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106.アーロン・ライブリー
「頼人 から教えてもらったんだ。ケイの世界を体感出来るアプリを」
「なんと! そんなものが……」
「それでケイの世界のいいところを見つけようとしたんだ。けど……あんまりにも、あんまりにもで、さ……」
父は顔を俯 かせた。同情してくれているのだろう。酷だとは思いながらも続けていく。
「哀しくなるぐらいシンプルでね。全体的に温みがない。冷たいんだ。ものすごく」
更に深く顔を俯かせる。答えに窮 しているのだろう。もっと慎重に言葉を選ぶべきだった。猛省していると不意に顔が上がった。眉が八の字を描くように垂れ下がっている。安堵しながら呆れている。そう思わせるような表情だった。
「ルーク。パパと行ったナンキョクのセツゲンや、サハラのサバクを思い出してごらん」
「え? あぁ……うん……」
言われるまま二つの風景を思い浮かべる。
「colorだけにfocusするとどうなる?」
「大雑把に言うと南極は白と青。砂漠は黄土色と青……かな?」
「そう。一見すると、とてつもなくタンチョウな世界。しかしその実体はとてつもなくフクザツで深い世界だった」
「……そうだね。……うん。そうだった」
――理解しているつもりでまるで理解出来ていなかった。
世界には無数の色が存在している。同じ色など一つとして存在しないのだということを。かの地に立ったことで漸く理解し奮闘した。少しでも多くの色を持ち帰れるようにと。
「ケイは確かに、右目からアカとミドリを失った。……だが、それらのcolorはトーメイになったわけではない」
「……そうか。補完してるんだ」
父は深く頷き、両の手を重ね合わせる。
「その色はワレワレの目には見えないもの。CとD、二つのシキソータイプをもつ彼だからこそ捉え、ヒョーゲン出来るトクベツなcolorだ」
「……っ」
自分もまた父のように景介 の今をプラスに捉えられたらと思う。
――しかし、出来ない。
景介の涙が、寒々としたセピア調の世界がそれを阻 む。
「さぁ、もう一度見てみようではないか」
「……でもっ……」
「まずはあの空から」
逡巡 していると力強く肩を抱かれた。ラピスラズリにも似た青い瞳は自信に満ち満ちている。
「……っ」
自分はこの目に頗 る弱い。憧れて止まないからだ。及ばずとも近付きたい。劣等感の壁でいくら阻 んでみても止められない願望。それを今漸く認めた。
「……分かった」
ポケットの中からスマートフォンを取り出し、アプリを起動させる――。
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