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109.一人でもなく、一つでもない

「ケイ、一緒に乗り越えよう。オレは過去を。ケイは今を」  夜空の瞳が広がり、歪んでいく。 「……そうか。そうだったな」  傷だらけの白い指先が、ルーカスの右目――上(まぶた)に触れる。 「お前も、なんだよな」  唇を噛み締め、顔を(うつむ)かせる。(たま)らず彼の左手を包み込んだ。 「……じゃない」  至近距離であるにもかかわらず聞き取ることが出来なかった。 「何……?」  顔を寄せて耳を澄ませる。 「……一緒、じゃない」  (ようや)く聞き取れたその言葉は否定を示すものだった。 「お前ばっか辛過ぎんだろうが……っ!!!」  そういうことか。一人納得する。景介(けいすけ)の特殊性は見た目には表れない。つまりは、当人が明かさない限り奇異の目に(さら)されることはない。だが、ルーカスは違う。故に不平等だと言っているのだろう。 「頻度だけみればそうなのかもね。けど、総合的に見たら同じ。大して変わらないよ」  気休めだと思われているようだ。景介は依然顔を俯かせたままでいる。もっと深く踏み込まなければ。 「例えばそう、原因を聞かれた時。オレの場合一言『体質です』って言えばそれで済む。でも、ケイの場合はそうもいかないでしょ」 「それは……っ」 「根掘り葉掘り聞かれたり挙句に面倒だとか言われたり、思われたり……。残念だけど少なくはないと思う」  景介の表情がより一層暗いものになっていく。もっと伝え方を工夫するべきだった。猛省しつつ続ける。 「でも、それもきっと乗り越えられる」  揺れる眼差しに微笑みで応える。蜜柑(みかん)のような甘酸っぱい感情を胸に漂わせながら。 「一人でもないし、一つでもないから」  皆の顔、絆の物語を一つ、また一つと思い返していく。様々な感情が湧き上がる中で最後に残ったのは――愛おしいという感情だった。 「……そうだな」  (わずら)わし気に言いながらも口元には笑みを浮かべている。もう大丈夫だろう。今の景介ならきっと。 「ありがとな」  首を横に振る。皆の協力があってこその今だ。自分一人では決して至れなかった。 「お前の目、見せてもらうな」  白い紐に景介の指がかかる。左、右と押さえを失った眼帯は、音もなく(ひざ)の上へと落ちていく。目は両目ともに隙間なく閉じられていた。 「……ルー」 「ん?」 「手、握ってもいいか?」 「もちろん」  傷だらけの白い手を両手で包み込む。 「ありがとう」  ルーカスが微笑むのと同時に赤黒く染まったそこがゆっくりと開いた――。

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