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55.重なる唇(☆)

 湧き上がってくる様々な感情。振り切ろうと必死にもがくルーカスの左腕に景介(けいすけ)の右腕が触れた。直ぐにでも事に及べる距離。  ――まずい。 「きょっ! 今日はその……何もしないでおきませんか?」 「はっ……?」  景介の目が困惑と苛立ちに染まる。  ――嬉しい。  迷いが再熱しかけるが、ぐっと抑え込む。 「……親父ならたぶん、明日の朝まで戻らないと思うけど」 「配慮するべきだと思うんだ!」 「あ?」 「疲れて帰ってきて、その……そういう痕跡とか目の当たりにしたらさ、さすがにしんどいと思うん……だよね!」 「それはまぁ、そうかもしんねーけど――」 「おじさんもああして歩み寄ってくれてるわけだし、オレ達も、ねっ?」 「…………………………」  長い沈黙の後、景介は控えめに(うなず)いた。ほっと胸を撫で下ろす。 「ありがと。……ケイ……?」  それも(つか)の間、景介の白い手が伸びてきた。こちらに向かって真っすぐに。 「だっ、ダメだって!!!」  咄嗟(とっさ)に後退るが抱き込まれてしまう。 「ぅわっ!! ~~っ」  寸でのところで胸を押した。だが、大して距離は稼げなかった。景介の熱い吐息がルーカスの頬を撫でる。 「キスだけ」  顔を(うつむ)かせ首を横に振る。 「ルー」 「だっ、だめ」 「ルー……」 「~~っ」  心の扉に爪を立ててくる。カリカリカリカリ……。終いには頭に額を擦り付けてきた。甘えるような仕草に心臓が跳ね上がる。 「あ……っ、うっ……」  視界を閉ざす。けれど、まるで落ち着かない。一体どうすれば。 「……ごめん。……もう無理」 「へっ……?」  反射的に目を開けた。眼前には景介の顔。なぜ。下を向いているはずなのに。顔を覗き込まれているのか。 「ルー……」 「っ!!!」  魅せられていく。熱く(とろ)けた黒に。 「あっ……」  ろくに息も出来ない。  ――染められてしまったのだ。  何もかもすべて。 「~~っ」  再び目を閉じる。先程よりもずっと強く。 「好きだ」  普段は単調で気(だる)げなその声が、今は熱く振れている。 「け、ケイ――ん……っ!」  重なり合う二つの唇。少しかさついているものの意外にも肉厚でやわらかだった。  重ね合わせたまま遠慮がちに繰り返される呼吸。鳴り響く鼓動。それらが生み出す音の波に溺れていく。 「息、しろよ」  苦笑まじりの声。薄目を開けると控えめに笑う彼の姿があった。気まずさに耐え兼ねて顔を背ける。  ――景介とキスをしてしまった。  実感が湧き上がってくる。親友であった過去はもう遥か遠い。 「……やっぱお前、可愛いな」 「えっ……?」  顎を取られ再び唇に熱がのる。今度は重ねるだけではない。緩く()んでくる。味わうようにゆっくりと。 「ケイ……っ、んっ、ま、待っ……んぅ……っ!」  余裕のないルーカスに対し、景介はどこまでも自由だ。やはりその手の経験があるのか。仕方がないとするつもりでいたが、実際に直面してみると辛いものがある。 「んっ! ……はっ……」  一層甘ったるく吸われた。かと思えば、名残惜しげに離れていく――。

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