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110.乗り越える、君と二人で(☆)

 その瞳は相も変わらず美しかった。黒く澄んだ夜空のような瞳。愛してやまないその瞳がルーカスを捉える。咄嗟(とっさ)に景介の手を握り締めた。すべらかで硬い感触がする。 「…………」  景介は変わらず無言のまま。ただひたすらに見つめている。嫌悪感や驚きから言葉を失っている、というふうには見えなかった。目で色を感じている。青々と茂る山、(にじ)む夕暮れを前にした時と同じように。そんな彼の目を見ているうちに緊張、恐怖は泡となり消えた。半ば身を乗り出すようにして景介に迫る。 「どうかな?」 「えっ……?」  彼らしからぬ気の抜けた声と表情が返ってくる。その反応がおかしくて控えめに笑うと、彼もつられるようにして笑った。 「綺麗だ。本当に……っ」  夜空の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。 「宝石みたいにキラキラしてるのに、温かくて、優しい……。悪い……っ」  涙を流すその姿は慈雨(じう)を受ける草花を彷彿(ほうふつ)とさせた。潤い、輝きが根から隅々へと伝わっていき、地ばかりを向いていたそれが再び上向いていく。 「……お前色の世界、なんだな」 「おっ、オレ色……?」  そういった意図はまったくなかった。けれど、そう思うことで前向きになれるのならと口を閉ざすことにする。 「もっと近くで……見て良いか?」  (うなず)くとゆっくりと顔を近付けてきた。景介の瞳が鋭く光る。 「えっ? あっ……」  途端に染まるルーカスの頬。拒まない。目も閉じない。同じ気持ちであるから。 「ん……っ」  唇を重ね合わせたまま見つめ合う。眼前に広がる夜空。星々の輝きは魅惑的でありながら清らかでもあった。 「ふっ、ははっ」  唇を離すなりふき出すようにして笑う。無邪気に愛らしく。 「悪い。ちょ付いた」 「あっ! いや!! オレもしっ、したかったから……っ」 「へぇ……?」  首を傾け上目遣いに見つめてくる。漂う色香。目が回り視界が明滅する。 「わぅ……んっ、うっ、うん! それにそそそっ、その……見たかったから!」 「見たかった……?」 「けっ、ケイの目。好きなんだ。その……何って言うか……夜空みたいで」  景介の瞳が大きく見開く。口にしたのはこれが初めてだったか。思い過ぎるあまり言った気になっていたのかもしれない。 「夜空……か」  咀嚼(そしゃく)するように呟く。詩的さが過ぎたか。恥ずかしい。大慌てで別の言葉を練る。 「あぅ! あっ……えと……っ」 「……夜空に青空。桜にポプラ、か」 「んへっ?」 「悪くねえな」 「なっ……何の話……?」 「独り言だ」 「う゛う……っ、教えてよ。気になるじゃん」  したり顔だ。やはり気になる。追求しようとして――止めた。止めざるを得なくなった。 「はっ……うぅ…………っ」  夜空の瞳に魅せられて。迂闊(うかつ)だった。悪用されてしまう。今後も。確実に。 「ああ、そうだ」 「……何?」  不機嫌な顔と声。それでも景介の機嫌が下向くことはなかった。笑みを(たた)えたままルーカスの手を握り返す。 「誕生日、おめでとう」 「っ! わっ、……覚えててくれたんだ」 「当たり前だろ」  途端に破顔する。単純極まりない。 「生まれてきてくれて。俺といてくれてありがとう」  16回目の誕生日を迎えた今日景介と共に生まれ変わった。それも皆の力を借りて。フレームの中に一人閉じこもっていた頃からは想像もつかないような今を生きている。胸の中で改めて感謝をしていき――最後に景介に目を向ける。 「こちらこそ。ありがとう、ケイ」

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