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77.動き出した君の、その後ろで

 木製の板が左右に分かれて引いていく。開かれた先からは冷たい空気が流れ込んできた。心地いい。  すんっと鼻を鳴らすと名を呼ばれる。聞き馴染みのある美しくも(とげ)のある声。振り返るとそこには照磨(しょうま)と二人の男女、それに3歳にも満たない男児の姿があった。  やはりと言うべきか、照磨が抱える家庭事情も複雑なものだった。彼と共に暮らす人々の姓は『高貫(たかぬき)』。狭山(さやま)ではなかったのだ。  制服姿の彼の右隣、白のロングワンピースに身を包んだ聖母を彷彿(ほうふつ)とさせる女性は高貫(かおる)。照磨の実母だ。しかし、その彼女の左隣、黒スーツに深緑色のネクタイを締めた寡黙でやや神経質な印象を与える男性・高貫(まこと)とは血が繋がっていない。実父が別にいるのかといえばそうでもない。つまりは、認知されていないのだ。  誠は照磨に『家族になろう』と何度となく手を差し伸べている。けれど、照磨は固辞し続けている。実父の血を色濃く継ぐ自分にその資格はないと。二人の子供である春希(はるき)が生まれたことで、一層孤独を強めてしまったのだろうと思う。 「ふぇっ、う~~っ、あぁああ~~っ!!」  両親が春希を気にかける中、照磨は一人切なげに目を()せた。自宅にはたくさんの写真が飾られていた。だが、そのどれにも照磨の姿はなかった。20点にも及ぶそれらの写真はすべて照磨の手によって撮影されたものだったのだ。こういった現状を目の当たりにしたからこそ頼人(よりと)は依頼してきたのだろうと思う。  ――照磨を含めた『家族写真』を撮ってほしいと。  照磨と目が合う。手を振られたがその表情は険しく、常日頃自分に向けてくれているような親しみは感じられなかった。先は長く、かかる責任も重いが自分なりに励み、結果を出すつもりでいる。  ――いや、出さなければならない。  ルーカスは一家に向かって頭を下げ、再び歩き出した。向かう先は徒歩1分ほどのところにある横川(よこかわ)駅・エスキュート口。以前、景介(けいすけ)・照磨の二人とひと悶着(もんちゃく)あったところだ。  エスキュート口横に出ると、冬服に黒のマフラーを巻いた景介の姿があった。歩道の手すりにもたれかかるようにして立っている。眉間(みけん)(しわ)を寄せており、苛立っているようにも見えた。 「ケイ!」  人目を(はばか)らず大声で呼んだ。景介は直ぐにルーカスの方を向き、表情を緩める――。

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