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49.示すために
ルーカスも男で景介 も男だ。諦めざるを得ない幸せ。それは残念ながら一つや二つではない。間違いなく落胆させてしまうだろう。このまま隠し通すべきなのではないか。
「痛むのか? キツいようならおぶるけど」
顔を覗 き込むようにして尋ねてくる。
「っ!?」
反射的に目を逸らした。
「だっ! だいじょう……ぶ……」
顔が熱い。火が出そうとはまさにこのことか。
「無理すんなよ」
「ほっ、本当に大丈夫だって! 肩だって貸してもらわなくっても……」
更に目を背ける――と彼の手首に意識が向いた。父・一喜 から贈られた腕時計が夕日を受けて輝いている。共に過ぎるのは彼の祖母・結子 の温かな眼差し。
そうだ。彼らは景介の幸せを心から願っている。そんな彼らに偽りの幸せを見せるなど失礼千万。自分が成すべきことは隠し通すことではない。示すことだ。覚悟と思いを。景介とその家族に。
「保健室じゃなくてさ、その……ケイの家に行かせてもらえないかな?」
――理由を話し、許可を得たルーカスは急ぎ彼と共に駅に向かった。
「この時間帯って結構空いてるんだね」
時刻は16時半を過ぎたところ。
乗り込んだのは『青電 』の愛称で親しまれている青い車体の電車だった。周囲に人のいないボックス席を選び窓側に景介、通路側にルーカスが腰かける。横並びではなく斜めに。カメラは首から下げたままバッグだけを椅子の上に置いた。
「大丈夫か?」
「う、うん。目薬をさせば何とか……」
手慣れた手つきで右目にだけ点眼する。あの後、直ぐにコンタクトレンズを入れた。無論手は洗ったが野外であったがために細かなゴミがレンズに。そのせいで思うように目を開けられずにいた。
「ん~……」
ゆっくりと瞬きをする。目薬が浸透し、痛みが和らいでいく。
「……うん。OK」
何がOKなのか。内心で毒づきながら偽りの青で景介を見る。彼はぎこちなく笑うと、窓枠に頬杖をついて外を眺 め始めた。おそらくは落胆を隠すために。
申し訳ない。そう思う反面ときめきも抱いていた。窓ガラスに頭を預けるその姿は気怠 げで、無防備で、愛らしかったから。
――撮りたい。
そう思った時には既にシャッターを切っていた。
「おい。電車の中だ――っ!」
ガタンッと大きな音が立った。窓の外が無機質な黒で塗り潰される。
「~~っ、てぇ……っ」
右手で頭を押さえ、縮こまる。空気圧による衝撃をもろに受けてしまったようだ。彼らしからぬ間抜けな姿にだらしなく頬を緩める。
ここから先、高頭 に着くまでの15分間はトンネルの中。つまりは山の中を走ることになる。そのため電波の送受信は困難に。通信機器の類は使い物にならなくなる。景色も見れない上にスマートフォンもいじれない。失態を誤魔化す術を失った景介は小さく舌打ちをした。
刺々しい雰囲気。和ませなければ。必死になって頭を働かせるが成果なし。無言の時間だけが唯々 延びていく。終 いには、必死に見ないようにしていた緊張までもが押し寄せてきた。肩を寄せ身を縮める。
「大丈夫だ。お前が心配してるようなことには、たぶん……いや、確実にならないだろうから」
目を点にして景介を見る。彼は右手で頭を押さえたまま続けた――。
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