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107.輝き
「さぁ、行こう! ケイの右目の世界へ」
「うっ、うん」
促されるまま設定を変更する。D型色覚100%へ。
「あれ……?」
気のせいだろうか。空の青が一層明るくなったような気がする。
「黄色はどうだろう?」
「う、うん……」
一呼吸置いてからゆっくりと菜の花にカメラを向ける。
「わぁ……っ!」
葉や茎は薄い灰色になってしまったが、花の部分はルーカスの目で見るよりもずっと温かでやわらかな色をしていた。例えるならそう黄色く色付くポプラの葉のような。
「綺麗……」
魅入っていると画面に向かって指が伸びてきた。カメラが切り替わりインカメラモードになる。
「……っ、うそ……」
目を閉じかけて止める。セピア調の寒々とした世界の中で二つの瞳が瞬いていた。左目はブルーのアパタイト。右目はシトリンのように。
「綺麗だ……本当に……」
心からそう思えた。肯定出来た。景介 を理由にせずとも。彼らを意識せずとも。
「教えてあげなさい。ルークのその目で」
スマートフォンを持つ手に力がこもる。重圧のせいではない。嬉しいからだ。この目の、この色の意味。何度となく繰り返してきたその問いに、今――答えが出た。
「ケイと乗り越えるよ。オレは過去を。ケイは今を」
言った直後力強く抱き締められた。ルーカスよりも一回り以上大きな体が小刻みに震えている。
「父ちゃん、母ちゃん、……今までごめんね」
漸 く口にすることが出来た。過去の過ちを悔い改める言葉を。
「どうということはないさ。今のこの幸せを思えば」
止まり続けていた時が7年の時を経て動き出した。それと共に心を曇らせていたもやも晴れていく。まさに無敵だ。迷いも恐れもない。今ならばきっと。胸をやんわりと押して意思を伝える。
「行くのかい?」
頷 くと父は耳元で囁 いた。途端にルーカスの頬が綻 ぶ。始まりの日にぴったりな言葉だ。浸りつつ静かに返していく。
「ありがとう。父ちゃん、母ちゃん、いってきます」
――午前9時。
病院に着くなり真っ直ぐに景介の病室に向かう。父から借りた紺色のダウンジャケットは一歩歩くごとにしゃかしゃかと軽快な音を立ててスパイスの効いた香りを漂わせる。
「……っ」
やたらと感覚が研ぎ澄まされているのは見られているからだ。
――驚きと嫌悪が入り混じった眼差しで。
けれど、逃げない。真正面から受け止めていく。凄まじい痛みだが耐えられる。それだけの思いが、理由があるから。瞳に力を込めて歩いていく。そうしていく間に辿り着いた。すんっと鼻を鳴らして扉を開ける。
「……っ! なんだ。ルーか」
ライトグリーンの入院着に白い眼帯。昨日から何一つ変わっていない。当然だ。これから変わるのだから。
「っ! おまっ、コンタクト――」
「いらないよ」
「はっ……?」
「もう、いらないんだ」
言い終えた後ふと気付く。目の前に何かが落ちている。右上の角が折れたスケッチブック。先のない色鉛筆。最もひどい状態にあるのは赤と緑だった。二つに折られたそれらをそっと拾い上げる。
「……悪い」
ルーカスに対して。それと怒りをぶつけてしてしまった道具に対して謝っているのだろう。一つ一つ拾い上げていく。これらの道具と同じように彼の心も深く傷付いている。
照らさなければ。一刻も早く。自身の思いと皆の思いとを力に変え、心に火を灯していく――。
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