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61.才気

 黒のオールバックが似合う端麗な顔立ち。背は見上げるほどに高く、がたいもいい。作り物のような完璧な容姿。にもかかわらず伝わってくる雰囲気は歪で、鋭利で、ビビットで。端的に言えば奇抜な青年だった。 「残念だけどこの子は人間だよ。たちが悪いという意味ではどちらでもあるけどね」 「え? あ……っ、すっ、すみません――」 「ふぅ~ん? ニャるほどね~……貸してくれたりとかは?」 「この子はサンプルではないから」  ――サンプル。  無機質な呼び名だ。これまで積み重ねてきたのであろう悲しみ、落胆を感じ取る。 「じゃあ、ニャによ? カノジョ?」 「弟子だよ」  頬が緩む。嬉しくもあるが照れ臭くもある。妙な気分だ。 「貴様が? 弟子を?? ふぅ~ん……それはそれは重畳(ちょうじょう)でござんすね。今晩は赤飯かな」  おちょくり半分ではあるものの祝福しているようだ。対して照磨(しょうま)は「うるさいよ」などと言って毒づく。いい意味で遠慮がない。気心の知れた仲であるようだ。良かった、などと一人安堵感に(ひた)る。 「おわっ!? へっ!? え……っ?」  気付けば例の奇抜な青年に手を取られ甲にキスをされていた。 「申し遅れました。私、ガキヤミクルと申します。我、喜ぶ住まいと書いて我喜屋(がきや)。未来に向かって駆け、時に流れに身を任せるで未駆流(みくる)です。以後お見知りおきを、マドモアゼル」 「ムッシュですけど」 「BOOO!! そんなの骨格見りゃー分かりますっ! 情緒の欠片もないニュルニュルお(へび)は黙っておいでッ!」 「制服でしょうよ」 「あっ、あの、骨格って……もしかして……?」 「そ~っ! 吾輩(わがはい)は骨格フェ――」 「うん。絵をやるよ」 「~~っ、言わせろぉ~~??」 「じゃっ、じゃあ美術部の……?」 「っ!」  ルーカスが問うなり未駆流の表情が引き()った。失言だったか。 「あっ、えと……すみませ――」 「免許皆伝を言い渡されたそうだよ。指田(さしだ)流水彩・人物画の、ね」 「ようは出禁でおじゃるよ」  未駆流はどこか寂しげに笑う。 「腹立つ~」  照磨の嫌味に対し未駆流はあっかんべーで返した。不適合者であったため追い出された。当人はそう解釈しているようだ。けれど、照磨は一切同調しようとしない。認めているからだろう。免許皆伝を言い渡されても不思議ではない。そう思えるだけの才能が未駆流にはあると。  ――師事を勧めるべきだろうか。  相性は(すこぶ)る悪そうではあるが。他ならぬリベンジを成功させるために。 「さっさと戻りな。お迎えも来てるよ」 「お迎え……?」 「うぉっ!? かぁ~、脱がしてぇ~……」 「っ!!?」  投下したのは未駆流だった。ぎょっとしながらも照磨が指さした方を見る。景介だ。教室の後方、扉横に険しい顔をして立っている。 「んねんね!!! あの子誰??」 「しらすちゃん。この子のコレ」  照磨はすっと小指を立てた。 「さっ、狭山先輩!!!」 「ふおぉぉおおおおおおおお!!!!!! マジかぁ~~~!!! 激シコやん!! ねねっ、今晩のオカズにしていい????」 「~~っ、勘弁してください!!!」  助けを求めるように景介を見る。彼は依然険しい表情のままだ。会話の内容までは届いていないらしい。思えば教室内はそれなりに騒がしい。命拾いをした。本当の意味で。 「レッスンは明後日の放課後から。いいね?」 「は、はいっ! よろしくお願いします」  照磨と未駆流に一礼をし、直ぐさま景介(けいすけ)のもとへと向かう。 「弟子入り、したんだな」 「うっ、うん」  話の内容こそ聞こえていなかったものの察しはついていたようだ。照磨に自分達の関係を暴露されてしまった。そのことも伝えておくべきだろうか。 「つーか、何なんだよあのオールバック。ヤバすぎだろ」 「あっ、……はははははっ」  やはりいい印象は抱いていないようだ。 「狭山先輩のお友達?」 「類友だな」  絵をやる。しかも人物画の名手。進から免許皆伝を言い渡されるほどの腕前である――という事実は胸の内に留めた。どう考えても時期尚早であるから。 「本鈴だ。行くぞ」 「あっ、うん!」  静まりつつある廊下を駆けていく。景介と二人並んで――。

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