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54.前進に、停止

「そうだ! スープだけ作っておいて、麺はおじさんに()でてもらえばいいんじゃない?」 「……ああ」 「そうしたらいつ帰ってきても大丈夫じゃん!」 「まぁ、確かにそう……だな」  我ながらナイスアイディアだ。声を弾ませながら続ける。 「今日みたいに一緒に作ろうよ。おじさんもきっと喜んでくれるって!」  景介(けいすけ)は少し迷いを見せたものの、最終的には首を縦に振った。少しずつではあるが確実に前進してきている。その実感を胸にノートのページを(めく)っていった。  ――景介と食事を共にした後、交互に風呂に入ることになった。最低寄りなバスタイムを終え、遠慮がちにベッドに腰かける。ズボンの(すそ)を引っ張ると(ひざ)が出てきた。大判の絆創膏(ばんそうこう)が貼られている。手当は景介がしてくれた。その時のことを思い返し、頬を赤らめる。  ルーカスは椅子に。景介はその足元に片膝をつき、手当てをしていった。その姿はひどく無防備で、不謹慎だと恥じながらも胸を(うず)かせてしまった。過敏になってしまっているのだろうと思う。この後のことを意識しすぎるあまりに。  景介にその手の経験があったのだとしても、仕方のないことと割り切るつもりでいる。一生片思いをするつもりでいた。そんな自分が(こじ)らせ過ぎているのだと。改めて自身に言い聞かせ、この後のことをシミュレートしていく。 「……って、……そうだよ。おじさん……」  やはり一喜(かずき)には配慮するべきだ。彼は紛うことなき異性愛者。同性で愛し合うなど、正直なところ理解に苦しむ部分も多いだろう。それでも彼は受け入れてくれた。(ひとえ)に息子の、景介の幸せを願って。  自分と景介もきちんと応えていくべきだ。胡坐(あぐら)をかいている場合ではない。 「……待たせた」  景介だ。肩にタオルを乗せている。髪はまだしっとりと濡れているようだ。(かぐわ)しく、(うれ)いを帯びた眼差しも今のルーカスには毒でしかない。視線を下向かせて両肩に力を込める。 「……隣いいか?」 「あ、う、うん!」  景介も相当に緊張しているようだ。全体的にぎこちなく、やたらと遠慮している。この様子だと彼も。ならば自分がしっかりとリードしていかなければ。一人使命感に燃えているとスプリングが軋む音が聞こえてきた――。

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