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51.入口
「おかえり」
中扉を開けるなり声を掛けられた。声の主は言わずもがな一喜 だ。インディゴブルーのストレートジーンズ、グレーのニット姿で食卓の椅子に腰かけている。彼の眼差しは変わらず穏やかだったが、どこか張り詰めているようでもあった。
――見抜かれている。
――何もかも。
直感的にそう思った。意を決してブルーのコンタクトレンズを外し、頭を下げる。
「オレ、ケイが……景介君のことが好きです。でも、オレも男で、景介君も男です。だから、いくつか諦めてもらわないといけない幸せがあります。結婚式とか、孫とか、孫とか孫とか……とか……とか……」
声がどんどん小さくなっていく。
――ダメだ。
両の頬を叩き、気合いを入れる。
「でも! でも!! その分、ケイのこともおじさんや、おばあちゃん、おじいちゃんのことも幸せに出来るよう、一生をかけて頑張っていくつもりです。だから、だから――!」
上擦る声。弱気になってはいけない。ここはまだ入り口に過ぎないのだから。景介の手を離してしまった時のことを。無邪気に笑う幼い景介の姿を思い浮かべる。
――失くすのはもう終わりだ。
力がみなぎってくる。拳に力を込めて一喜を見る。その瞳は優しくもあり、厳しくもあった。子を思う親の目。
――この人は敵ではない。
共に景介を思う『家族』となり得る人だ。余分な力と緊張が抜けていく。溢 れ出た笑みをそのままに願い出る。
「景介君と一生一緒にいさせてください」
より一層深く頭を下げた。沈黙が訪れる。焦 らず、黙って待つ。辛抱強く。ただひたすらに。
「親父……」
驚いた様子の景介の声。堪 らず顔を上げる。
―― 一喜は泣いていた。
泣きながら笑っていた――。
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