滴を(ぬぐ)っていく。いつの間にか蛇口も閉められていた。 「イラっとしたのがきっかけだったんだ」 「いっ、イラっ……?」 「景介(けいすけ)に絡んだの」  突然の告白に戸惑いながらも耳を傾ける。今だからこそ聞ける話なのだ。これはきっと。 「最初から最後までずっとそうだった。アイツの目は俺じゃない、別のどっかに向いたまま。技を決めても、決めさせてやっても……何をしてもダメだった」 「どうして?」  濃いブルーの手が止まる。軽率だった。()びようと頼人の顔を見る。彼は笑っていた。眉間に深い(しわ)を刻みながら。 「景介にとって空手は逃げでしかなかったんだ。お前と絵から逃げるための」 「えっ? でも……ケイはここに空手をするために来たんでしょ?」 「嘘のためだよ」 「嘘……?」 「『やりたいことなんてない』」 「っ!」 「……そんな嘘を貫き通すためだ」  納得した。それと同時に伝えたいことも出てくる。出過ぎた真似かもしれない。(おく)しながらも思い切って口を開く。 「……寄り道、だったんじゃないかな」 「えっ……?」  小さく声を上げてルーカスを凝視(ぎょうし)する。思いの(ほか)大きなリアクションに狼狽(うろた)えながらも続けていく。 「必要な道だったんだと思うよ。それぞれのゴールに辿(たど)り着くための」  逞しい肩が小刻みに震え出す。 「……そっか。無駄じゃないのか」  彼は言った。噛み締めるようにゆっくりと。 「無駄じゃないよ。無駄になんか絶対にさせない」  力強く肩を抱かれる。プレッシャーを感じないと言えば嘘になる。だが、それにも負けない気概もまたこの胸の中にある。 「(うらや)ましいよ。俺も何かこう……形に出来たらなぁ~」  創作のことを言っているのだろう。ルーカスでいえば写真。景介でいえば絵を(もっ)て感情を形作ることが出来る。しかし、自分には何もないと。 「お前のあの虹の雲の写真みたいにさ」 「あんなの――っ!」  上げかけた否定を、頼人が微笑みで制する――。

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