51 / 116

51.入口

「おかえり」  中扉を開けるなり声を掛けられた。声の主は言わずもがな一喜(かずき)だ。インディゴブルーのストレートジーンズ、グレーのニット姿で食卓の椅子に腰かけている。彼の眼差しは変わらず穏やかだったが、どこか張り詰めているようでもあった。  ――見抜かれている。  ――何もかも。  直感的にそう思った。意を決してブルーのコンタクトレンズを外し、頭を下げる。 「オレ、ケイが……景介君のことが好きです。でも、オレも男で、景介君も男です。だから、いくつか諦めてもらわないといけない幸せがあります。結婚式とか、孫とか、孫とか孫とか……とか……とか……」  声がどんどん小さくなっていく。  ――ダメだ。  両の頬を叩き、気合いを入れる。 「でも! でも!! その分、ケイのこともおじさんや、おばあちゃん、おじいちゃんのことも幸せに出来るよう、一生をかけて頑張っていくつもりです。だから、だから――!」  上擦る声。弱気になってはいけない。ここはまだ入り口に過ぎないのだから。景介の手を離してしまった時のことを。無邪気に笑う幼い景介の姿を思い浮かべる。  ――失くすのはもう終わりだ。  力がみなぎってくる。拳に力を込めて一喜を見る。その瞳は優しくもあり、厳しくもあった。子を思う親の目。  ――この人は敵ではない。  共に景介を思う『家族』となり得る人だ。余分な力と緊張が抜けていく。(あふ)れ出た笑みをそのままに願い出る。 「景介君と一生一緒にいさせてください」  より一層深く頭を下げた。沈黙が訪れる。(あせ)らず、黙って待つ。辛抱強く。ただひたすらに。 「親父……」  驚いた様子の景介の声。(たま)らず顔を上げる。  ―― 一喜は泣いていた。  泣きながら笑っていた――。

ともだちにシェアしよう!