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60.道しるべ、この手に

 怪訝(けげん)な表情を浮かべる上級生達。会釈(えしゃく)をしながら照磨(しょうま)の席を目指していく。 「…………」  横に立っても彼が顔を上げることはなかった。手元の頼人(よりと)に夢中になっているのだろう。そう思い、心を和ませる。 「さ、狭山(さやま)先輩」 「っ! えっ……?」  驚いているようだ。うっすらと唇を開けたまま固まっている。無防備なその姿に素顔の彼を見たような気がした。 「……授業、もう始まるけど」 「あっ! はい! でもその……先輩にお願いしたいことがあって」 「僕に……?」 「おっ、……オレに人の撮り方を教えてください!」  頭を下げた。前髪が(ひざ)にかかるほどに深く。鼓膜を揺する高らかな嗤い声。しかしそれは照磨から発せられたものではない。仮面から発せられたものだ。案ずることはない。 「まさか、アーロン・ライブリーのご子息から指導を求められる日がくるとはね~」  胸が騒めく。  ――寄せられたコメントを目にした時。  ――人々に囲まれ、称賛される父を目にした時。  劣等感を抱かずにはいられなかった数々の出来事が断片的に過ぎっては影を落としていく。 「父ちゃんは関係ないです」  語気を強めてしまった。 「っ! ごっ、ごめんなさい――」 「いや、キミの言う通りだ。軽率だった。ごめんね」  ほんの一瞬、彼の足元の影も伸びたような気がした。おそらく気のせいではないだろう。 「でもさ、本当に僕でいいの? また意地悪されちゃうかもしれないよ?」  そっと口角を上げ照磨を見据える。迷いはない。ほんの少しも。 「それでもオレは狭山先輩がいいです」  切れ長の目が大きく揺れる。その姿にまた素顔の彼を見たような気がした。 「……言うじゃない」  ぎこちなく笑い、首を左右に振る。 「いいよ。教えてあげる。でも、僕が飽きたらそこでおしまい。異論は認めないよ」  鼻で大きく息をする。この瞬間のすべてを体に染み込ませるように。 「はい! 先輩を退屈させないように頑張りますッ!」  対して照磨は「何それ」と言って笑った。普段目にしているものとはまるで違うあどけなさの残る笑み。頼人が憎めないと形容した理由をしみじみと実感する。 「ぬぁあぁあああぁあああああああああああぁぁああ!?」 「っ!!!??」 「さっ、狭山ァッ! 何だこの生命体は!? 天使かっ!? 悪魔かっ!? その両方かっ!?」  不意に現れた男子生徒。その指先はルーカスの方を向いていた――。

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