54 / 116
54.前進に、停止
「そうだ! スープだけ作っておいて、麺はおじさんに茹 でてもらえばいいんじゃない?」
「……ああ」
「そうしたらいつ帰ってきても大丈夫じゃん!」
「まぁ、確かにそう……だな」
我ながらナイスアイディアだ。声を弾ませながら続ける。
「今日みたいに一緒に作ろうよ。おじさんもきっと喜んでくれるって!」
景介 は少し迷いを見せたものの、最終的には首を縦に振った。少しずつではあるが確実に前進してきている。その実感を胸にノートのページを捲 っていった。
――景介と食事を共にした後、交互に風呂に入ることになった。最低寄りなバスタイムを終え、遠慮がちにベッドに腰かける。ズボンの裾 を引っ張ると膝 が出てきた。大判の絆創膏 が貼られている。手当は景介がしてくれた。その時のことを思い返し、頬を赤らめる。
ルーカスは椅子に。景介はその足元に片膝をつき、手当てをしていった。その姿はひどく無防備で、不謹慎だと恥じながらも胸を疼 かせてしまった。過敏になってしまっているのだろうと思う。この後のことを意識しすぎるあまりに。
景介にその手の経験があったのだとしても、仕方のないことと割り切るつもりでいる。一生片思いをするつもりでいた。そんな自分が拗 らせ過ぎているのだと。改めて自身に言い聞かせ、この後のことをシミュレートしていく。
「……って、……そうだよ。おじさん……」
やはり一喜 には配慮するべきだ。彼は紛うことなき異性愛者。同性で愛し合うなど、正直なところ理解に苦しむ部分も多いだろう。それでも彼は受け入れてくれた。偏 に息子の、景介の幸せを願って。
自分と景介もきちんと応えていくべきだ。胡坐 をかいている場合ではない。
「……待たせた」
景介だ。肩にタオルを乗せている。髪はまだしっとりと濡れているようだ。馨 しく、憂 いを帯びた眼差しも今のルーカスには毒でしかない。視線を下向かせて両肩に力を込める。
「……隣いいか?」
「あ、う、うん!」
景介も相当に緊張しているようだ。全体的にぎこちなく、やたらと遠慮している。この様子だと彼も。ならば自分がしっかりとリードしていかなければ。一人使命感に燃えているとスプリングが軋む音が聞こえてきた――。
ともだちにシェアしよう!