50 / 116

50.感謝の言葉、恐れずに

「『景介(けいすけ)がいいならそれでいい』親父もばあちゃんも口を揃えて言う。反対もしなければ叱りもしないんだ。……肝心なときはいっつも」 「信用してくれてるんだね」 「面倒なだけだろ」  悲しみと苛立(いらだ)ちで歪んだ声。湧き上がってきたのは切なさでも怒りでもない。使命感だった。 「それはちょっと違うんじゃないかな」  言いながら景介の左手を取り、(そで)(めく)る。白い腕時計が照明を受けて輝き出す。 「どんな時でも味方だよって……そういう意味だったんじゃない?」 「……ポジティブ過ぎんだろ」  景介は依然険しい表情を浮かべている。 「ルー……」  そんな彼の手をそっと撫でていく。()り固まった心を解きほぐすように。 「見守ってくれてるんだよ。ケイのことを」  目を伏せたまま唇を引き結ぶ。思い返しているのだろう。その時々のことを。 「……そうだな」  固く結ばれていた唇が(ほころ)んでいく。 「一理ある、のかもしれないな」  光が差し込んでくる。長い長いトンネルを抜けたようだ。ルーカスが歯を出して笑うと、景介も(ひか)えめに応えてくれる。 「……悪いな。面倒ばっかかけて」 「あっ……」  そうか。そうだったのか。景介は感謝を伝える場面で『悪い』と言う。思い返せばあの時も。ヤカンの写真を贈った時も。彼の祖母・結子に挨拶をした時もそうだった。厚意に対し距離を置くことで身を守っているのだろう。だが、もうそんな必要もない。失う時は終わりを迎えたのだから。 「『悪いな』、は今日でおしまいにしない?」 「は……?」  瞬きを繰り返す。無自覚であるようだ。 「オレはケイのことが大好きだから、優しくもするし頑張ったりもする。迷惑だなんて思う気持ちはこれっぽっちもないんだ」 「っ!」  察しがついたようだ。先の(とが)った丸い目が少しずつぼやけていく。 「悪いな~……なんて思ったり、言う必要もないんだよ」  景介は(あわ)てて上を向いたが手遅れであったようだ。彼の頬に一筋の涙が伝う。 「オレだけじゃない。みんなもそう。ケイのことが大好き。力になりたいし、笑顔にもしたい」  皆の顔を一人一人思い浮かべ、そっと口を開く。 「だからさ、『悪いな』じゃなくて『ありがとう』って言ってもらいたいんだ」  小刻みに震える拳。深い孤独を感じる。この人を、白渡(しらと)景介を幸せにしよう。思いが一層高まっていく。そわそわと落ち着きをもなくしてしまうほどに。 「……がと……」  景介と目が合う。その瞳は(うる)んでいたが、同時に晴れやかでもあった。 「……ありがとう」  景介は踏み出した。大きな、大きな一歩を。 「こちらこそ。ありがとう、ケイ」  ――それから約30分後。玄関扉は何の抵抗もなく開いた。 「行くぞ」 「うっ、うん」  景介の後に続いて家の中へと入っていく――。

ともだちにシェアしよう!