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53.手作りの
「あ、あのさ! ……その、オレも手伝うから、何か作らない?」
眉をひそめて睨 んでくる。しかし、ここは譲 れない。一食一泊の恩義で朝食を作った時、実感したのだ。手料理は人の心を温かにすると。あの時目にした一喜 の笑顔がその証明だ。
「今日は大事な記念日なわけだし、ここは愛情たっぷりな手料理でお祝いをしたいなぁ……と」
舌打ちが飛んでくる。やはり難しいか。いや、もう少しだけ粘ってみよう。顔を俯かせ思案する。
「……さっさとしろよ」
「はぇ?」
顔を上げると、彼は中扉の前に立っていた。
「スーパー、行くんだろ」
「えっ? ……あっ! うっ、うん!」
――こうして景介 が折れる形で夕飯を作ることになった。近くのスーパーで食材を揃え、調理をしていく。作るのはカレーだ。
「えっ、えっと……ケイって、もしかしなくても料理上手?」
彼の手際は見惚れるほどに鮮やかだった。くし切り、イチョウ切り、一口大切りと具の切り方も教科書通り。非の打ちどころがない。
「ばあちゃんから基礎的なことは習った。けど、別に得意ってほどじゃ――」
「お、おばあちゃんからっ!? それじゃあ、『せいだのたまじ』とかも作れたりするの?」
『せいだのたまじ』
段野 地区の郷土料理。小粒のジャガイモを醤油と砂糖で煮詰めたもの。ルーカスの好物でもある。彼女の教えを受けた景介であれば、あの味を再現することも夢ではないのでは。息が荒くなっていく。
そんなルーカスを前に、景介は辟易 としながらも頷 き返した。
「ばあちゃんから貰ったレシピノート通りにやれば――」
「す、すごい! そんなものが……」
溜息が聞こえてくる。気付いた時には既に歩き出していた。向かう先は廊下。静かに閉まるドアから目が離せなくなる。怒らせてしまったのだろうか。そわそわとしている間にドアが開いた。
「ほら」と愛想もなしに手渡されたのは、使用感のある大学ノートだった。表紙の赤は所々薄れ、皺でノートが膨らんでいる。
「うわぁ……!」
中を見ると様々な料理のレシピが記されていた。達筆でありながらとても読みやすい。読者に対する気遣いも感じられる。
「へえ……おじさんって、ほうとうが好きなんだ。作ってあげたりとかは?」
「変に気を遣わせちまうからな。そういうのは避けるようにしてる」
自分=お荷物の考えは未だに根強く残っているようだ。解決策を求めて周囲を見回すと、作り途中のカレーに目が留まった――。
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