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104.絆

「右目を否定したままじゃダメなんです」 「どうして?」 「言い訳になってしまうから。絵を描くのはもちろん素敵だなとか、綺麗だなって思う気持ちも……何もかも全部」 「体験談、ってわけ?」 「……はい」 「キツいな。……っ、ごめん。軽はずみだった」  直ぐさま首を横に振る。どこが軽はずみだというのか。彼はしっかりと寄り添ってくれている。傷付くことも(いと)わずに。 「頭の片隅では分かってるんです。でも、止めてしまったら囚われてしまうから……止められない」  木枯らしが吹き荒れる。紅く染まった空の上を枯れ葉が舞い、最後には通行人に踏まれて粉々になった。 「そんなオレをケイが救ってくれた。認めてくれたんです。お前らしい色だ。俺は嫌いじゃないよって」  両手に拳を作る。込めたはずの力は抜けて震えた。 「だから、今度はオレの番。オレの番なんです。けど……オレ、ほんっとに役立たずで……」  声まで震え出した。もうダメだ。大粒の涙が頬を伝う 「役立たず……ね。キミ、何かした?」 「えっ……?」 「あの子のために何か一つでもさ」  目を見開く。それと同時に震えも止んだ。 「ろくに調べてもいないでしょ」  図星だ。今はまだ受け止めきれない。そう言い訳をして逃げ続けていた。身勝手にもほどがある。今更ながらに気付き猛省する。 「役立たず、何て今のキミに言う資格はないよ」 「辛辣……」  頼人(よりと)が零す。確かに厳しい言い方ではあった。けれど、伝わってくる感情は熱く、それでいて思いやりに溢れている。  どう思われようが構わない。大切に思うからこそ(しか)る。まさに自身ではなく他者を思っての行動であると思えたからだ。  やや明るめなアッシュブランの髪。()虫類を思わせるような妖しくも鋭い眼差し。  ――苦手だ。  そんな印象を抱いていた頃のことを今はとても懐かしく思う。 「ウぉホンッ!」  ぎこちない咳払い。頼人だった。彼の方に目を向けるとはにかみ笑顔が返ってくる。 「俺さ、お前になら見つけられると思うんだよな。景介(けいすけ)の……新しい世界のいいところをさ」 「新しい……世界?」  目を見張る。そんな視点があったのかと。 「ナオと……弟と調べて見つけたんだ」  頼人はそう言ってアプリを起動させた。 『KNOW BORDER』  表示されて間もなくカメラが起動した。画面の上部には、C・P・D・Tのボタンが並んでいる。 「これって……」  頼人がDのボタンを押すと、少し離れたところにある生垣が黄色に染まった。 「景介の右目の世界だ。ここの目のとこのバーを弄れば強度も変えられる」  バーをゼロまで引っ張ると、一般的とされるC型色覚の世界になった。つまりは、MAX値に近付ければ近付けるほどD型色覚の世界が深まるというわけだ。 「信用していいわけ?」 「はい。色を感知する細胞……えっと……何って言いましたっけ?」 「錐体(すいたい)細胞」 「そう! その、す? ……の動きを計算して? 表示させてるみたいなんで」 「ああ……。そういえば、この前先生が見せてくれた画像も同じ原理で――」 「え゛っ? そうでしたっけ?」 「ヤダ。聞いてなかったの?」 「っ!! いやいやいや!!! 聞いてたんですよ!? 聞いてたん、ですけど……」 「分かんなかったんだね」 「あい……」  主治医の波多野(はたの)から説明を受けた際、頼人は誰よりも真剣な顔をしていた。だが、今にして思えば『?』まみれになっていた気がしないでもない。 「弟クンに感謝だね」 「そっ、そうっすね。マジでホントに……」 「ぶふっ……」  堪え切れず吹き出すと頼人も照磨(しょうま)(そろ)って顔を(ほころ)ばせた。 「景介はお前の写真のファンでもある。それってようはお前の感覚……綺麗だとか、すごいに共感してるってことだろ?」  そうか。そうなるのか。実感が湧き上がってくる。正直言うと気恥ずかしい。 「だから、お前がこれでぐっとくるものを見つけられたら、アイツの意識も変わるんじゃないかなって」  光が差し込んでくる。  ――これはルーカスにしか出来ないこと。  現状、唯一の突破口だ。 「もったいつけて……。僕のアレ、いらなかったじゃない」 「いやいや! これも照磨さんのありがたいお言葉があっての――」 「馬鹿にして」 「してないですって!」  むくれる照磨。(なだ)める頼人。募る感謝、愛おしさを胸にルーカスは深々と頭を下げた。 「照磨先輩、頼人。本当にありがとう。オレやってみます」 「やってみます、じゃなくて"やる"んだよ」 「はっ、はい!」 「期待してるぞ、ルー」 「うん!」  ルーカスは今歩き出した。二人によってもたらされた光の指し示す方へと――。

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