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76.白旗

 頼人(よりと)は親友だ。心から信頼し大切に思っている。しかし、それでも納得がいかない。  ――自分よりも先に彼を描くというのか。 「ふっ、風景画じゃなくて?」 「ああ」 「何で……」 「描けば恩返しにもなるし、仕返しにもなるんでな」  恩返しは分かる。仕返しは何だ。やはり照磨(しょうま)に対するものなのだろうか。 「それに弾みもつくだろ」 「弾み?」 「リベンジのな」  内心で(ひざ)を突く。  ――格が違う。  反対すれば露呈してしまう。この差が。交換するに値しないレベルであることが。  ――追いつかなければ。  一刻も早く。気付かれてしまうその前に。唇を噛み締め、顎に力を込める。 「……分かった」 「……っ……」  景介(けいすけ)は何か言いかけたが、そのまま何も言わずに(うなず)いた。 「ちょっと待っててくれ。便所、行ってくる」  声は出なかった。頷き、彼の背を見送る。 「良かったらこれ使って」  (すすむ)だ。言いながら黒のポートフォリオバッグを差し出してくる。周囲にはもう人の姿はない。生徒モードを解いて礼を言う。 「……よく我慢したね」  見抜かれていたようだ。敵わない。白旗を上げて白状する。 「あんなふうに言われちゃ、ね」  すり潰した笑みをみっともなく零しながらバッグに作品を入れていく。 「心配はいらないよ。ルー君はもう景介君の絵の一部なんだから」 「えっ? あっ、うん……」  掴めるようで掴めない。彼なりに気遣ってくれているのだろう。そう解釈し、曖昧(あいまい)に返す。 「それはそうと聞いたよ。近々、景介君とほうとうを作るらしいね」  補足する気はないらしい。ルーカスとしてもありがたい。困難であるから。これ以上取り繕うのは。心が悲鳴を上げている。情けない話もう限界だった。 「うん。でもまぁ、オレはほぼ何もしないんだけどね」 「ふふっ、景介君がぜ~んぶやっちゃうんでしょ?」 「ははっ、……分かる?」 「ふふっ、何かとこだわる子だったからね」  そう。彼の方が景介との付き合いは長いのだ。嫉妬を抱くことはない。むしろその逆。特に今はそうだ。  ――失うことを恐れ、フレームの中に閉じこもっていた。  その頃の彼であるのだ。進がよく知り、ルーカスが知り得ない景介というのは。 「聞きたいな。聞かせてよ」 「そう? じゃあ、ちょっとだけ」  幼い日の景介に目を向けることで意識をそらしていく。ひたすらに前進し続ける、今の景介から――。

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