48 / 116

48.照らし出されて

「俺は好きだよ。あの写真もヤカンの写真も。景介(けいすけ)を喜ばせたいって気持ちがビンビン伝わってくるから」 「っ!」  景介と家族以外では初めてのことだった。  ――心から嬉しいと思えたのは。 「あの……えっと……」  礼を言いたいのに上手く形に出来ない。もどかしさに歯噛みする。 「いつまでやってんだ?」  話しかけてきたのは景介だった。その口元は少々緩んでいるように見える。荷物は持っていない。いずれも彼の後方10メートルほど離れたところにあるベンチの上に置かれていた。 「お前の絵も楽しみにしてるからな」 「ああ」  即答だった。凛とした眼差しで彼は続ける。 「もう逃げない。何があっても絶対に描き切ってみせる」  力強い宣言。受け取るなり、頼人(よりと)は眉をひそめてルーカスを見た。 「聞いてたな」  苦笑まじりに(うなず)き返す。 「何のことだ?」  知らぬふりを貫くつもりでいるらしい。頼人と顔を見合わせ笑い合う。 「ちゃーんと保健室に連れていってやれよ」 「ああ」 「じゃ、また明日な」  景介にルーカスを託すと、そのまますたすたと歩き出してしまった。後には照磨(しょうま)も続く。二人の姿が見えなくなった後、ほっと息をつき――はっとする。 「あ゛っ!? 傘!! 返しそびれちゃった……」  頼人に借りた傘。仲直りの証。今の自分の手元にあってはならないものだ。これではしまらない。小さく溜息(ためいき)をつく。 「悪い。俺も写真を返しそびれた」  脚を洗う前、頼人が景介に預けていたのを思い出す。ちらりと見た程度ではあったがどれも素晴らしい出来栄えだった。知識、技術、情熱。それらすべてを結集して磨き上げた一瞬。ルーカスが理想とする世界が直ぐそこにある。遠ざけたままでいいのだろうか。狭山(さやま)照磨であるということだけで。 「荷物は後にしよう。先に保健室だ」  保健室に行った後、その後は……。 「~~っあぅ! ……~~っ」 「痛むのか?」 「あっ! いっ、いや!! ぜっ、ぜンぜん!!」  妙なところで声が跳ねた。意図せず勝手に。落ち着け。下手なことをしては景介の家族に申し訳が立たない。 「…………っ」  そう自身を(なだ)めようとしたところで思い至る。実際のところどうするべきなのだろうか、と――。

ともだちにシェアしよう!