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82.素顔

 照磨(しょうま)は封筒を手にするなり写真を取り出した。隙がまるでない。掴めない。何を思い、何を感じているのか。おそらくはあえてそうしている。いや、させているのだろう。 「どれどれぇ~?」  依頼主である頼人(よりと)はもちろん(すすむ)までも彼の手元に目を向ける。 「っ……ヤダなぁ……もう」  照磨は写真を見るなり天を仰いだ。流れてくる風は甘くそれでいて酸っぱい。 「いい写真だな。気取らないありのままの――」 「ちょっと。僕よりも先にコメントしないでくれる?」 「すみません。つい」  「つい」という短い一言に頼人の喜びが凝縮されているような気がした。微笑ましくそれでいて愛おしい。  照磨は大きく咳払いをすると、写真からルーカスへと視線を移した。彼の目はどこまでも真っ直ぐだ。見ているだけで息が詰まりそうになる。  ――喜びか。  ――落胆か。  最高、最悪の結果を想定していく内に照磨が笑みを零した。 「みっともない。けど、……悪くないかもって、ほんのちょっとだけど思えたよ」 「……ぶっ!」 「…………」 「あがァッ!!?」  頼人の足を照磨が容赦なく踏みつける。 「~~っ!!! くっ、〇※÷$△▽◎●ッッ!!!!!」  声なき悲鳴上げる頼人。しかしながら、その表情は変わらず笑顔のままだった。 「……ありがとうね」 「っ!」  背伸びをしない年相応の笑顔。間違いない。今目の前にいるのは素顔の照磨だ。 「はぁ? ちょっと……何泣いてるの?」 「えっ……? あっ……。すみません。つい」  はにかみながら涙を拭う。 「大袈裟なんだから」  頭を撫でられた。骨ばった(たくま)しい手。憧れて止まない手だ。この半年間照磨から学び得たこと。抱いてきた感情をなぞり言葉を(つむ)ぐ。 「先輩のご指導の(たま)物です。本当にありがとうございます」 「はいはい」 「これからもオレの先生でいてくれますか……?」  我ながら野暮だとは思う。つい欲が出てしまった。  ――素顔の彼にも認められたい、と。  そんなルーカスを前に照磨は両の口角を下げる。 「仕方ないね」  言葉とは裏腹にその表情はとてもやわらかだった。多幸感に打ち震える。景介(けいすけ)の方を見ると笑っていた。程度は控えめではあるものの(まと)う雰囲気は驚くほどにやわらかく、弾んでいる。ルーカスの成功を自分のことのように喜んでくれているのだ。受け手としてではなく自分と同じ側に立って。  先日感じたどしりとした安心感・自信が湧き上がってくる。この喜びを一刻も早く分かち合いたい。  ――だが、今はまだその時ではない。  景介はまだ終えていない。これからなのだ。 「それじゃあ、次いってみようか」  照磨の一言でまた(しび)れるような緊張が走った。今度は景介がルーカスの方を見る。ルーカスは先ほど彼がしてくれたように頷き返した。背を押すことが出来たようだ。景介は顔を綻ばせ、頼人に作品を手渡す――。

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