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92.黒い瞳、照らし、包み込んで
冷たい手だ。温かなルーカスの手にとてもよく馴染む。
「無理なんてしてない。大丈夫だよ」
「…………」
「コンタクトもするし、それに……隣にはケイもいるから」
――違う。
黄色の瞳を受け入れた上でアスペンの地を踏む。それこそが両親と景介 の望みであり、ポプラの森の真の美しさに触れるための条件だ。今の自分では十分な結果は得られない。そればかりか一層闇を深めてしまうかもしれない。
――分かっている。
だが、もう戻れない。励まなければ。進むしかないのだ。とにかく前へ。得てきたものの輝きを守り抜くために。
「心配してくれてありがとう。それじゃ、おやすみ!」
寝返りを打った。これで景介の顔を見ずに済む。自分のこの顔も見せずに済む。
「俺なりに理解してるつもりだ」
「っ!」
やはり見透かされているのだろうか。シーツをキツく握り締める。
「期待するのも、されるのも当然だと思う。……お前は本当に強くなった」
優しい声。子守唄を口ずさむかのような。
――ダメだ。
抑えきれない。大嫌いで大好きな右目から一筋の涙が零れ落ちる。
「だからこそ慎重にいくべきだ。いや……大切にしてほしい」
顔を近付けてくる。暖色の灯りを背にした彼は見惚れるほどに美しかった。思いのなすままに目を閉じると前髪と両の上瞼 に唇が触れた。温かでやわらかな感触は景介が自分に向けてくれている心そのものであるような気がした。
――夜空の瞳。
黒い空と瞬く星々に魅せられていく。
「あっ……」
抱き締められる。後ろから包み込むように。自分と同じシトラスの香りがした。冷たくも温かな体温。涙が溢 れて止まらなくなる。
「ごめん。オレっ……っ、オレ……」
気遣いを嬉しく思う反面迷いもある。本当にこれでいいのかと。考えようにも纏まらない。溢れ出る涙と乱れ高ぶった感情に翻弄 をされて。
景介は無言のままだ。何も言わず、何も聞かず、愛情と安らぎを与えてくれる。
「ケイ……ッ」
反転して景介の肩に顔を埋めた。
「うっ、……ハァ……うぅっ……」
咽 び泣く。ただひたすらに。長きに渡り溜め続けてきたそれらを出し切るように――。
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